北海道網走と云うと刑務所が全国的に有名になのは高倉健主役、石井輝男監督のヤクザ映画『網走番外地』シリーズのお陰でしょう。その網走刑務所を訪問しました。
何故ここが網走番外地かと申しますと網走刑務所の公式住所には番地が無いのです、つまり網走市三眺だけで番地が記載されていない事からこの刑務所は網走番外地となったのでした。刑務所の中には受刑者が約1500人刑に服していますがほとんどの人が関東方面で罪を犯した人だそうです。当然ですが内部は撮影禁止、携帯電話禁止ですので何も見せられません。
と云う事で網走刑務所の歴史が判る『博物館網走監獄』(公益財団法人 網走監獄保存財団)を見学することになりました。
網走監獄の施設を移築して博物館として当時の様子を忠実に伝えている施設です。
明治20年ころ二代目北海道庁長官の永山武四郎は欧米視察でロシア帝国がシベリア鉄道を敷き南下をする勢いに脅威を感じ北海道を守る為に網走から旭川に横断道を作り対処しなければ成らないと痛感した。国家予算を切り詰める為、全国から囚人を網走に集め工事に従事させた。そして昼夜極寒を問わず囚人を働かせ8ヶ月で163㌔の道路を完成させたが211名の囚人が命を落とし監守も多く亡くなった。
白鳥の脱走シーン 写真をクリックして拡大して下さい。
明治時代6回脱獄した五寸釘の寅吉(三重県)は15cmの釘を足で踏み貫いたまま脱走した。又白鳥由栄(青森県)は4回脱走し「脱獄摩」と呼ばれたそうです。あまり脱獄するので白鳥専用の手錠や足錠を付けたがスルリと抜け出す。監視用の子窓を揺すり釘を緩める、釘に味噌汁を掛けて錆びさせ切断する、小さな窓から出る為に肩の骨を自分で外し、出てから自分で肩を入れる。燈火管制の時、写真の様に天井に登り窓を頭で割り脱走する等尋常では無かった様です。脱走して警察官に職務質問された時、白鳥は「タバコをくれないか」と警官に云うと警官は一本しか無いタバコを半分に切て白鳥に吸わせた。白鳥はこの警官の振舞いに「俺は白鳥だ、警察に俺を突き出しお前の手柄にしよ」と云ったそうです。その後白鳥は刑務所で模範囚人と成り昭和36年釈放、その後は罪の愚かさを人に説いて余生をおくったそうです。 極悪な人間も愛情によって仏に変われるのだ。
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