様々なニュースで日本が貧しくなっているという。
食費が以前に比べてどうだとか
生活が困窮しているとかネガティブなことを言う。
給料はずっと上がっていないのに
食品の価格は何倍にもなっているとも言う。
比べる対象をどこに置いているかで
その感覚はまた違ったものになるのではないだろうか?
私は昭和生まれで小、中学生の時は
6〜9クラスもあり1クラス42、3人位だった。
クラスの中で海外旅行に行ったことなんてほぼ無く
夏休みはいいところ祖父母の田舎程度で
温泉へ行った人は自慢していた。
子供の中に海外だの旅行だのと言った
思考さえも無かったのだろう。
それくらい、家族で旅行に行くことは稀だったのだ。
ましてや、子供の頃から家族で海外旅行なんて無い。
大人になって、新婚旅行といった特別な時に
思い切ってお金を出すくらいのものだった。
外食もほとんどしないのが普通の家庭で
スーパーやコンビニのように
出来合いのお弁当やお惣菜など
今のように簡単に手に入る場所も少なかったし
第一無かったのだ。
あっても早く閉まるので仕事帰りには間に合わない。
冷凍食品も少ないしほとんど使っていなかった気がする。
とにかく、家で作ることがほとんどで
家族で外食できるのは、
それこそ特別な時だけだったろう。
洋服などもファストファッションのように
おしゃれなデザインを安く変えることはなく
白いTシャツだってデパートで1万円くらいし
靴もセールでも1万円くらいはしていたので
全てが高かったのだ。
旅行も安くいけるようになっている。
外食も安くいけるようになっている。
洋服や品物も安くなっている。
医療、学校などにしてもそうだ。
いつの間にかお金持ちしかできなかったことが
誰にでもできるようになってしまった。
出来ないことも少し無理をすれば
手が届くようになっている。
中級の上の生活を誰でもできるようになっていた。
今の幼稚園、小学生はどれほどの割合で
旅行に行ったことがない子供がいるだろう?
海外経験者だって多いだろう。
外食したことがない子供はどれくらいいるだろう?
私が子供の頃は
本当にボロボロの借家に住んでいる子もいた。
今思えば、学年で1、2人くらい
生活保護を受けていた家庭もあった。
車がない家庭や
塾に行けない子、私立には行けない子も
普通だったので
それぞれ子供ながらに自覚してやっていた。
アルバイトも精を出す子は精を出していたし。
貧富の差は現代よりもはっきりしていたのだろう。
私の目には今の方が贅沢になっているように見える。
格差が無さすぎて
自分にも気軽に手に入れられると思うからこそ
手に入らないことにヒステリックになる。
また、国家を上げて
個人のエゴを満たすように動いている。
国民のエゴが強くなるように、
エゴの強い人は考えるのだ。