※2005.12.03に松山市考古館「17年度特別展「祈り」基礎講座②」にて話した内容です。
祈りの歴史-日本文化における呪術の系譜-(大本)
Ⅰ はじめに-考古学・民俗学の連携の可能性-
Ⅱ 「祈り」の基本概念
1「呪術」とは
・「霊的存在や呪力などの超自然的要素を用いて自然や環境に働きかけ、何らかの願い事を実現させようとする観念および行為」(『日本民俗大辞典』2000)
・呪術の分類1(フレーザー1966)
①「類感(模倣)呪術」
類は類を呼び、結果は原因に似る。
例)雨乞いにおける鉦・太鼓(雷鳴類感)・煙を焚く(雨雲類感)
②「感染(接触)呪術」
いちど接触したものは、離れたのちにも影響し続ける。
例)他人の毛髪を焼き、持ち物を破ることで相手に災厄が及ぶと感じる。
・呪術の分類2(井之口章次1975)
①宥和 ②鎮送 ③代用 ④擬態 ⑤祝福 ⑥再生 ⑦触発 ⑧感染 ⑨対抗 ⑩呪物 ⑪合力 ⑫分散
⑬連想 ⑭封殺 ⑮強請 ⑯圧服 ⑰悪態 ⑱報復
→細分類
(1)超自然的存在に対する行動(神の存在が前提:人間が神に○○する。)
宥和・鎮送・祝福・触発・対抗・封殺・強請・圧服・悪態・報復
(2)超自然的存在に対する手段(災厄の存在が前提:人間が○○して災厄から逃れる。)
模倣的(代用・擬態・連想) 感染的(感染) その他(再生・呪物・合力・分散)
・「呪術」と「宗教」
①「呪術先行説」:「呪術」と「宗教」を区別し、呪術が先行すると考える説(フレーザー)
「呪術は現象を統御しようとする意味において科学に類似しているが、それは間違った観念連合ないし因果律にもとづいており、これが誤って認識されて宗教が生まれた。(中略)呪術が霊的存在を強制し統御しようとするのに対して宗教は霊的存在に懇願する態度からなる。」(『宗教学辞典』)
②「呪術-宗教相対説」:宗教=自然の擬人化 呪術=人間の自然化(レヴィ・ストロース)
「宗教は自然法則の人間化からなるのに対して、呪術は人間の行為の自然化―人間の行為をあたかも物質的決定論の構成要素として捉える―からなると言えるが、両者は、一方のみ存在するという性質のものでもなければ、進化の段階にかかわるものでもない。」(『宗教学辞典』)
・「信仰」・「宗教」・「俗信」の相関関係(図1参照)
2「祈願」とは
・「神仏などの超自然的存在に対して、好ましい状態が実現するよう懇願すること」(『日本民俗大辞典』)
・祈願には、対象(神仏等)が必要 ← 「呪術」には明確に現れない視角
・祈願の必要条件:①主体 ②願意 ③対象 ④儀礼
←「儀礼」=「様式化された行動」(礼拝・参詣・参籠・奉納・読経・受符・苦行・禁欲など。これに「呪術」も含まれる。)
3「神(超自然的存在)」とは-認識・秩序からの逸脱と安定化-
・「何にまれ、尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物」「尊きこと善きこと、功しきことなどの優れたるのみを云に非ず、悪きもの奇しきもの」も含む。(本居宣長『古事記伝』三)
→人間の尺度で計れず、道徳や理性を越え、善神悪神、高貴も卑しきも含む。
・「恐ろしさ」「不気味さ」の要因
①分類できないものへの畏怖
例)色の分類:紫の特殊性 生物の分類:両生類の不気味さ 神の動物:この世の動物
性の分類:男女に分類できない性 身体の分類:髪の毛・唾など 村の境界・分類
②説明できないものへの畏怖(「神」の原像)
自然への畏怖:自然(山・海・太陽・月・岩)、自然現象(雷・風)、植物(木)、動物(鳥、狼)
自然を開拓するものへの畏怖:道具(自然と文化の対立)
文化(人間世界)の中での畏怖:祖霊、巫女、教祖、権力者、御霊
(参考)「妖怪」の歴史
①自然と人間の対立 古代的 自然系の妖怪 中世的 道具系の妖怪
近世的 人間系の妖怪 現代的 通信系の妖怪
②社会体系と妖怪 鬼:古代的な存在 山姥:近世以降の家制度確立との関係
4「祭り」とは
・「神霊を招き迎え供物や歌舞を捧げて歓待・饗応し、祈願や感謝をして慰撫すること」(『日本民俗大辞典』)
・「まつり」の語源 ①不可視の神霊をマツ(待つ) ②「神に物を献ずる」→「神を祭る」
・祭りと「モウシ」 元申し・宵の申し・ヨイノムシ
・「祭り」の種類:地域(氏神)の祭り 組(小祠)の祭り 同族の祭り 家の祭り
・「祭り」から「祭礼へ」:風流化 神事+神賑わい 神に奉仕する祭り→見せる祭り・見物する祭り
・神輿渡御(神幸)の意味:氏子区域の確認・原初的思考(神の鎮座の物語を確認)
→儀礼(様式化された行動)の根本にも「原始的思考」が内在する。
・祭りの構造:①物忌・精進潔斎・籠り ②祭儀 神社祭式 神との交歓 ③祝祭 巡行
・「マツリゴト」(古代政治)=国家の長が神に奉仕して加護を求める。(政・祭一致)
Ⅲ「祈り」の歴史と民俗
1境界の石についての民俗心意―類感か象徴か?―
・人生儀礼における石
①妊娠前後 子授け石:石を魂の象徴とみる。(象徴の観念)
②出産前後 産石・産神:石を産神の神体とみる。(神の依り代の観念)
③成育の段階 産飯・七夜:石の性質が生児の健康に影響を与える。(類感<丈夫な歯>の観念)
④葬送 納棺の石:神観念も類感の観念なし。死者の体もしくは魂の象徴としての観念のみ
←民俗心意をみても、石=○○という結論は出ない。儀礼の段階で意味づけの差異がある。
←ただし、境界(川原・海岸・雨だれ落ち等)の丸石を用いるという共通性あり。
例)石手寺(松山市)・高忍日売神社(松前町)・伊予稲荷神社(伊予市)・喜多浦八幡神社(伯方町)
・上黒岩岩陰遺跡の線刻礫の解釈
①川原石を用いている。→生死の境界性を帯びた呪物と考えられる。
②女性の身体を刻む。 →産まれてくる子供(魂の象徴)ではなく、産婦の護符?(安全祈願)
③小型(数cm)であり、複数出土→「女神」として集団が据えたものではなく、個人祈願の呪物か?
2縄文・弥生祭祀遺物についての私見-「壊す」行為-
①土偶について
・土偶の製作目的:小児の玩弄物 神像 装飾品 護符 女神信仰 呪物 祭式(米田耕之助1984)
・人為的破壊説:バラバラの小片で出土。出土後に完形に復原されることは稀有
←この説は正しいのか?「壊れやすさ」や、出土時における他の土器との破壊率との比較研究の必要性。(金子昭彦2003)
・「破壊」の民俗:民俗事例では「人形」を意図的に「破壊」しない。「流す」・「祓う」が基本。
・「破壊」の事例:①出産時のカワラケ割り(『彦火火出見尊絵巻』参照)・②葬送の出棺の茶碗割り
③縁起かつぎの石仏割り・④北条の風早火事祭りでの神輿壊し
⑤道祖神祭りでの縛り上げ、神体焼き・⑥呪詛の人形に針を刺す。
←①・②の「破壊」は単なる破邪行為で、形代的要素・象徴的要素は見られない。
・「土偶」から「土版」への変化説(米田耕之助1984)
←次元の違い:「安置する」「据え置く」≠「単に持つ」「身に着ける」≠「掛ける」「懸ける」
よって「土偶」→「土版」→「分銅形土製品」への系譜関係は疑問。
②分銅形土製品について(山之内志郎2005からの私見)
・分銅形土製品の東西差:広島~高縄半島を境に東西で形状分類できる(「祈り」展パンフ2005参照)
←愛媛における民俗文化圏域との共通性が見られる。
・「破壊」か「非破壊」か? ←土偶と同様で、今後の検討課題か?
・モデルは「子供」か? ←子供を象ったものであれば出産直後から成育段階での呪物?
・両端の穴の存在:①単なる耳の造形? ②「掛ける」もの?
←「掛ける」行為:空中に位置させる=非日常的空間への「安置」もしくは「放逐」
例)絵馬・懸仏・注連縄の処理(木縛り)・骨掛け習俗・胴上げ・祭り太鼓の子供
3「形代」の概略―「祓う」・「流す」行為―
①「祭祀の時、神体の代わりとして据えるもの」
「陰陽師・神主などが禊または祈祷の時に用いる人形。禊の時、それで身体をなでて災いを移し、水に流してやる人形」(『日本国語大辞典』1973)
②「代(シロ)」について(『日本国語大辞典』)
1 かわりとなるもの 2 代金・代価 3 もとの物 4 田(シロカキ)
5 古代、大化の改新ころまでの面積の単位 令集解田長条の古記「令前租法、熟田百代、租稲三束」
←方言で、田の面積単位を代とすることあり。(網代(アジロ)も魚の収穫を表す言葉)
→シロ=「価値のあるもの」の意味。
→語源は「シルシ(標)」の約転? 領(シル)の義:領(シル):治める・統治する。領有する。
<私見>城(シロ)も、語源は同義か?
③シロの民俗語彙
・代分け:漁業における漁獲物の分配計算。
・シロミテ:田植えの仕舞いの祝い。シロ=苗プラス「充ちる」=シロミテ
・シラ:八重山諸島における稲叢(イナムラ)のこと。しろ(代)を意味するとされる。シラは富の象徴。
・火ジロ:囲炉裏のこと。山梨、長野から南島まで分布。(『定本柳田国男集』21所収「火の昔」)
・社(ヤシロ)=屋代・神の鎮座する場所・建物
・依り代・招ぎ代=神霊の依り憑くもの
→価値のある代わりの物=朝廷に収める祖=稲 →田=シロ?
→シロ=自分の価値を社会的に認知されるもの=領有=田=稲や漁獲
④「形代」の成立条件
・社会的に価値が認知されているものが素材となる。=銭・金属・紙・藁・武器・牛・馬など
・模倣的である。(類感呪術)=人形
・身につけるものである。(感染呪術)=衣装・装身具
⑤形代の処理方法
・送る・流す・焼く=前提としての領域(身体・家・村)と境界の存在(内から外へ)
・祀り上げる(ケガレからカミへ)
4「ケガレ」の観念-形代に移されるもの-
①古代の文献には「罪穢」という用語は出ない。「罪穢」は江戸時代以降の語彙。(大本1997)
②記紀・万葉・『続日本紀』に見る「穢」
「穢」いう一文字名詞は全く登場しない。
「穢」の語は「清」「浄」「明」の反意語として使用される。『日本書紀』大化3(647)年4月26日条・『万葉集』巻十1874など
「穢(キタナシ)」は孝謙(称徳)天皇の詔勅の中に瀕出し、国家、朝廷に対する「反逆心」を示す。『続日本紀』天平宝字8(764)年9月20日条など
③『日本後紀』~『日本三代実録』に見る「穢」
一文字名詞の「穢」の登場 → 穢の共通認識としての概念化
『続日本後紀』承和3(836)年9月11日条
貞観年間に、穢の具体例の頻出→穢の具体化・細分化
「人死穢」 『日本三代実録』貞観3(861)年4月17日条
「馬死穢」 『同』貞観4(862)年6月10日条
「此穢」「其穢」など明確に穢の内容を指示する記事の登場
『日本三代実録』貞観16(874)年9月10日条など
貞観年間後半以降、「染穢」「穢気」など、感染性に関する記事の登場→伝染するものとしての穢認識
『日本三代実録』貞観14(872)年2月15日条など
←8世紀半ば~9世紀に穢観念の変化が見られる。(要因)『陀羅尼集経』等の仏典受容・陰陽師の活躍
←上記の「穢」は、形代で祓うものではなく、忌み篭りで解除する。
④撫物(感染)としての人形
・初見記事:『源氏物語』の「見し人の形代ならば身にそへて恋しき瀬々のなで物にせむ」
・平安時代初期以前の文献を見ると、人形が撫物とされた記事は明確に出現しない。
←祭祀遺物では人形の出土事例は多いが「罪穢や悪気を一撫一吻によって人形に移し、
流れに投ずる」(金子1985)という「ケガレを託す祓具」として用いられたか、検討の余地がある。
→奈良時代以前の形代は、模倣呪術ではあっても、感染呪術の要素は薄い?
祈りの歴史-日本文化における呪術の系譜-(大本)
Ⅰ はじめに-考古学・民俗学の連携の可能性-
Ⅱ 「祈り」の基本概念
1「呪術」とは
・「霊的存在や呪力などの超自然的要素を用いて自然や環境に働きかけ、何らかの願い事を実現させようとする観念および行為」(『日本民俗大辞典』2000)
・呪術の分類1(フレーザー1966)
①「類感(模倣)呪術」
類は類を呼び、結果は原因に似る。
例)雨乞いにおける鉦・太鼓(雷鳴類感)・煙を焚く(雨雲類感)
②「感染(接触)呪術」
いちど接触したものは、離れたのちにも影響し続ける。
例)他人の毛髪を焼き、持ち物を破ることで相手に災厄が及ぶと感じる。
・呪術の分類2(井之口章次1975)
①宥和 ②鎮送 ③代用 ④擬態 ⑤祝福 ⑥再生 ⑦触発 ⑧感染 ⑨対抗 ⑩呪物 ⑪合力 ⑫分散
⑬連想 ⑭封殺 ⑮強請 ⑯圧服 ⑰悪態 ⑱報復
→細分類
(1)超自然的存在に対する行動(神の存在が前提:人間が神に○○する。)
宥和・鎮送・祝福・触発・対抗・封殺・強請・圧服・悪態・報復
(2)超自然的存在に対する手段(災厄の存在が前提:人間が○○して災厄から逃れる。)
模倣的(代用・擬態・連想) 感染的(感染) その他(再生・呪物・合力・分散)
・「呪術」と「宗教」
①「呪術先行説」:「呪術」と「宗教」を区別し、呪術が先行すると考える説(フレーザー)
「呪術は現象を統御しようとする意味において科学に類似しているが、それは間違った観念連合ないし因果律にもとづいており、これが誤って認識されて宗教が生まれた。(中略)呪術が霊的存在を強制し統御しようとするのに対して宗教は霊的存在に懇願する態度からなる。」(『宗教学辞典』)
②「呪術-宗教相対説」:宗教=自然の擬人化 呪術=人間の自然化(レヴィ・ストロース)
「宗教は自然法則の人間化からなるのに対して、呪術は人間の行為の自然化―人間の行為をあたかも物質的決定論の構成要素として捉える―からなると言えるが、両者は、一方のみ存在するという性質のものでもなければ、進化の段階にかかわるものでもない。」(『宗教学辞典』)
・「信仰」・「宗教」・「俗信」の相関関係(図1参照)
2「祈願」とは
・「神仏などの超自然的存在に対して、好ましい状態が実現するよう懇願すること」(『日本民俗大辞典』)
・祈願には、対象(神仏等)が必要 ← 「呪術」には明確に現れない視角
・祈願の必要条件:①主体 ②願意 ③対象 ④儀礼
←「儀礼」=「様式化された行動」(礼拝・参詣・参籠・奉納・読経・受符・苦行・禁欲など。これに「呪術」も含まれる。)
3「神(超自然的存在)」とは-認識・秩序からの逸脱と安定化-
・「何にまれ、尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物」「尊きこと善きこと、功しきことなどの優れたるのみを云に非ず、悪きもの奇しきもの」も含む。(本居宣長『古事記伝』三)
→人間の尺度で計れず、道徳や理性を越え、善神悪神、高貴も卑しきも含む。
・「恐ろしさ」「不気味さ」の要因
①分類できないものへの畏怖
例)色の分類:紫の特殊性 生物の分類:両生類の不気味さ 神の動物:この世の動物
性の分類:男女に分類できない性 身体の分類:髪の毛・唾など 村の境界・分類
②説明できないものへの畏怖(「神」の原像)
自然への畏怖:自然(山・海・太陽・月・岩)、自然現象(雷・風)、植物(木)、動物(鳥、狼)
自然を開拓するものへの畏怖:道具(自然と文化の対立)
文化(人間世界)の中での畏怖:祖霊、巫女、教祖、権力者、御霊
(参考)「妖怪」の歴史
①自然と人間の対立 古代的 自然系の妖怪 中世的 道具系の妖怪
近世的 人間系の妖怪 現代的 通信系の妖怪
②社会体系と妖怪 鬼:古代的な存在 山姥:近世以降の家制度確立との関係
4「祭り」とは
・「神霊を招き迎え供物や歌舞を捧げて歓待・饗応し、祈願や感謝をして慰撫すること」(『日本民俗大辞典』)
・「まつり」の語源 ①不可視の神霊をマツ(待つ) ②「神に物を献ずる」→「神を祭る」
・祭りと「モウシ」 元申し・宵の申し・ヨイノムシ
・「祭り」の種類:地域(氏神)の祭り 組(小祠)の祭り 同族の祭り 家の祭り
・「祭り」から「祭礼へ」:風流化 神事+神賑わい 神に奉仕する祭り→見せる祭り・見物する祭り
・神輿渡御(神幸)の意味:氏子区域の確認・原初的思考(神の鎮座の物語を確認)
→儀礼(様式化された行動)の根本にも「原始的思考」が内在する。
・祭りの構造:①物忌・精進潔斎・籠り ②祭儀 神社祭式 神との交歓 ③祝祭 巡行
・「マツリゴト」(古代政治)=国家の長が神に奉仕して加護を求める。(政・祭一致)
Ⅲ「祈り」の歴史と民俗
1境界の石についての民俗心意―類感か象徴か?―
・人生儀礼における石
①妊娠前後 子授け石:石を魂の象徴とみる。(象徴の観念)
②出産前後 産石・産神:石を産神の神体とみる。(神の依り代の観念)
③成育の段階 産飯・七夜:石の性質が生児の健康に影響を与える。(類感<丈夫な歯>の観念)
④葬送 納棺の石:神観念も類感の観念なし。死者の体もしくは魂の象徴としての観念のみ
←民俗心意をみても、石=○○という結論は出ない。儀礼の段階で意味づけの差異がある。
←ただし、境界(川原・海岸・雨だれ落ち等)の丸石を用いるという共通性あり。
例)石手寺(松山市)・高忍日売神社(松前町)・伊予稲荷神社(伊予市)・喜多浦八幡神社(伯方町)
・上黒岩岩陰遺跡の線刻礫の解釈
①川原石を用いている。→生死の境界性を帯びた呪物と考えられる。
②女性の身体を刻む。 →産まれてくる子供(魂の象徴)ではなく、産婦の護符?(安全祈願)
③小型(数cm)であり、複数出土→「女神」として集団が据えたものではなく、個人祈願の呪物か?
2縄文・弥生祭祀遺物についての私見-「壊す」行為-
①土偶について
・土偶の製作目的:小児の玩弄物 神像 装飾品 護符 女神信仰 呪物 祭式(米田耕之助1984)
・人為的破壊説:バラバラの小片で出土。出土後に完形に復原されることは稀有
←この説は正しいのか?「壊れやすさ」や、出土時における他の土器との破壊率との比較研究の必要性。(金子昭彦2003)
・「破壊」の民俗:民俗事例では「人形」を意図的に「破壊」しない。「流す」・「祓う」が基本。
・「破壊」の事例:①出産時のカワラケ割り(『彦火火出見尊絵巻』参照)・②葬送の出棺の茶碗割り
③縁起かつぎの石仏割り・④北条の風早火事祭りでの神輿壊し
⑤道祖神祭りでの縛り上げ、神体焼き・⑥呪詛の人形に針を刺す。
←①・②の「破壊」は単なる破邪行為で、形代的要素・象徴的要素は見られない。
・「土偶」から「土版」への変化説(米田耕之助1984)
←次元の違い:「安置する」「据え置く」≠「単に持つ」「身に着ける」≠「掛ける」「懸ける」
よって「土偶」→「土版」→「分銅形土製品」への系譜関係は疑問。
②分銅形土製品について(山之内志郎2005からの私見)
・分銅形土製品の東西差:広島~高縄半島を境に東西で形状分類できる(「祈り」展パンフ2005参照)
←愛媛における民俗文化圏域との共通性が見られる。
・「破壊」か「非破壊」か? ←土偶と同様で、今後の検討課題か?
・モデルは「子供」か? ←子供を象ったものであれば出産直後から成育段階での呪物?
・両端の穴の存在:①単なる耳の造形? ②「掛ける」もの?
←「掛ける」行為:空中に位置させる=非日常的空間への「安置」もしくは「放逐」
例)絵馬・懸仏・注連縄の処理(木縛り)・骨掛け習俗・胴上げ・祭り太鼓の子供
3「形代」の概略―「祓う」・「流す」行為―
①「祭祀の時、神体の代わりとして据えるもの」
「陰陽師・神主などが禊または祈祷の時に用いる人形。禊の時、それで身体をなでて災いを移し、水に流してやる人形」(『日本国語大辞典』1973)
②「代(シロ)」について(『日本国語大辞典』)
1 かわりとなるもの 2 代金・代価 3 もとの物 4 田(シロカキ)
5 古代、大化の改新ころまでの面積の単位 令集解田長条の古記「令前租法、熟田百代、租稲三束」
←方言で、田の面積単位を代とすることあり。(網代(アジロ)も魚の収穫を表す言葉)
→シロ=「価値のあるもの」の意味。
→語源は「シルシ(標)」の約転? 領(シル)の義:領(シル):治める・統治する。領有する。
<私見>城(シロ)も、語源は同義か?
③シロの民俗語彙
・代分け:漁業における漁獲物の分配計算。
・シロミテ:田植えの仕舞いの祝い。シロ=苗プラス「充ちる」=シロミテ
・シラ:八重山諸島における稲叢(イナムラ)のこと。しろ(代)を意味するとされる。シラは富の象徴。
・火ジロ:囲炉裏のこと。山梨、長野から南島まで分布。(『定本柳田国男集』21所収「火の昔」)
・社(ヤシロ)=屋代・神の鎮座する場所・建物
・依り代・招ぎ代=神霊の依り憑くもの
→価値のある代わりの物=朝廷に収める祖=稲 →田=シロ?
→シロ=自分の価値を社会的に認知されるもの=領有=田=稲や漁獲
④「形代」の成立条件
・社会的に価値が認知されているものが素材となる。=銭・金属・紙・藁・武器・牛・馬など
・模倣的である。(類感呪術)=人形
・身につけるものである。(感染呪術)=衣装・装身具
⑤形代の処理方法
・送る・流す・焼く=前提としての領域(身体・家・村)と境界の存在(内から外へ)
・祀り上げる(ケガレからカミへ)
4「ケガレ」の観念-形代に移されるもの-
①古代の文献には「罪穢」という用語は出ない。「罪穢」は江戸時代以降の語彙。(大本1997)
②記紀・万葉・『続日本紀』に見る「穢」
「穢」いう一文字名詞は全く登場しない。
「穢」の語は「清」「浄」「明」の反意語として使用される。『日本書紀』大化3(647)年4月26日条・『万葉集』巻十1874など
「穢(キタナシ)」は孝謙(称徳)天皇の詔勅の中に瀕出し、国家、朝廷に対する「反逆心」を示す。『続日本紀』天平宝字8(764)年9月20日条など
③『日本後紀』~『日本三代実録』に見る「穢」
一文字名詞の「穢」の登場 → 穢の共通認識としての概念化
『続日本後紀』承和3(836)年9月11日条
貞観年間に、穢の具体例の頻出→穢の具体化・細分化
「人死穢」 『日本三代実録』貞観3(861)年4月17日条
「馬死穢」 『同』貞観4(862)年6月10日条
「此穢」「其穢」など明確に穢の内容を指示する記事の登場
『日本三代実録』貞観16(874)年9月10日条など
貞観年間後半以降、「染穢」「穢気」など、感染性に関する記事の登場→伝染するものとしての穢認識
『日本三代実録』貞観14(872)年2月15日条など
←8世紀半ば~9世紀に穢観念の変化が見られる。(要因)『陀羅尼集経』等の仏典受容・陰陽師の活躍
←上記の「穢」は、形代で祓うものではなく、忌み篭りで解除する。
④撫物(感染)としての人形
・初見記事:『源氏物語』の「見し人の形代ならば身にそへて恋しき瀬々のなで物にせむ」
・平安時代初期以前の文献を見ると、人形が撫物とされた記事は明確に出現しない。
←祭祀遺物では人形の出土事例は多いが「罪穢や悪気を一撫一吻によって人形に移し、
流れに投ずる」(金子1985)という「ケガレを託す祓具」として用いられたか、検討の余地がある。
→奈良時代以前の形代は、模倣呪術ではあっても、感染呪術の要素は薄い?