★ Tのゆるゆる日記 ★ 

人生どこへ向かうのか?
日々、感じたことを通してみえること。

がっかりでも

2020-07-31 | ちょっと、ひとりごと

何かを試した結果に自信があるときに限って

上手くいかなかったりする。

 

結果に自信がない時の方が良かったりする。

 

結果は自分では操作できないのにおかしなものだ。

 

でも、変に自信をもって待ち構えていると落胆が大きい。

結果に対して一喜一憂しないこと。

 

対策出来ることを探して次にいかすだけだ。

 

 

 

 

 

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分からなくていい

2020-07-30 | 最近おもうこと

世の中は、分かったような気になっている人だらけだ。

 

例えば今生きている私には死んだ後のことは

実体験できない。

中には何かしらの体験をした人もいるだろう。

でも、それはその人の体験であって

もしかしたら

個々によってまた違うものがあるのかもしれないし

分からないことだ。

その逆は?

人が生まれる本当の理由や人生だって分からない。

 

前にも書いたけれど、

もしかしたら、そこには何も意味など無いのかもしれないし・・・

そこに意味を見出したいのは人間かもしれない。

 

スピリチュアルを語っている人が

本当に分かっているのかもわからない。

絶対的に言えるのは、しゃべるのが上手いことだ!

中には、「子孫を残すために人間は生まれてくる」

と言っていた人もいた。

 

自分が信じたいことを言っている人を信じるなら

やはり、「分かっている」ということも

自分が選んで自分の周りに並べた世界だ。

 

私には真理は分からない。

 

ただ考え方は変わってきている。

今は、人生で起こる物事に

意味を色々つける必要はないような気はしている・・・

それよりも、様々なことを体験することから感情が動く、

そんな体験を人生でしていくことに意義があるような気がする。

 

それも分からないけれど

今のところ、そんな風に感じてきた。

そして、この人生の後は・・・

まだ分からないけど「融合」していくのかな・・・

 

そんなことより、「今を活かす」ことが私には大事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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これから

2020-07-29 | 最近おもうこと

自分の人生で精一杯の人もいれば

他との関りを中心に生きる人もいる。

 

今のところは

そのどちらかに比重があるような気がする。

 

私はピンポイントで他を中心にするけれど

比較的、自分の人生に向き合うのに

精一杯だったようなところがある。

 

でも、これからもっと何か

人と分かち合うことをしたいと思う。

 

それが何かはまだ分からないけれど・・・

何か心がほっこり豊かに過ごせるようなこと。

 

いつかそんなことが出来たらいいな。

 

 

 

 

 

 

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2020-07-28 | ユメの話

日曜日頃から熟睡できているせいか

朝もスッキリの目覚めだ。

 

数日前に見た夢。

 

エジプトのイシスが

日本の二か所で結界を作って守っているというもの。

場所は忘れちゃったのですが四国だか九州あたりの一か所と

関東より少し下あたりで白(しら)何とかと言う場所。

イシスと言う名前でも

ハトホルのような見かけをしていたような・・・?

 

何故だか分からないけれど白(しら)何とかの方の

結界を作り直していた。

もう一か所は問題ないようだ。

 

目が覚めてから

何でエジプト神が日本の結界を張っているんだろう?と思った。

 

それが誰であれ

日本を守ってくれているものがあるなら

心強い限りだ。

 

 

 

 

 

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気づくのみ

2020-07-27 | ちょっと、ひとりごと

人間は人生から学んだことは、

なかなか完全には身につかないようです。

 

時々、何かの拍子にその癖が顔を出す。

もしくは環境が癖を隠してくれているのかもしれない。

その場合は、癖がでるような環境になれば

以前と同じようになり

何も身についたわけでは無いと気が付く。

立派なことを言っていたとしても

ほとんどの人は自分自身のことになると

立派な人物でもないものだ。

 

 

でも、気が付いた時にまた修正をすればいいだけ。

気が付いて、気を付けれことが大事なだけ。

何でも、「完全」でなければいけないと思う必要もない。

自分に落胆する必要もない。

 

そんなものなのだ。

 

 

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新しいことも

2020-07-25 | 日々のこと

一つ一つやらなくてはならないことを片づけて

昨日一つ大きなやるべきことを終わらせた。

 

期限があるものも一つづつ片づける。

そうすると、あっという間に日々が過ぎていく。

一年が過ぎるのはあっという間だ・・・

 

その中で、新し事にもチャレンジしていっている。

チャレンジする機会がきたらやってみる。

 

何に興味を持つかやってみないとわからないし

その中で素敵な出会いもあるかもしれない。

やってみてから続けたいか、

あまり乗り気じゃないか決めればいい。

 

ここ数年は随分変化している。

 

変化の流れがあるけれど

突如ではないので流れに乗ることもできる。

その流れの中で楽しもうとも思っている。

 

 

 

 

 

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日々の気づき

2020-07-23 | ちょっと、ひとりごと

頼まれてないのに

勝手に相手にとって良かれと思ってやったことが

意味がなかったとか

無駄だった、

そんな時に何故か今度は勝手に腹を立てる。

 

そんなことに思い当たる人もいると思う。

私も時々やってしまう・・・

でも、たいがい相手を思ってのことから

生じることなのだけれど

これは本当に気をつけなくてはいけない。

 

「自分の良かれ」を相手は望んでいないかもしれない。

特に自立した大人ならなお更だ。

勝手に押し付けて

勝手に腹を立てるのは間違い。

 

家族だろうと、どんな関係でも

自分の望みを勝手に人に投影し

それを押し付けないこと。

 

どんな関係だろうと

もっと心が自立しなくてはいけない。

自立して初めて、

相手を本当の意味で自由にし

思いやることもできるのだろう。

 

誰もが本来は自由に魂を動かすように

個々の個性を持った人間として存在しているのに

人間として自分自身や他人から不自由にされがちだ。

 

人から見てどうであろうが

本人が自分自身で求め選択する必要がある。

 

例え、それが間違ってしまったとしても

そのとき求めたものなら

そこから学ぶ必要があるのだろう。

 

本人が「求める」物事に必要なことがあるのかもしれない。

だから、それぞれが自立しなければ

本当に求めているものを得られない。

 

いつも誰かの投影を押し付けられていたら

何も考えないようになってしまうだろう。

 

心の自立ができて、自由になってこそ

他人も自分自身も人生を活かせるのだろう。

 

 

 

 

 

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感情の表現

2020-07-22 | 最近おもうこと

最近は日本人も気軽にという言葉を

使うようになっている。

 

恋人同士でも家族でも

使っていたりするようだけれど

日本語で「愛している」何て

私は何だか言えない。

 

もともとは言葉が作られたのも後からだったし

全てを触接的な言葉で表現するという文化ではなく

深い感情を様々な表現として

汲み取るような文化である。

 

そこに居た人たちによって作られた言葉は

そこの人々の特徴が表れている。

そこの場所、国では

その言葉でこそ合うようになっているような気がする。

 

それが、色々な文化を見ることが出来たり

体験したりと入り混じることで

それぞれの国の特徴と言うものが

見失われてきてしまったのかもしれない。

 

言葉では表現できないほどの深い感情は

今では、言葉にするべきで

言葉にしなければ何もないかのようになったりする。

 

失われて来たのは

私たちが持つ、そんな感覚を読むことなのかもしれない。

 

深い感情も

本当の意味も分からないまま

単に言葉にするほど浅はかなものは無い。

でも、それが現代的なのかも・・・

 

それぞれの国に良いところはある。

単によその国に憧れるのも残念なことだ。

 

日本人は直接的にでなくても

沢山の表現力を持つほど

本来おしゃべりな感情の豊かさがある気がする。

 

受ける側も

発する側も

どちらも同じような豊かな表現力を持ち続けたいものだ。

 

 

 

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イメージの不思議さ

2020-07-21 | 日記

自分を何かの型にはめられて言われるは

とても不愉快だ。

 

ほとんど話したこともない人に

自分のことについて上から目線で

知ったようなことを言われるのは

これもまた不愉快だ。

 

あいさつ程度で

ほとんど知らないのに

知ったようなことを言われるのは不愉快だ。

 

でも、人は不思議なことに自分が上に立って人を評価し

イメージを使って知ったような気になるのかもしれない。

 

真実はどうでもいい。

 

 

人によって、

または職業によっては

自分自身で自分がよく分からなければ

それに流されてしまうかもしれないし

イメージされたものに対し

自分もそうだと思っていくかもしれない。

 

少し前にも、またそんなことで私も腹を立ててた。

 

でも、よく考えてみると面白いもので

人によってイメージするものが真逆だったりする。

 

誰しも他面性を持っているし

自分で自覚のない自分自身もあるだろうし

あまり表に出さない嫌な自分もあるかもしれない。

だから、人が言うイメージは

何処かの角度で見える一面でもあるのかもしれない。

 

ただ、誰に言われるか?で不快に感じてしまうのかも・・・?

 

結局よく考えてみたら

不愉快だったことも不愉快でもなくなってくる。

「そんな面もあるかもね~」と聞き流しておけばいい。

イメージはイメージでしかない。

実際ではないものさえイメージしてくるのも

また、何かの面をみてイメージしたのだろう。

 

自分でさえ自分のことが

よく分からなかったりするのだから

イメージされることも自分の一片であるかもしれない。

 

そんな曖昧なことで

私たちの身の回りは出来上がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そのままでいい

2020-07-20 | 日記

今、自分から取りに行かなくても

様々な必要のない情報が向こうから入ってくる。

 

だからこそ、必要なものだけに絞って

その他のものは自分から排除しないと

揺らぎやすい場合、

いつの間にか影響されてしまうことになりかねない。

 

そのうち、そんなことどうでもよくなるだろうけれど・・・

 

 

実際に言葉に出さず内心で思っていることなら

どんなことでもいい。

 

陰で言う分には何でもいい。

それこそ実際に面と向かって言うわけじゃないから

誰に何を言っても構わない。

 

いくら表面的に良い人や大人しい人を

出していたところで意味は無い。

何のためにそのままの性格を出さないのか?

 

自分の世界は自分で作るわけで

陰で文句を言いたくなるほどの

うっぷんが募る生活はずっとついて回る。

 

何も恐れることもない。

とっても単純なこと

自分の現実は自分が生み出していくだけだ。

 

だから慌てて何者かになろうとする必要もない。

そのままの自分でただ在るしかないのだから。

 

 

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