86ページ、松本くんが膝と腰を曲げ手を差し出しているポーズ。
はい、私撃沈です。
さらにたたみかけるように、
88ページの大ちゃんと顔をくっつけて下をペコちゃんにしている写真。
やばい。
4回アンコールは初めてということで。
私が行った横アリ初日2部はダブルでした。
もっと嵐コールすれば良かった。
ニノもラジオで、
「横浜は新幹線の時間とか気にしなくていいから呼ばれれば何回でも。」
と言ってたし。
アルバムが出来た時、
「いざッ、Now!」っていうアルバム名は気に入っていない、
オレは反対したのに、
と言っていましたが、
コンサートが終了し、
アルバム名も含め総じて素晴らしい出来になったのではないでしょうか。
紙面では、
「ソロに関して、最初は全然違う曲をやろうとしていたんだよ。
でもDVDを出すから、考えてた事が出来なそうで・・・。」
云々と書いてあります。
この詳細は先日
2004/9/4のJUN STYLEで↓のように述べてました。
(再掲です)
・・・ソロについて喋らせて貰うとですね。
あんまり最初書くつもりもなくて。
本当はね別の曲を最初やりたくて、
スローバラード、ミディアムテンポの曲をやろうとしてて、
最初ね、One Loveをやりたかったんですよ、ボブさんの。
ボブさんのOne Loveをある人がやっててカバーしてて、
そのバージョンのOne Loveをやりたいなと思ってたんだけれど、
今回DVDで撮るとかビデオに残るってこともあって、
どうしようかなと話してて、
そういうことを話している最中に、
ちょうど夏前に取材を良くやっててですね、
ふとライターさんから、
この夏終わると5年だねって話をよくされる機会があって、
なんかそういうの言われることが多くて、
あーそうなんだな5年なんだなって、思ってて。
オレ自分が詩を書くなんて全く思ってなかったんだどさ、
今後書くつもりもなかったし、
一生書かないだろうなっていうぐらいのつもりで、
まあ機会があったら書こうかなぐらいでだったんだけど、
日にちも詰まってきて、
あーどうしよう、曲どうしようかなって思ってる時に、
出版の人間に「書いてみたら?」ってすっげー軽く言われて、
書いてみようかな、
みたいなすごい軽いノリで答えて、
じゃあ、てか、絶対書けないから、
なんか書きたい事をなんかまとめてみるよって言って、
ザーっと書いてたんですよ。
書き始めたら色々言いたい事とか出てきたり、
フレーズがなんかパッと思い浮かんだり、
最初ポロポロとあって、
これ行けるんじゃないかな?って思ってたら、
ちょっとしたときにもう詰まって。
てかね、その時期ね、すごい忙しかったのね、
ぶっちゃけると。
映画の撮影してて、
映画の撮影してる中に、
コンサートのリハの最終段階をやってて、
どういう振り付けにするとか、
セットどうする、
曲順全部どうする、
いざ出来上がってきて、
どうしようかみたいな話になってて。
午前中映画の撮影行ってて、
夜終わってコンサートのリハやって、
リハ終わりで詩を書いてたのね。
本当に寝る時間なくて。
1時間くらいしか寝る時間なくて、
詩を書いてたら。
やばいなと思ってたんだけれど。
やっていくうちに、
なんかやりたいなと思いつつ、
もうそろそろ出来上がんなきゃとまずいよねって、
詩出来上がらないと音も上手く・・・、
音の感じとかもあるし、
取り敢えずもうあげてくれないかと、
いう話ふられてて。
それ、無理矢理3日間くらい延ばしてて、
3日間ぐらいギリギリまで書いてて。
で、じゃメロディつけようって、
メロディ自分で全部はつけらんないから、
手伝って貰わないといけないっていうのもあったから、
メロディじゃあつけようと思うんだけどって、
その作業をするっていう日の昼ぐらいまで、
ずっと直してて、ずっとやってましたね。
もう少し自分としては時間かけて、
よしこれで完璧!
って思った状態で出せたらいいなとは思うんですけど。
もちろん自分一人で、
ある程度自分で書くってことに関して、
自分が一番大事だと思ったのは、
自分の使っている言葉をそのまま使いたいと思って。
作詞家さん、
SPINさんっていう僕らの曲何個か書いてくれてる人がいるんですけど、
SPINさんに協力してもらってて今回、
サビの詞とかもSPINさんに作ってもらったんだけれど、
SPINさんと話してて、
こういうことが書きたい、
こういうことが言いたいってそれをSPINさんに渡して、
SPINさんが例えばこういう文章は?っていう話もあったんだけど、
出来る限り自分の言葉に直したりしてやりましたね。
SPINさんはすごい面倒臭い作業だったと思うんですけれど、
御世話になってやる事ができました。
ありがとうございました。
あとあと!
113ページの嵐IZM 幸せARASHI計画について。
DVDを選んだのは、く六本木のTSUTAYA。
年末までに映画俳優の名前を100人覚えるくらい余裕でしょうか?