TULIP DIARY

届くといいな やさしい風に乗って

時空の広場と風の広場とジョウビタキ

2019年11月09日 | ひとりごと

11月4日、JRで大阪駅へ、その後、時空の広場を通ってエスカレーターで上の階まで移動しました。下の写真はこの日の目的地の映画館に向かっていた途中で撮影した写真です。

時空の広場の午前8時過ぎの写真です。

今年は雪だるまも耳当てをしていたりマフラーをしていたり、駅長さんの帽子をかぶっていたりするいろいろな雪だるまがいました。

上の2枚は映画を見終えてから帰るときに時空の広場で撮影しました。

11階の風の広場で撮影

この日は晴天でした。

映画を1日に2本観たので、その1本目と2本目の間に早めのお昼ご飯をいただきました。10階のモクモクというレストランでバイキングでした。お豆腐が美味しかったです。ほとんどのレストランが午前11時オープンでした。その時間まで待っていたら2本目の映画が始まる時間に間に合いませんでした。こちらのお店は、10時半ごろにはすでにオープンしていましたので、今回初めて利用しました。入店したときは11時前だったのですが、すでにたくさんのお客さんで混雑していました。次に観る映画の時間が迫っていなかったらもう少しゆっくりといただくのですが、90分の時間制限のところ、30分くらいで慌ただしくいただいて映画館に向かいました。お豆腐の味が忘れられないほど美味しかったので、もう一度来てみたいです。今度来たらもう少しゆっくりと楽しみたいです。

上の写真は映画を2本観たら梅田界隈をうろつかず、どこにも寄らずにまっすぐ帰ることにしました。自宅に戻る前に、大阪城公園の市民の広場に寄ってみました。木に止まりにきたジョウビタキ(オス)を見かけたので、撮影してから帰宅しました。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最高の人生の見つけ方

2019年11月09日 | 映画鑑賞日記

11月4日、梅田の映画館で『最高の人生の見つけ方』を観てきました。人生を家庭に捧げてきた主婦幸枝(吉永小百合さん)と人生を仕事に捧げてきた大金持ちのホテルの社長マ子(天海祐希さん)の二人は余命宣告を受け、病院の同じ部屋で出会うことになります。入院して初めて人生の虚しさに気付いた二人は同じ病院内で出会った12歳の少女が書き留めていた「死ぬまでにしたいこと」リストが掛かれたノートを偶然手にし、二人で旅をしながら実行していくといったストーリーでした。2007年に公開されていた『最高の人生の見つけ方』をヒントを得て作られた映画ということで、だいぶん前にDVDで観たことがありました。ほとんど覚えていなかったのですが、スキューバーダイビングをしたり、ピラミッドを見に行ったりしたことなど似ていたシーンはあったと覚えていました。「死ぬまでにしたいこと」リストにはこのほかにも京都で大きなパフェを食べたり、モモクロのライブで踊ったり、ウェディングドレスを着たりとどんどん実行していき、二人の友情も深まっていくといった展開でした。最後の無理そうだったこともちゃんと実行して行く二人の生きた証は素晴らしいなあと思いました。マ子の秘書役のムロツヨシさんがいい演技をされてたのも印象に残りました。マ子が幸枝に「あなたに会えてよかった」と言い残して幸枝より先に逝きます。「あなたに会えてよかった。」と言われるような人になかなかなれないような気がするなあ。最高の人生とは何だろう?本当に死んでしまう寸前に感じるんだろうか?最高の人生を送れるように毎日毎日の1日を大切に生きて行くことが最高の人生に繋がっているのではないのだろうかと思いながらこの映画を見終えました。京都の八坂の塔や鴨川や琵琶湖や長崎でのシーンもたくさん出てきていた映画でした。主人公たちが亡くなってしまう映画でしたが、誰もがいつかは亡くなるという事実をあまり悲壮感を漂わせないように作られていた映画だったかなあと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中之島バラ園2019秋

2019年11月08日 | 旅日記

11月3日、中之島バラ園に寄ってみました。バラ園のバラは見ごろ過ぎのような気もしましたが、まだたくさん咲き揃っていました。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マチネの終わりに

2019年11月08日 | 映画鑑賞日記

11月4日、映画『マチネの終わりに』を梅田の映画館で観賞してきました。平野啓一郎作の映画化作品です。原作は読んでいませんでした。見終えて最初に感じたことは文学的な映画だったなあと思いました。本を読んでいるような、主人公たちのそれぞれの繊細な感情が丁寧に描かれていたからだと思います。この映画を見ようと思ったきっかけは、少し前に『ぴったんこカン・カン』のテレビ番組の中で主役の福山雅治さんと石田ゆり子さんが安住紳一郎さんと三人で山梨を旅しておられたのを偶然見てこの映画のことを知ったからでした。この番組では、料理を普段は全くされないと言われていた福山さんが石田さんをもてなすために手づくりのピザを焼いておられました。料理を全くされないと言われていましたが、そう言われていてもされてないだけで、なんでも上手に作れてしまわれるような器用な方なんだなあとこの番組を見ていて思っていました。この映画の中でも料理を作っておられたシーンが出てきていましたが、普段料理を全くされないようには見えないくらい手際よく料理をされていて、いつも手馴れておられるように映っていました。さすがだなあと思いながら観賞しました。少し脱線してしまいました。この映画の主人公は、クラシックの天才ギタリスト蒔野聡史(福山雅治さん)とパリ在住のジャーナリスト小峰洋子(石田ゆり子さん)で、たった3度会っただけで、ずっと惹かれ合う二人の数年間が描かれていました。「出会ってしまった事実はなかったことにできない」と蒔野が洋子に告げるシーン、「未来が過去を変える」と蒔野が洋子に告げるシーンは印象に残りました。蒔野が投げかけた言葉の深淵とその言葉に投じられた奥の深い意味までも感じ取れることができる洋子と蒔野の出会いは、理屈では語れない出会い方だったということなのでしょう。一目ぼれというのとはちょっと違った意味合いを持つ、心と心が通じ合ったということなんだと思います。蒔野と洋子が疎遠になってしまう原因を作ってしまった携帯電話のメールの出来事は、こんなことをできてしまうのだと衝撃的でした。このような運命的な出会いや携帯でのメールでの出来事は、なかなかないようなことなのかもしれないですが、案外、世界中の到るところで起きていることなのかもしれないなあとも思いました。スカイプで会話したりメールがキーポイントだったりするこの映画は現代の世相を反映している映画なのですが、根底に流れていたものは、どの時代にもあるような生きて行く上での人間関係の底にあるような哲学的というか文学的というか人と人との繋がり方や感情の変化が細やかに描かれている古典的なものを感じた映画でもありました。また、この映画の主題は、「未来が過去を変える」ということだったのだろうと見終えたらよく伝わってきました。楽しかった過去の思い出の記憶が未来に起こった出来事で悲しいものになって行くといったことを表現していたシーンがありました。洋子の長崎の実家の庭にあった石の記憶のシーンでした。洋子にとったら楽しい幼少の日々の記憶が未来に起こった出来事で悲しい記憶にすり替えられてしまったということを描いていました。私も母の入院したきっかけとなってしまった過去の楽しかったある思い出に係っている物がその後の未来に起きた母の長きに渡る入院生活で悲しい出来事にすり替えられてしまったということを実感していたので、このシーンの意味がよくわかりました。でも、「未来は過去を変える」と思えば、まだ未来は生きている限りは続いて行きます。あのときにこうしていたらという後悔は誰にでもありそうなことですが、そういった過去も未来がすり直してくれるのかもしれませんということなのだと解釈したいと思いました。終わりのほうで蒔野が奏でたギター「幸福の銀貨」の曲はいい曲でした。大人の恋愛を主に描いていましたが、蒔野がギターの演奏に満足できなくなっていたスランプや洋子がパリで遭遇したテロでのPTSDなどの諸々のものから解き放たれていこうと苦しみながらもがきながらも糸口を見つけていくような心の格闘が丁寧に描かれていた映画でもありました。見ごたえがあったオススメの映画です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

掬星台

2019年11月07日 | 旅日記

11月2日、摩耶ビューラインというロープウェイとケーブルカーで下山する前にロープウェイ山上駅である星の駅からすぐのところにあった掬星台から景色を楽しみました。

日本三大夜景のひとつとして摩耶山の山頂にあるこの掬星台からの眺めは最高でした。神戸や淡路島、大阪の方向もお天気がよかったのでものすごく遠くまで見えていました。

ハーバーランド付近

神戸タワー

南港の咲州庁舎も見えていました。

帰りは、こちらからロープウェイを利用して下山しました。

紅葉度はこんな感じでした。

所要約5分でロープウェイ下の虹の駅に到着しました。

虹の駅の展望所からも景色を楽しみました。

ケーブルにに乗り換えました。

ケーブルカーで約5分乗車し、下駅まで移動しました。

登ってくるケーブルカーとこちらですれ違いました。

下駅の摩耶ケーブル駅に到着。バスでJR六甲道駅まで戻り、JRの快速で帰阪しました。まだ紅葉の見ごろまではもう少し先でしたが、11月初めの秋の気配が漂う六甲山上と摩耶山上を散策して森林浴と雄大な景色を楽しむことができた1日になりました。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

南御堂市

2019年11月07日 | 旅日記

11月3日、大阪市中央区の本町の駅からすぐのところにある、南御堂に寄ってみました。産経新聞に南御堂がリニューアルを記念し、南御堂市が開催されるという記事を読んで行ってみようと思ったからでした。この日は、午前中にくまモンがやってきたそうですが、訪れたときは12時を過ぎていたので、くまモンには会えませんでした。

南御堂にあった御堂会館には若いときに映画の試写会でよく訪れていました。久しぶりでした。お寺のほうは訪れたことがなかったので初めてでした。

入口付近で展示されていた絵画

入口付近ではこのあくる日から開催された御堂筋イルミネーションをバックに撮影できる大きな看板も設置されていました。

ブットンくん

松尾芭蕉の終焉の地としても知られている境内には、芭蕉翁の辞世の句の一つ「旅に病でゆめは枯野をかけまはる」を刻んだ句碑が建てられていました。

ゴムでできた恐竜がいました。

ダンスが披露されていました。

15分くらい見学してこの場を去りました。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

四天王寺ワッソ

2019年11月06日 | 旅日記

11月3日、NHKでBKワンダーランドを見学した後、向かい側にある難波宮跡公園でこの日開催されていた四天王寺ワッソにも寄ってみました。四天王寺ワッソは古代東アジアの国際交流を雅やかに再現したお祭りです。

まんぷく屋台広場付近でペットボトルの水と飴をいただきました。柿をお土産に買いました。 

藤井寺市のキャラクターのまなりくんと王子町観光・広報大使の雪丸くんが歩いていました。

このときは午前11時過ぎでした。

プレステージで成美高校中国文化春暁倶楽部による、龍と獅子の舞が披露されていました。

この日のお昼ごはんは屋台で広島焼きを買っていただきました。この後、巡行・交流催事までしばらく時間があったので、この場を去って本町のある南御堂に向かいました。

午後2時前くらいに難波宮跡公園に戻ってきて再度見学しました。戻ってきたときに、舟つき場であった中央ステージでは三船美佳さんがインタビューに答えておられました。

1時半から行われていた巡行・交流催事のパレードをしばらく見学しました。

聖徳太子に扮しておられたのは作詞・作曲家の中村泰士さんでした。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

六甲山牧場

2019年11月06日 | 旅日記

11月2日、六甲山牧場にやってきました。20年以上前に訪れてから2回目でしたので久しぶりでした。

バス停は北入場口にしかないので、こちらの北入場口から入りました。入場料は500円ですが、割引券を提出して50円引きしていただきました。

ヤギ

ものすごく急いで移動していたヒツジさんを撮影

まきばのつり橋

標高694メートルのグリーンポイントの芝生の丘の上ではヒツジが放牧されていました。遠くに海が見えていました。

ここから南エリアに行くには急こう配の坂を相当下って行かないといけませんでした。帰りは相当ののぼりになりましたし、結構遠いので、帰りは相当しんどかったです。

南エリアにも羊やうさぎ小屋がありました。

六甲山Q・B・Bチーズ館などが南エリアにありましたが、ゆっくり見学していたら、次に乗るバスの時間に間に合わなくなると困るので、少しだけ散策しただけでバス停がある北入場口のほうまできつい上り坂を戻りました。20年以上前に来たときはツアーだったので、たぶん南入口から入場したのでしょうね。こんなに上り坂がきつかった記憶が全くなかったです。

まきばのつり橋を羊たちが歩いて渡っていました。

急いで歩いていたヒツジさんたち

グリーンポイント広場でもう1回撮影しておきました。

北入口でバスに乗車するまでの時間まで20分くらいあったので、ちょっと離れたところにあった売店で、カマンベール入りの六甲山牧場ソフトクリームを買ってバス停付近でいただきました。この後、摩耶山上ロープウェイの乗り場まで約15分バスで移動しました。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

共感力を必要とする社会に

2019年11月06日 | ひとりごと

今日の早朝にNHKで放送されていた視点・論点「共感力を必要とする社会に」を見ました。京都大学総長の山際壽一先生が語っておられた放送でした。ゴリラ研究で知られている山際先生の解説されていた内容を聴いていたらその通りだなあと思いました。人間はだいたい150人くらいの集団の中で暮らしていて、その中で「共感力」を駆使して暮らしてきたいという歴史と事実が、情報化社会の現代においては、その「共感力」を必要とされないような社会に変化しつつあり、「人間のサル化」を懸念されているというお話だったと解釈しています。この番組で解説されていた内容がよくわかる記事があったのでリンクを貼ってみました。 

https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201709/201709o.pdf#search=%27%E5%85%B1%E6%84%9F%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E7%A4%BE%E4%BC%9A+%E5%B1%B1%E9%9A%9B%E5%A3%BD%E4%B8%80%27

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ちゃちゃ入れマンデー

2019年11月06日 | ひとりごと

関西ローカルで放送されていた『ちゃちゃ入れマンデー』の番組を昨日途中から見ました。関西人が疑問に思っていることを解決するコーナーで放送されていた内容が興味深かったので記載してみました。この番組の中で、新幹線の駅で東京駅や名古屋駅はそのまま在来線と直結していて便利なのに新大阪駅がなぜ大阪駅と直結していないのかという理由が紹介されていました。それは、大阪駅の近くを流れている河川・淀川が関係していたということでした。新幹線の駅を大阪駅にしたら淀川に掛ける橋を新幹線用にもうひとつ作らなければいけなかったので、経費が掛かるということと当時大阪駅周辺に新幹線用の用地を確保するのが困難だったというのがその主な理由だったそうです。また、新幹線の「のぞみ」の名前を付けたのは、阿川佐和子さんだったということも紹介されていました。このことは阿川さんの書かれたエッセイに書かれていたのを読んだことがあったので、知っていたのですが、「のぞみ」の名前を決めるときの候補名が「太陽」と「希望」だったとうことが紹介されていました。それまでの新幹線の名前の「ひかり」と「こだま」が大和言葉から付けられたことを阿川さんは、お父さんの阿川弘之さんが言われていたので、その候補名のひとつであった「希望」を大和言葉に直したのが「のぞみ」だと直されて結局「のぞみ」が採用された経緯は知りませんでした。また、0系の新幹線の青と白のツートンカラーはハイライトのたばこの柄から発想されたということや富士山の色だったのも決め手だったことも紹介されていて興味深かったです。もうひとつ取り上げられていたのが「琵琶湖がなぜあんなに大きいのか」という疑問について解説されていた内容です。琵琶湖がなぜ大きいかとう理由は考えたことがありませんでした。琵琶湖に注ぐ川が20本以上あるのに対して逆に琵琶湖から自然に流れて行く川は瀬田川しかなかったことが水をため込む理由になって、大きくなったということでした。瀬田川は宇治川、淀川となって大阪湾に流れていることも解説されていました。琵琶湖が世界で3番目にできたくらい古い湖だったということや大昔は今の伊賀上野市にあったということも知りませんでした。近江八幡の近くのびわ湖の北に位置する沖島のことも紹介されていて、車もバイクも走っていないから信号がないということ、住まれている方々の大方が漁業に従事されていることや車がない分、多くの方が後ろに荷台が付いた三輪車を利用されていたことや、淡水湖にある島で人が住んでいる島は世界でも珍しいということも紹介されていました。知らなかったことがたくさん紹介されていた番組でした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする