ギターの上達の為に何か必要で何が最も効果的なのか? そうしたヒントを探してみたけど、結局は練習量以外の物は無いと言う結論になるようだ。
勿論、基本的なフォームや指のタッチ、運指などの基本的な物は当然取得する必要は有るだろうけど、それでも先生の教えが全てでもない。
体型や個人的な癖もあるので、その個人的な良い要素を伸ばすことも必要だろう。本来なら良い教師について教えてもらうことが一番の近道だと思うけど、これは経済的、時間的な問題もあるので、ギターを弾く全ての人が出来る物ではない。 それでも、自己流(独学、自学)でもプロになった人も多く存在するし、個性を際立たせるなら、逆に独学の方が向いている傾向にある。
どんなに良い先生に教えてもらっていても、結局は黙々と練習する以外には上達することは不可能である。
1万時間の法則と言う物があるらしく、これを調べてみると、以下の文章がありました。
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グラッドウェル氏は、ある調査において「エリート演奏家は20歳までに合計で1万時間の練習を積み重ねた」という結果が出たと述べ、大きな成功を収めるには1万時間もの練習が必要だという「1万時間の法則(ten-thousand-hour rule)」の存在を指摘しました。モーツァルトやビル・ゲイツ氏をはじめとした成功者には、大成するまで1万時間の下積み期間があったというのです。
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この法則に対する反論も多々ありますが、当然だけど、時間だけで成功者やエリート演奏者に成れるのもでもは無いでしょう。
天才はそもそも、生まれつき持っている才能が必ず備わっている事は、多くの研究者や論文などでも認知されている事実である。
さらに、生活環境や人間関係(教師や友達、親、兄弟など)の影響も天才を生み出す重要な要素になるでしょう。
努力だけでは天才と言われる領域へ到達するのはある意味では不可能だと言えます。
それでも、もちろん、この法則がある程度の信頼度を勝ち取っている訳には、
楽器(ピアノ、バイオリン、ギター、チェロやその他の楽器)を流暢に演奏するまでの時間的な過程を考えると、むしろ、1万時間は最低時間出ある事に気付きます。
1万時間が何日に相当するかというと、平日と休日を合わせた1日の平均練習時間を3時間と仮定して計算すれば、10000÷3=3333.333…で、およそ10年間。膨大な時間が必要になる事が解ります。
これは、ピアノやバイオリン、ギターでも同じですが、3歳から習い始めて年間365日と考えると、毎日3時間の練習量で10年となると、13歳ぐらいで凡そプロレベルに到達することになります。
当然、世界的なトップレベルになるにはその倍以上が必要かもしれません。
ギタリストの村治佳織さんは父親からギターを3歳から習い始めて、11歳の時には日本ジュニア・ギター教育協会主催:日本ジュニア・ギター・コンクールにて最優秀賞を受賞。 さらに、3年後にはブローウェル国際ギター・コンクール(東京)と東京国際ギター・コンクールで優勝を果たす。 その後の活躍はギターを弾いている人ならこの人を知らない人は居ないだろう。
彼女は以前テレビ出演していた番組で、一日の練習時間の紹介があったけど、(高校生の時だった)一日に4時間以上の練習を毎日欠かさずに継続してきた。 優秀なギタリストの教えはさらに上達するには必須条件とも言えるだろう。(10歳からはクラシックギタリストの福田進一に師事 )
ほとんどのギタリスト(特にクラシックギター)達は優秀な先生の師事を得ている。 これも天才を生み出すためには絶対と言っても良い要素である。
さて、その世界的なトップレベルのプロになるための条件や練習時間に関してはある意味では当然の事になるけど、一般的な趣味で演奏する人々にとってはそもそも、練習時間はそのまま上達する為の時間になる。
我流だろうが、先生の師事を受けていようが関係なく、ひたすら練習する人が上達出来ないことは無い。 勿論、プロになれる事はほとんど不可能に近いだろうけど、人前で演奏する程度までのレベルならほとんど誰でもなれるのである。特別な才能や体型も必要ない。 スポーツなどのように容姿や体型に大きな差がつくことは楽器に関しては無いに等しい。
この1万時間の法則はそうした凡人にこそ当てはまる法則かもしれないとも言えるようだ。 ピアノやバイオリン、さらにはギターも同じだけど、幼い頃からひたすら練習しても、10年後でも弾けない曲は多々あるのである。
それほど楽器を自由自在に演奏することは困難至極の道のりであるのだ。
私はこの年齢になってから再びギターを1から練習しようと決意して、今は家に居る時間で出来る限り練習するように努めている。
兎も角、短時間でもギターを手にして弾くことが重要な要素だと思って居るし、実際に休日にまとめて練習時間を増やしても効果は薄い。
毎日でも1時間、2時間の練習の積み重ねが最も効果的である。
プロでも1日練習を怠ると、2日分の練習を溝に捨てる事に比例すると言われている程である。 ましてや、凡人のアマチュアならなおさらである。
本当に楽器の上達は、透けて見えるほどの薄皮を幾重にも積み重ねて行く過程に似ている。 3時間練習してもほんの1mm、いや0.5mm程度の前進が見える程度だ。 そして、翌日はさらにその前進した0.5mmからさらに下がり0.2mmから進むことになる。
この繰り返しが数か月、数年、数十年の歳月を得て、ようやく目に見える進捗程度になるのだ。
それでも、確かに確実に遅々たる進捗でも、微かに先に進んだと思える手応えが有れば、継続することは可能だし、数年後、数十年後の自分の理想の姿を想像する事に確信を持てるなら、断念するような要素は無い。
私はすでに60歳を過ぎているので、この先どこまで上達するのかは解る事もないし、想像も出来ていない。 それでも、私は理想も持っているし、上達して、流暢にギターを演奏している自分を想像することも出来る。
10年後は70歳代、20年後は80歳代になっている。
健康を維持して、何時までもギターの上達を望んでいるだろうし、楽しい時間をギターを弾きいて過ごす姿も想像できる。
今後の老後の人生をどのように悔いの無い時間で埋め尽くせるだろうか。
もう、残されている人生の時間は少ない。 いや、まだまだ20年と想像しても、ギターの上達に要する時間は沢山残されている。
10年でプロになる人も居る事を考えると、20年あればその夢も満更でも無いかもしれない。(勿論、これは夢の話である)
これまでも、体力維持、体調維持に努めているし、トレーニングは生涯続ける私のライフワークとしている。 ギターも仕事をしない時期が訪れたら、私の最大のライフワークとなるだろう。
さて、明日は新調したギターが届く日である。 とても待ち遠しい気持ち、わくわくする気持ちで一杯である。 ネットで購入したので、実際に手にして、写真と変わらない想像と同じかどうか・・・。 そうした楽しみやちょっと不安な気持ちも混じっている。
想像以上の音色だろうし、想像以上に素敵なギターだと確信している。
何しろ、そのためにバイクを手放しのであり、ある意味では一目惚れしたギターだったから。 ネットで見つけた時には、これは私の元に来るためのギターだと確信したのである。 購入するタイミングもピッタリ合い、価格やその他条件も文句のつけようがない物だった。
そのギターは今後の人生を豊かにしてくれるのは間違いないし、そのギターで自由に思い通りの演奏をする日が来るだろうと想像できる。
さて、今日もこれから2時間の練習を欠かさずに続けることにしよう。