Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

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私のキリスト教遍歴 ※長文失礼

2022年07月20日 06時47分36秒 | 邪宗教キリスト教一神教・邪教占い・統一教会・神社神道・新興宗教・神様系・等々邪教
 時代からは、常にかけ離れてゆく、キリスト教各派

 時代遅れの、旧態依然の邪宗教、キリスト教、及びその分派、カトリック・プロテスタント各派閥

 私は、3、4年と言う数年間、学校卒業後から数えれば足掛け十年、キリスト教を盲信、崇拝していた。今、安倍元首相を狙撃した犯人が統一教会で問題になっているが、私は異端・邪教の統一教会には関係なく、伝統的、正統派キリスト教を中心に、教会を渡り歩いた。
 私は、西那須野町に住んでいた頃を含めれば、かなりのキリストキャリアだ。西那須野では、日本基督教団、単立キリスト教に通った。
 郡山市に越してきて、まずカトリック郡山虎丸教会に通った。当時は私は既に障碍者であったが、それは隠して、そして就職氷河期の真っ只中で、仕事を探していた。
 カトリック教会の司祭や修道女、信者の人々は、それを指摘して、卒業した学校が悪いだの(私の卒業した学校は一流校なのに、そう言われた。少なくともあんたらよりは、良い学校だよ!!)、仕事しろ、と、見つからない位、職安でも求人の絶対量が少ないのに無理難題を私に述べ責め立てた。
 教会の教えでは、聖書に「働かざる者、食うべからず」の言葉が重きをなし、そんな就職難の時代だとはだれ一人気付かず、私の様な者は虫けらのように扱われるのが落ちであった。
 おまけにそこの司会をするK村という男に、私は言われた言葉に愕然とした。「暗いから、そんな心の病のような、病気になるんだ」
 私は余りの、そこでのキリスト教会の私に対する扱いに疲れ、お母さんに「僕、疲れたよ。もうキリストは辞める」と言うと母は「そうかい。」で私の第一次キリスト崇拝は終わった。

 それから十年経ち、私は栃木県でホテル業務をしていたが、ホテルの女子や同僚にいじめられ、そこでの過労、過酷勤務が祟り、追い出され叩き出されるように私は逃げるように福島に帰っていった。
 その時の、私の信仰は創価学会だったが、牙城会の先輩が同志なのに一切助けてくれなかったのをずっと不審に恨めしく思っていた。
 やがて自身の創価信仰に疑問を持ち、彼とは違う信仰、またもやキリスト教を信奉しだした。
 初めは日本バプテスト連盟の教会に行った。そこでは派手に献金を集めていて、毎週の献金記録を週報に載せ、皆で競うように献金していた。
 私も最初の内は献金に励んだが(まだ未信者にもかかわらず)次第に5円、10円と減額せざるを得なくなった。
 ある日、日曜の教会の司会者を中心とした会合で、その司会者は「ここは神社仏閣のお賽銭じゃないんだ。なんだ誰だ5円玉十円玉なんて入れてる奴は。ここは聖なる教会なんだぞ」私は恥ずかしいのと怖いのとで、みみっちい話だが、居ても立っても居られなかった。
 そこでキリストラジオが(日本FEBC)その当時やっていたので、私のそこでの酷い扱いについてメールで投書した。
 その返答は、そんな酷い教会はお辞めになった方が得策です、とあったので、私は辞めて、今度は日本イエス・キリスト教団の教会に通った。
 そこで聖書を学んでいたが、そこで司会者の人が言った言葉が気になった。「什一献金を日頃から皆様心掛けられ、ご苦労様です。献金をすればする程、沢山の神からの祝福があります」
 結局そこも金集めの収奪宗教だとわかり、それも先のキリスト教ラジオにメールで質問すると「キリスト様も、おかしな教会ばかりで、どこにお宿りしていいかわからないのかも知れませんねえ」と言っていた。
 そして、教会を新たに又行き、今度は郡山ルーテル教会に行った。そこには以前、作業所で一緒に働いていた障碍者の女性が牧師の娘という構成の教会だった。
 私はそこでも優しく扱われるのかと思ったが、私は私の住所と電話番号を書き、仕事も紹介するような、いい事ばかりを最初に言われたが、その後、何の便りもなく、縁が切れた。そこの娘が、障碍者と言う事を隠して、郡山女子大卒と言う事を自慢にしていて、私が来た事により、そこでその娘が出自がばれるのをそこの牧師が気にした結果だと私は思い辞退した。
 キリストラジオFEBCで最後に紹介された教会はカトリックだった。私は考えた。これがきっと主イエス・キリストの思し召しなんだろうと。
 カトリック教会に私は十年前の悪夢を抱え、母を伴い行った。そこでは十年前と同じく、超高齢のK村が相変わらず未だに司会をしていた。
 何ともなかったが、母は、「あんな教会、あのお堂が真っ暗で、如何(いか)にも気持ち悪い。私は二度と嫌だ。あんなに暗くて陰気臭くて気持ち悪い所、私は金輪際、あのキリスト教会には、絶対に行きたくないわよ。」と帰って来てから頑(かたく)なに言い出し、私はそれはいけない、神様に悪い、と言っても母は絶対に言う事を聞かなかった。

 後年、その事を聞いた日蓮正宗の信徒の高齢女性は「お母さんは、真実の宗教を知り抜き、見抜いていた。そのお母さんの直感は正しい。今のお寺に来ても、おかあさんは非常にくつろいでいて、安心していて、そんな振りは決してしない。wainai君(私の事)良かったね。お母さんに導かれて、貴方は今、日蓮正宗に帰れたんだから、お母さんに感謝だよ!!」
 
 私は、聖書を二回も全一巻読破し、キリストの十字架の意味、十字架上でキリストが罪深い私も他の全人類の罪をも皆全て贖い背負ってあの苦しい受難に遭われ、死なれ、三日目に蘇った、という最重要の教えの意味は完璧に理解していた。しかし、この他にも色々な教会に多く通ったが、どこも同じで、誰も私に手を差し伸べた教会など一つも無かった。無慈悲で冷酷な扱いの教会ばかりだった。キリスト教は、私には合わず、救われなかった。キリスト教は、非道極悪悪徳邪悪宗教。ただの悪党の一派。野干(野犬やキツネの類)の吠うるなり。師子王の、法華経には、破折され、けちょんけちょんに負ける運命が、キリストの本質。腐れ宗教、キリスト。

 私は今、日蓮正宗に救われ、日蓮正宗法華講の立派な信徒となった。楽しく面白い信徒の皆さんに囲まれ、私はもみくちゃになってとても可愛がられている。過去の苦しく暗かった私とは見違える程、明るく、はきはきと、希望をもって私なりに日蓮大聖人様の、仏様の使いとして振る舞い、頑張って生きている。私は今とても幸せだ。ここが私のエルドラド(黄金郷)だったのだ。
 長文失礼しました。恐々謹言。



【キリスト教、イエスキリスト、の実際・実態の現実の模様】{牢獄イエスの独り言}

結局、キリストでは、人は救えない、救われない、ただのこの世の地上の疫病神だったのだ。
このイエスキリスト氏、この世から旅立って、亡霊と成って、反省して、この世に一端、戻ってみると、
当初とは、自身が考えた宗教?とは異質の教団ばかりが、カトリックも東方正教会も、プロテスタントも、人間達共が、皆が皆、勝手にこしらえ作り挙げた。

宗教群の、余りの隆盛に、自身戸惑い、驚いてしまっている。
百禍繚乱、邪教が、淫祀邪教が、いつの間にか、
この世に溢れて居るのを見て、驚き嘆いて言った。
「何だ、この有様は。私はただ、大見得切って、女とも、あの頃は若かったから、娘たちとも大っぴらに付き合いたくって、宗教指導者をやっていたし、
実際、危ない恋の火遊びもしていた。あの頃はモテたからなあ。
私も、実際上、女泣かせだったんだよ、私は、色男でねえ。

大酒も飲みたくって、弟子に酒を買いにも行かせたっけなあ。

私は何にも、死ぬにあたっては、言う事も無かったが、
自業自得だと思ったねえ。
あの、反省点は、エルサレムの神殿で、
商人たちの物売りの、
鳩売りだとか、動物を売って居たり、とか、
料理を作って売っている、その他、
何でもモノを売って生計を立てていた人々に、
私は、何も知らない門外漢なのに、
そこで商売している方々を、何だかんだと言って、言い立てて
追い出しを図ってしまった。
あの後、官憲に目を付けられ、時の王、ローマ帝国側に裁かれ、
私は十字架と言われる、あの刑具によって、
磔(はりつけ)にされた。

でも、皆、いま世界中の、私を信じる、と称する人々は、
皆、私が全人類の罪を贖って、贖罪して、
罪を償い、罪がこの世から消えた、なーんて言ってるよねえ。
私、イエスは、ちゃんちゃら可笑しいんですよ。
今だに、罪はこの世に厳然とあるではないですか?
私は、一切、罪など償う力など、無かったんですよ。
私は、非力な存在です。それ以上でも以下でもない。
あれは、私の、ローマに対する、反逆罪で、治安を乱した罪で、
私は、十字架刑となった。それは苦しかったよ。
腕やら足、胴体にまで、鉄の釘をぶっ刺されて、ねえ。

でも、これも、インドからも当時、仏典、仏教的な教えは、
あの、イスラエル、エルサレムの土地にも、
この外道の教えの場所にも、実際は、教えが伝え広まっていたのも、
事実なんだ。インドからも、イスラエルは比較的近距離でねえ。
私はその仏教経典の中の、例えの部分を、良いと思う所を、
私の指導の教えに取り入れて、
あのーそのー、かすめ取って…、否、もう云うのは止めよう。

とにかく、今日の世界の、キリスト?私が?
何をバカなことをいってるんですか!
私は一介の、あの当時の、一人の、ユダヤ教徒でしたよ。
ユダヤ人でもあり、まあ、体よく言えば、
ユダヤ教改革派、その一分にしか、過ぎなかった訳ですよ。

それを、弟子共は、何を勘違いしたのか?
勝手な事ばかりしおって、世界宗教化しちゃった。

私が救いたかったのは、
純粋な、ユダヤ人だけが私の対象だったの!

私は、あの世からこの世を見ていて、
ただ、笑っていましたよ。
私の、ユダヤ改革派教団が、ユダヤを抜け出して、
世界宗教に成っちゃった。

あの、私と会った事もない、一度も無い、全くない、
幻覚で、幻を見て会ったと称する、「パウロ」。
彼、コヤツが、痴れ者、物事、ここまで私の死後を、
私を奉っているようで、寧ろ、過大評価で、
私を貶めた。この罪は大きいぞよ。

私だって、平和を、祖国ユダヤの平和を望んだが、
あの男のせいで、戦火が世界中に、拡がって行った。
私の名の故に。私は知りませんよ、
勝手に神にまで、神の子まで持ち上げて、
奉った張本人が、あのパウロ。あいつが一番、悪い男だ。

それと、皆、聖書に、奇跡だ何だと、嘘っぱち
そういった、作為を、その当時の、聖書作家たちは、
やっちゃった。今では誰も、それを覆せない。

私は、ものも言えずに、それらを見詰めているだけ。
だって、私は、神でも、神の子でも、何でも
なかったもの。それ以上ではないんですよ。私は。
それ以下の、ユダヤ国民の、一般人にしか、過ぎない訳ですよ。

それを、私の名を冠して、「主イエス・キリスト」とか言っちゃって。
皆、どうかしてますぜ。

母マリヤも、今はもう、どこにもいないけれど、
別に、聖母でも何でも無かったですよ。
普通のおふくろだ。それが不倫して、私が生まれただけでしたよ。
皆の、皆が皆、幻想、幻覚の類なんですよ。

結局、私、イエスの教え、と称するものが、当時、
ヨーロッパを中心に広まり、拡汎してゆくんだが、
皆、妄想の類ばかりなんですよ!
何一つ、真実、事実でないものを、
額面通りに受け取った人々が、教えと称して広めて、
その結果が、
欧米の十字軍、魔女狩り、宗教裁判、宗教戦争、となってしまい、
私こと、イエスは、本当に、困り果てて居りましたよ。
  
ですから、今広まっている、教えの大多数は、
ハッキリ言って、私の意図した教えではありません。

今広まっている教えは、
私の場合、今のは、当時の教えの十分の一を、何十倍にも押し広げて、
脚色した、劇的に、太らせ誇大妄想の類の教えに仕立て上げた、
その原因が、私の全然弟子でもなかった、あの空想家「パウロ」でした。

あ奴は、私と会いもしないのに、一人妄想力を燃やして、
私の教えと称して、かなり当初とは違う指導に、私の言った事も、
解釈を大分変えて、変化変色を加えて、まるっきり別の教えにしちゃった。

それが、その時代の欧州の、世の王、世の貴族、世の民衆に受け入れられて、
私は心外でしたよ。私の、ただ単に、ユダヤの教えを改革する当初の目的とは、
全く違った教えに変えちゃった。詐欺ですよ、サギ。
詐欺以外の何物でもない。

これが、今、世界最大の宗教、と言われる、私の名前を冠した、宗教宗派の実態ですよ。イエス教なんだか、パウロ教なんだか、全く訳が判らん。私は、全く、満足はしてはおりませんぞよ。誰が、こんな世界にしてしまったのか?皆、勝手な振る舞いをして増長を重ねた、我が弟子達。それを指導したのは、この私。私も、思わせぶりで、悪かったんだのう。けれども、今の、その当時の弟子達のやって来た事は、ありゃ、やり過ぎだ。

死人に口なしとは、まさにこの事だ。

私の名の為に、戦争が起こったりして、命をなくした方々には、謝っても許されないが、一応謝りたい。すまん。

結局、父なる神も子なるキリストも、聖霊とかも含めて、を、三位一体とか言うのも、皆人間達が想像力で産み出した誇大妄想の産物に過ぎない。
これを強調して、この私こと、イエスの、反省の弁を、申し上げた。本当に、お騒がせして、済まなかった。私を信ずる、という一部の者共の、身勝手な行為行動を、違うんだよ、私は、勝手に人間共に祭り上げられただけの、むしろ被害者だと、この世の中の、神父牧師共を、私の手で責めるしかないですねえ。

それと、私は決して、主などではないと。救世主じゃないよ私は。それは私は全く違う。私には、この世を救う力などどこにもない。だから、非力・無力な私だ、というのだ。

私、こと、イエスは、無実だあー。この地獄の檻から、出してくれよう!ねえってばあ!!」



終わり。以上。よしなに。wainai

 以上。よしなに。wainai


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