8 さいごに―民具を継承する意義―
「民俗」というのは非常に幅広い生活文化なので、すべての世代に関わってきます。その意味で「民具」の保存と活用は、学校を核として地域住民を巻き込んだ主体的取り組みが何よりも大事であり、地域と学校をつなぐ素材として非常に有効です。
さて、民俗は、空間的な「文化の伝播」と、時間軸である「文化の伝承」この組み合わせであるとよく言われています。「伝播」で言えば、かつては「村」という一つの地域社会同士の関係であったものが、今はインターネットが広く普及して、地域や「村」を越えて一瞬にして「世界」へと情報が伝わります。同時に「世界」から一瞬にして大量の情報が流れ込んできます。このような画一化、均一化された情報により、地域性、世代性は薄れてきますが、情報伝達量は昔に比べて格段に増大しています。これに対して「伝承」について見てみると、「伝播」の伝達量が情報化社会では増大しているのに対して、「伝承」による情報伝達量は、極めて少なくなっています。その原因は世代間のつながりが弱くなっているからです。
そのため、あらゆる民俗についての「伝承」性が、非常に危惧される状態になっています。無形民俗文化財、例えば民俗芸能なども当然、継承者が少なくなっています。郷土料理も、かつての姑から嫁へという伝承の流れが、昔に比べて格段に弱くなっています。昔話でも、かつては祖父母が孫へと話し聞かせていたものが、核家族化が進んで、口頭文化の「伝承」性も細々としたものになっています。
今回の松山市の事業のような、学校による民具(有形民俗文化財)の保存と活用は、地元の住民の立場で言えば、自分たち自身で民具の価値に気づくことがまずは大切です。自分たちが通い、卒業した学校に、自分たちが暮らしてきた生活道具が整理、保存されている。これは地元住民、特に高齢者にとっては自らの足跡を学校が記録・記憶してくれていることで、大変喜ばしいことと感じるでしょう。その価値を教師、児童、生徒という学校側と、地元住民側の双方が気づくことが、地域を見直す第一歩になります。
民俗・民具というと古い伝承を守り固定するイメージでとらえることが多いのですが、そうではなく地域の特徴に自らが新たに気付き、それを学習する。つまり、民具は文化遺産であり、文化資源といえるのです。文化遺産、文化資源を核とした地域社会の再編と振興についてですが、現在、地域で伝承の場になりうるものとして学校はますます重要になってきています。家族の中での伝承といっても、今では祖父母がいろり端で孫に昔話を話してくれるという環境にはありません。そういった一つの場が伝承には必要なのですが、「場としての学校」というものを、今後、積極的に意味づけていく必要があるのではないでしょうか。
そして、民具(有形民俗文化財)は、これまで、市町村教育委員会や博物館、資料館が収集し、保管するための施設や収蔵庫を整備してきたものが、近年の市町村合併によって、施設が廃止され廃棄・焼却処分に遭うという事例も各地で見られます。生活文化である民俗と関係する民俗文化財は、直に時代の影響を受けますので、他の芸術というような文化とは性格がかなり異なり考え方も違ってきます。民具は、そのもの自体の芸術的な価値があるとかないというものでなく、人々の生活の推移の理解のため欠くことのできないものであり、重要文化財や美術工芸品とは価値の観点を異にしているのです。それは冒頭にのべたように、民俗が「世代を超えて伝えられてきた文化」であり、我々の祖先が代々培って、積み重ねてきた知恵・知識の体系であり、それを具現化したものが「民具」といえるのです。民具そのものを美術品・工芸品として市場価格で算定すれば、金額は低く設定されてしまいます。しかし、市場価格(お金)ではかることのできない価値を持つ「地域の文化財・文化資源」であることに目を向け、授業等を通して保存・活用されることで、学校を場として伝統文化・地域文化が継承されていくことを願ってやみません。
(参考文献)
『民俗資料調査収集の手びき』文化庁編、第一法規出版、1965年
『愛媛県史』民俗編上・下、愛媛県史編さん委員会編、愛媛県、1983、4年
『図録・民具入門事典』宮本馨太郎編、柏書房、1991年
『日本民俗大辞典』上・下、吉川弘文館、1999年
『文化財の生物被害防止に関する日常管理の手引』文化庁文化財保護部、2001年
『文化財害虫事典』東京文化財研究所、2001年
『文化財のための保存科学入門』京都造形芸術大学編、角川書店、2002年
『松山の文化財』、松山市教育委員会、2003年
『北条市の文化財』、北条市教育委員会、2003年