★ Tのゆるゆる日記 ★ 

人生どこへ向かうのか?
日々、感じたことを通してみえること。

分かりずらい世の中

2014-02-25 | 日記


みなさま、こんにちはtomoです



多くの人は自分を表現するという手段は

目で見てわかるもの、耳で聞いてわかるものなど

肉体の機能を使ってのものばかりに拘束されています。


幸運なことに別の才能を持ち合わせ

直接的でなくとも表現する手段を持っている人もいる。


でも、無意識なうちにこの足枷を外したい部分があるのかもしれません。


だからこそ芸術として、又様々なことを通して

表現しようとするのかもしれません。



どうして肉体の機能で直接的に表現することを

素直には出来ないことが多いのだろう?


思考、感情や言葉が一致していたら

とても単純な世界になるだろうに・・・


実際に自分の中でさえ、一致したものとして

認識することが難しいのかもしれません。

ましてや、それをそのまま適切な言葉を当てはめて言葉に出すなんて・・・


とても単純なことが、人間の進化とともに

難しいものにしてしまったのかもしれませんね。



人間の生活形態、物質社会の進化とともに

もっともっと難しくなっているかもしれません。


その一方で、進化しすぎるものに違和感を覚え

気づいていく人たち・・・


また、逆に言葉や態度などといった肉体の機能を使ったものだけでもないわけです。


感覚的に読み取っている部分も沢山あります。


「何かおかしいな・・・」

「うそっぽい・・・」

などなど態度や言葉に出さなくても、なんとなく読み取れたりもするわけです。


もっと、この感覚が研ぎ澄まされているなら

違った見方が出来ますね。

ただ、現代においては孤独や生きづらさがあるかもしれませんが・・・


この感の良さは人それぞれに違うのですが、

もしかしたらこの物質社会においては感が良くないほうが

いい場合が多いかもしれません。


全体的にこの肉体を使って認識できるものを

重要視し、表面的にある学歴や会社または親の職業など、

そんな肩書きを人となりの判断基準にする人が少なくないのも事実。


何かしらの肩書きを聞いたとたんに

その人間の価値があがるのです。


聞く前も、聞いた後も同じ人間なのに・・・


その人自身を観ているのか、付属にあるものを見ているのか

とても不思議に思うものです。


まだまだ言葉や態度、肩書きなどどいった

表面的なことを重要視している世の中です。


実際、そういった見方をする人は多いのだと感じます。



まだまだ、ずっと先かもしれませんが

そんな評価基準は変わっていくのでしょうか?


変わらないかもしれませんね。


でも、その評価基準を持たない人も増えていくのかもしれません。





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