summer diary

日記らしきページ

人生って?

2020年09月27日 | Weblog
 今日も衝撃的なニュースがあった。 竹内結子40歳・・・自殺・・・。
なぜ?????????????? と言う疑問以外には言葉は無い。
とても素敵な女優だし、私はとても好きな女優の中でも10本の指に入る人だった。 三浦春馬もそうだけど、最近になって、こうした芸能人の自殺が続いている気がする。
勿論、これは他人が何か言えるような物でもないし、いろいろと詮索することも憚れる。 なので、私のような一人のファンの言葉なんて物はどうでも良いだろう。 ただただ、一人のファンとして惜しむ以外には何もない。

いよいよ秋の気配が強く成ってきた。 朝晩の気温も過ごしやすいより、少し寒く感じるほどに低くなった気がする。
日中も窓を開けていると今日は風も吹いていて、エアコン無しでも涼しい気がする。 毎年この季節はとても好きだ。 自然の空気をそのまま味わえるのはとても気持ちが良い。 風が部屋の隅々まで届き、廊下を潜り抜け、他の部屋の窓から、玄関もリビングも通り抜けて行く。
乾いた空気が家中を駆け巡って流れて行く。

のんびりと過ごすのはとてもやさしい時間である。 カーテンの揺れるのを眺めながら優しく流れる時間を感じることが出来る。 
今朝は勤務明けで帰宅してから食事を済ませてからベッドで睡眠を取り、午後2時過ぎに目が覚めた。 
暫くはぼんやりと時間を過ごす時に、窓からの風がとても心地いい。
人生のいろんな出来事をこの風に乗せて忘れることが出来そうだ。
悪いことも、良いことも一緒に風に連れ去られて行って欲しい。 これまでの全ての記憶をリセットする事が出来れば、今を生きる事はとても素敵な時間にになるだろう。 
今、自分が何をしたいのか? それさえ解っていればいいのである。
今したい事。 それを愚直に素直に実行する事が出来る人生であるか。
そうなら、それほど幸せな人生は他には無いだろう。
私は常に自分の意思がどのにあり、どうしたいのか? を自分に問いかけ続けてきた。 時にはそれが全く分からい時もある。 何がしたいのか? どこへ行きたいのか? どうすれば、自分の求めている物が見つかるのか??
人間はいろんな欲望や思いが複雑に絡み合っている心を持っている。
時には自分では制御出来ないような事もあるだろう。 
いろんな物とのバランスを求めることも当然だし、損得、利害関係も決断を左右する大きな要因となる時も有る。
人生はとても複雑だし、とても自分の手に負えない力に流される時も有る。
それでも、見失ってはいけないのは、本当に自分が何をどのように、どうしたいのか? 何が自分に取って、幸福を得る物なのか・・・。
今、私は幸福だと実感することが出来る。 これはお金が有るとか、自由な時間が有るとか、欲しい物が手に入るとか、やりたい事が好きなように出来る都か・・。 ではないのだ。
少なくとも、もちろん、好きな事をすることが出来る環境であることは重要だ。 しかし、それは、少しの時間であっても十分なのである。
誰かと比較して幸福は得られない。 誰かの為に生きている訳でもない。
この誰かの為に生きている・・・と言う言い方も理解しがたいけど、少なくとも、全く関係ない他人の評価などはどうでもいいのである。
自分が自分に対してどのように信頼する事ができ、自分の判断を自分で責任が持てる人生を生き抜くことが重要だ。

私は先日もバイクを手放した。 数年間バイクを乗り続けてきて、息子や友達とのツーリングや一人でお遍路に出かける為の大切な物だった。
そのバイクとは金輪際おさらばすることに決めたのだ。
これは人生でも大きな決断だったし、お金の面でも損を承知の決断だ。
年齢的な事も考察して、今がそのタイミングだと決断した。
その代替として新しいギターを購入することにしたのである。
数か月前からギターを再開して、自分のこの先の人生を考えた時に見えた答えがギターだった。 
若い頃には毎日弾いていたギターだったが、この数十年間はギターからは遠く離れていたので、再びギターを手にして弾くことになる日は想像していなかった。 そのギターをこの先は生涯の私の生き甲斐とすることに決めたのである。 
バイクからギターへの大きなシフトになる。 この決断が正しいとか間違って居るとかは問題ではない。 自分が今、何を最も優先する事が正しいと実感することが出来るかである。
先の事は神様だって分からないし、人間の意思なんてものは秒単位で変化するのである。 それでも、自分の直感に従って進む人生を私はこれまでも生きてきた。 それは、時には失敗に終わることも多々ある。 成功する時も有る。
それでいいのである。 人生は平坦な道のりではないことは誰もが理解しているし、変化のある人生程生きる価値を見出すだろう。
自分の意思を貫き通すことは難しいし、それが正しいとも限らない。

人生は透けるような薄皮を愚直に積み重ねて行く作業に似ている。 これは、人生だけでなく、全ての事に共通して通じる普遍的な真理だろう。
ギターも同じように、練習を毎日重ねても同じ場所からなかなか先に進めないし、上達した実感も得られない。 それでも、本当に1mmづつ、いや、0.1mm程度でも先に進んでいる実感を得られれば、それは先に進む意欲に繋がる。
筋トレも同じで、1年、2年継続しても身体はあまり変化を感じないかも知れない。 それでも、本当に微々たる変化を糧として継続する意欲に繋げる。
これは、人生と同じだ。 毎日、毎日変わることも無い平凡な時間の流れの中にも確実に明日へ繋がっている物がある。 
夫婦の中、子供との関係や仕事の事、友達や先輩との関係も、微々たる繋がりだけど、確実にその積み重ねは未来を作っている。
こうして、人生を生きて行く事は人間の定めだと覚悟することも、時には明日を生きる糧になるだろう。
全てはタイミング、縁が重要だ。 人との繋がりも同じだけど、出会いは人生の全てを決定する大切な鍵となり、そうした出会いを意識する術も大切なのかもしれない。 人間は一人で生きることは出来ない。 誰かと関わり続ける日々を死ぬまで続けることになる。
1人で出来るギターだって、筋トレだって、必ず誰かの力を借りることになる。ギターの教則本や見本演奏のCDも、人の助けが無い限りは出来ない事だ。
トレーニングも同じである。 ジムでの指導や動画でいろんな解説を頼りにすることは重要な上達する要素になる。
1人では何も出来ないし、間違った方向へ向かうことになりかねない。
今日も私は出来る限りの努力を惜しまないし、これからも努力する意欲を失わないように自分がどこに向かいたいのか、どの自分を目指しているのか?
何を今求めているのか・・これが重要だ。
その自分の素直な問いかけに素直に答えを出すことが出来れば、未来は必ず自分が思い描いている風景になるだろうと信じている。

気持ちいい風が通り抜けている。 カーテンも大きく揺れているし、乾燥して空気が肌に触れて滑るように抜けて行く瞬間は幸せの瞬間だと実感する事が出来る。 今日もまだまだギターを弾き、さらに家トレはしっかりと熟すことにしよう。  数年後にギターをどのように弾き熟している姿がそこにあるか、それが楽しみである。