愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

昔の道具ハンドブック8

2006年05月09日 | 民俗その他

8 さいごに―民具を継承する意義―

「民俗」というのは非常に幅広い生活文化なので、すべての世代に関わってきます。その意味で「民具」の保存と活用は、学校を核として地域住民を巻き込んだ主体的取り組みが何よりも大事であり、地域と学校をつなぐ素材として非常に有効です。
さて、民俗は、空間的な「文化の伝播」と、時間軸である「文化の伝承」この組み合わせであるとよく言われています。「伝播」で言えば、かつては「村」という一つの地域社会同士の関係であったものが、今はインターネットが広く普及して、地域や「村」を越えて一瞬にして「世界」へと情報が伝わります。同時に「世界」から一瞬にして大量の情報が流れ込んできます。このような画一化、均一化された情報により、地域性、世代性は薄れてきますが、情報伝達量は昔に比べて格段に増大しています。これに対して「伝承」について見てみると、「伝播」の伝達量が情報化社会では増大しているのに対して、「伝承」による情報伝達量は、極めて少なくなっています。その原因は世代間のつながりが弱くなっているからです。
そのため、あらゆる民俗についての「伝承」性が、非常に危惧される状態になっています。無形民俗文化財、例えば民俗芸能なども当然、継承者が少なくなっています。郷土料理も、かつての姑から嫁へという伝承の流れが、昔に比べて格段に弱くなっています。昔話でも、かつては祖父母が孫へと話し聞かせていたものが、核家族化が進んで、口頭文化の「伝承」性も細々としたものになっています。
今回の松山市の事業のような、学校による民具(有形民俗文化財)の保存と活用は、地元の住民の立場で言えば、自分たち自身で民具の価値に気づくことがまずは大切です。自分たちが通い、卒業した学校に、自分たちが暮らしてきた生活道具が整理、保存されている。これは地元住民、特に高齢者にとっては自らの足跡を学校が記録・記憶してくれていることで、大変喜ばしいことと感じるでしょう。その価値を教師、児童、生徒という学校側と、地元住民側の双方が気づくことが、地域を見直す第一歩になります。
民俗・民具というと古い伝承を守り固定するイメージでとらえることが多いのですが、そうではなく地域の特徴に自らが新たに気付き、それを学習する。つまり、民具は文化遺産であり、文化資源といえるのです。文化遺産、文化資源を核とした地域社会の再編と振興についてですが、現在、地域で伝承の場になりうるものとして学校はますます重要になってきています。家族の中での伝承といっても、今では祖父母がいろり端で孫に昔話を話してくれるという環境にはありません。そういった一つの場が伝承には必要なのですが、「場としての学校」というものを、今後、積極的に意味づけていく必要があるのではないでしょうか。
そして、民具(有形民俗文化財)は、これまで、市町村教育委員会や博物館、資料館が収集し、保管するための施設や収蔵庫を整備してきたものが、近年の市町村合併によって、施設が廃止され廃棄・焼却処分に遭うという事例も各地で見られます。生活文化である民俗と関係する民俗文化財は、直に時代の影響を受けますので、他の芸術というような文化とは性格がかなり異なり考え方も違ってきます。民具は、そのもの自体の芸術的な価値があるとかないというものでなく、人々の生活の推移の理解のため欠くことのできないものであり、重要文化財や美術工芸品とは価値の観点を異にしているのです。それは冒頭にのべたように、民俗が「世代を超えて伝えられてきた文化」であり、我々の祖先が代々培って、積み重ねてきた知恵・知識の体系であり、それを具現化したものが「民具」といえるのです。民具そのものを美術品・工芸品として市場価格で算定すれば、金額は低く設定されてしまいます。しかし、市場価格(お金)ではかることのできない価値を持つ「地域の文化財・文化資源」であることに目を向け、授業等を通して保存・活用されることで、学校を場として伝統文化・地域文化が継承されていくことを願ってやみません。

(参考文献)
『民俗資料調査収集の手びき』文化庁編、第一法規出版、1965年
『愛媛県史』民俗編上・下、愛媛県史編さん委員会編、愛媛県、1983、4年
『図録・民具入門事典』宮本馨太郎編、柏書房、1991年
『日本民俗大辞典』上・下、吉川弘文館、1999年
『文化財の生物被害防止に関する日常管理の手引』文化庁文化財保護部、2001年
『文化財害虫事典』東京文化財研究所、2001年
『文化財のための保存科学入門』京都造形芸術大学編、角川書店、2002年
『松山の文化財』、松山市教育委員会、2003年
『北条市の文化財』、北条市教育委員会、2003年

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昔の道具ハンドブック7

2006年05月07日 | 民俗その他

7 民具保存にあたっての注意点

次に、民具の保存方法についてです。学校で民具を収集時の状態ですが、すでにその民具は生活用具としての機能を果たし終えたものが多く、不要品として戸外や屋根裏等に置かれ、損傷、塵埃、汚れ、染み、錆びの著しいものが多いといえます。今回の松山市教育委員会の民具等有形民俗文化財調査活用事業では、しっかりと清掃を行った上で管理・保管ができる状態に整理されていますが、今後、各学校において民具を新規に受け入れたり、現状で状態の良くない資料を保存するには、虫菌、塵埃、汚れ、染み、錆びなどを除去する必要があります。
保存方法については、学校での教育活動で有効に活用するための保存を前提に考えなければいけません。今後、長い期間に亘って活用していくためには、まず民具の劣化要因を取り除き、絶えず保存環境の良好の状態で収蔵することが求められます。
収集した民具は、まず第一には清掃が必要です。作業の流れとしては、洗浄・錆び落とし→からふき→乾燥という作業を行います。注意点としては、民具の素材・構成材料が、単一素材か複合素材かを確認して、各材質に適した清掃を行うことが大切です。金属製品については、乾いたブラシなどで汚れ、塵埃を除去し、紙ヤスリなどで錆びを除去します。木製品については、軽く濡らしたブラシ、硬くしぼった雑巾などで汚れ、塵埃を除去します。藁製品の場合は軟弱なものが多いため、ハタキなどで塵埃を除去する程度で、道具が破損しないよう、気をつけます。なお、洗浄による清掃は、資料の材質の損傷程度を考えて、硬柔のブラシを使い分けたり、また清掃部分に応じ、大小のブラシを使い分けると効率よくできます。
ただし、道具に「情報」(使用した痕、墨で記された年号や購入者の名前など)がある場合には、特に慎重に清掃を行って、その情報が消さないことが必要です。
保管場所ですが、理想的には温室度管理ができる収蔵庫がよいのですが、必ずしもそのような場所を確保できるわけではありません。温室度管理可能な場所が確保できない場合、次の点を考慮した保存・活用がのぞまれます。
直接、土間やコンクリートの床の上は避けます。理由は塵埃がたまりやすく、湿度が高いこと、また、急激な温湿度変化による結露で、濡れてしまう可能性があります。そのため、木製の棚の中に収納するのが理想です。
つぎに、自然光がそのまま窓を透かして入ってくる場合には、照射日光を防ぐ必要があります。日光が照射する状態で保管していると、乾燥による形状劣化だけでなく、変色してしまう恐れがあります。朝夕の時間帯には部屋の奥まで日光が照射しますが、民具を保管する部屋には濃いめのカーテンを取りつけるなど、光の対策が必要です。
なお、民具の保管場所の環境は、温度は20度前後が理想ですが、学校施設において年間を通じての温度管理は困難なため、現状で可能な温度対策は、急激な温度変化をもたらさないことです。保存場所の窓の開放による室内の急激な温度は結露を発生させる原因となり、民具の保管場所に水滴を残し、虫菌類発生の要因となったり、資料の形状変化をもたらす一因になりかねません。急激な温度変化のないよう、扉や窓の開閉については気を遣う必要があります。
湿度に関しては、木製品の場合、湿度60%前後が理想です。湿度70%を超えると、特に4月から10月にかけてはカビ・菌類が繁殖しやすい環境になり、虫菌害による劣化の恐れがあります。
また、保管場所への児童・生徒の出入りについて注意すべき点は、靴やシューズについた土、衣服から出るホコリ、髪や皮膚などの脂質、これらは虫や菌、微生物の格好の栄養源となりうるものです。これらを完全に防除・排除することは管理上困難ですが、保管場所を定期的に清掃することが重要になってきます。
このように、保管している民具については、定期的に観察・点検を怠ることなく、埃や汚れはないか、傷んではいないか、錆は発生していないか、害虫に食べられていないか、カビは発生していないか、保管場所の環境は適切かなど、定期点検、それによる早期発見、早期対処が必要です。
日本人は伝統的に宝物(文化財)を保護するために、定期的に「目通し」・「風通し」を行ってきました。学校現場における「目通し」・「風通し」は、授業等での活用が最適です。活用することが保存にもつながる。これが学校における民具の長期保存の理想だと思われます。
万が一、保管している民具に虫菌類が生息していることが発見された場合には、直ちにその民具を他の場所に隔離してください。そうしないと、他民具にも移動・繁殖し、多くの資料が被害に遭う可能性があります。虫菌害に遭った民具はポリエチレン袋などに入れ、他の民具から隔離し、数日間、観察します。殺虫・殺菌の対策を講じる必要がありますが、観察の期間や対策の方法については、文化財の材質・新旧・季節等により異なりますので、教育委員会や博物館・資料館に相談してください。
市販の殺虫剤では、例えば木製民具の内部に侵入・生息している害虫は死滅せず、また、産卵期ですと、成虫は死滅しても卵は死滅しない場合が多く、表面的に対策を講じたつもりでも、数週間後には卵が孵化して、再度、虫害が発生することとなります。虫菌害の発生時期は4月中旬から10月下旬にかけてであり、一例でいえば、5月下旬から7月上旬に一度、9月から10月下旬に一度の年2回、保管場所を市販の噴霧状の殺虫剤で防除対策を講じると安価で済ませることができます。ただし、この対策を講じても、害虫の卵やカビ・菌類には効果が薄いため、日常の定期点検は必要です。
なお、民具に振動や衝撃を与えると、当然、破損の要因となります。民具の保管場所では児童・生徒が日常的に教員の管理外で手にしたり、遊んだりすることができる状況は避けるべきでしょう。学校においては、民具は教材・教具と同じ取り扱いをすることが望まれます。空き教室などで展示している場合には、安易に児童・生徒が手に触れないための注意書きや、パーテーションの設置も対策の一つです。安易に取り扱ったり、無造作に触ることは民具の資料破壊の要因になりかねません。
振動・衝撃については、災害とくに地震による転倒防止の対策を講じておくことも大切です。ガラス製品の含まれたランプや、落下すると割れやすい食膳具などは、地震が来たとしても落下しないような配置が必要で、棚に配架する場合でも、安定性の高い位置に置いたり、落下防止のため、ビニール紐で民具を棚に固定したりするなど、考慮することも大切です。
そして、盗難や、民具自体を不要と判断して廃棄・焼却する人的被害にも注意する必要があります。破損が激しく、保存・活用の可能性が少ないと判断できる資料も出てくるかと思います。その場合は、修理が可能なのか、破損していても教育上、活用できる可能性があるのかを吟味して、保存・廃棄の判断をする必要があります。保管している民具自体を管理しきれず、廃棄・焼却しようとする場合には、教育委員会や民俗・民具の専門家と協議の上、残すべきもの、廃棄するものの判断をすることが望まれます。
なお、保存環境の整備に苦慮したり、虫菌害によって資料劣化が発見された場合には、博物館、資料館もしくは教育委員会に相談するとよいでしょう。
以上、まとめると保存上、注意すべき因子は以下の事項になります。
1.光  2.温度  3.湿度  4.虫菌害  
5.振動・衝撃  6.火災・地震 7.盗難・人的被害

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昔の道具ハンドブック6

2006年05月07日 | 民俗その他

6 活用の方法-高齢者・地域との交流の素材-

現在、高齢者介護の現場で「回想法」が盛んになってきています。人は何かをきっかけとして過去の出来事を思い出し、懐かしむことがあります。昔懐かしい生活道具を用いて、かつて経験したことを語ったり、思いを巡らすことで生き生きとした自分を取り戻そうとするものです。
高齢者の回想をうながす手段として、近年、民俗・民具が取り入れられた取り組みが増えて来ています。イメージをふくらませて、より豊かな回想・記憶を引き出すために、さまざまな道具が使われ、そこでは民具が中心的な役割を果たしているのです。つまり、民具には、世代を越えて伝えられた文化(知恵・知識)がそこに込められており、それを高齢者が、懐かしさをもって、再び手にすることで、過去の記憶を引き出そうとすることができるのです。
民具は、日常生活の必要性から製作・使用されてきた伝統的な道具です。言ってみれば「生きるため」に編み出され、使われた道具です。同じ地域社会で育った者であれば、誰もが一応の共通理解を示すものでもあります。農作業や家事労働、子どもの遊びなど、共通したことがたくさんあります。民具を使用してきた高齢者に実際に民具を介在させながら、教師、児童、生徒がお話をうかがうことは、児童、生徒の教材にもなり、高齢者にとっても一種の介護予防にもなりうるのです。
このように、高齢者、教師・保護者、そして児童・生徒の三世代をつなぐ素材として民具は極めて有効であり、同時に地域と学校の絆を強くすることのできる文化財といえるでしょう。
そこで、児童・生徒が調べ学習の一環として、民具について高齢者に対して、新たに聞き取りする場合、どのような質問項目を設定・指導するべきか、その一例を、ここで簡単に列挙しておきます。

1 名称について
 ①この道具の名前は地元では何と呼んでいますか。(地方名)
 ②他にも別名がありますか。(標準名)
 ③この道具のそれぞれの部分名称はありますか。
*民具の保存・活用には、まずその民具の呼び名を聞き取ることが必要です。その物を地元では何と呼んでいるのか、土地土地の方言で異なっている場合が多いので、地方名を採録します。

2 使用・使用地
 ①この道具はどこで使われていましたか。(町・字名まで聞く。)
 ②この道具は主にどんな人が使用しましたか。(使用者の性別・年齢・職業)
 ③この道具はいつ頃使われていたものですか。(「昭和10年代」など約10年単位で特定する。)
 ④この道具は、どのように使うのですか。
 ⑤この道具は、どんな場合、時季に用いますか。
 ⑤この道具はいつ頃使われなくなりましたか。
 ⑥この道具はなぜ使われなくなったのですか。(現在の代用品への変遷)

3 製作・製作地
 ①この道具は自製品ですか、販売品ですか。
 ②販売品とすれば、どこから購入したのですか。また代価はいくらでしたか。
 ③自製品とすれば、誰がどこで作ったものですか。
 ④この道具を自製するのに時間はどれくらいかかりますか。
 ⑤製作にはどんな道具を使用しますか。
 ⑥この道具の材料は何ですか。(木材であれば、その種類まで聞く。)
 ⑦その材料はどこから手に入れますか。

4 その他
 ①この道具の使用地域はどのように広がっていますか。(地元校区周辺のみか松山全体かなどの分布を聞く。)
 ②この道具がいつ頃から用いられはじめたか、どこから伝えられたかなど、由来はありますか。
 ③この道具にまつわる俗信や伝説はありませんか。

児童・生徒が、上記の事項を高齢者から聞き取りをした後、実際に児童・生徒に民具の寸法の測定や、写真撮影を行ってもらい、聞き取り内容や本書の記載内容とをあわせ、カード化もしくはパソコン入力するなど、その民具に関する情報を一元化するのが理想です。この情報はカード化してファイルに綴じ、民具とともに永年保存しておくと次世代になっても活用が可能になりますし、学校での教員の人事移動があったとしても、引継ぎが容易になります。
 なお、民具の活用については、民具を実際に使用した経験のある高齢者を招いて授業で活用する方法もあれば、愛媛県歴史文化博物館など、博物館・資料館の学芸員による出前授業を行っている施設もあり、学校が所蔵・保管している民具を用いた授業や、学校では保管していない民具についても、博物館・資料館から持参して授業に活用できる取り組みが盛んになってきています。教員と児童・生徒との間だけではなく、地元の高齢者や博物館学芸員の助言を取り入れながら授業計画を練ることも、民具の有効活用の一つの方策といえます。

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昔の道具ハンドブック5

2006年05月06日 | 民俗その他

5 活用しやすい民具とテーマ

第二次世界大戦後、わが国の復興にともない、エネルギー革命と機械化、大量生産、大量消費の時代の到来により、生活も生業も大変革を遂げてしまいました。薪や炭の時代から電気、ガスを中心とする燃料の変換は、人々の生活様式を一変させるなど、従来の民俗文化財の生産は維持できなくなり、次第に忘れ去られる存在になっていったのです。自分もしくは地域で生産する道具から、購入・消費する道具への変化です。
民具を活用しての体験活動は、「生産」する力=「生きる」「産みだす」力を児童・生徒に考えてもらう良い機会です。ここでは、体験活動として比較的活用のしやすい民具を列挙しておきます。

衣類着用(仕事着・遍路衣装)・機織り・草履・ひき臼・杵(もちつき)
火おこし(火打石)・和蝋燭・あんどん・火鉢・コタツ・からさお・唐箕
千歯・糸車・縄綯い機・俵編み・運搬具(オイコ・天秤棒)・秤・斗枡
注連飾り・そろばん・遊び道具

なお、学校教育においては、次のテーマ・視点を取り上げるために「民具」が活用できると思います。

(地理学習)「身近な地域」(「郷土」)、「地理的見方・考え方」、「自然地理学習」(地域からの視点での人間と自然・社会環境との関係)、「地誌学習」、「産業学習」、「生活・文化学習」、「町づくり学習」、「野外観察・調査」、「風景・景観」

(歴史学習)「時代区分」、「倒叙法」、「近現代史教育」、「戦後史学習」(対話可能な過去)、「文化圏学習」(地域的文化圏・世界的文化圏、犂など農具の世界的共通性)「生活文化(民俗)」、「度量衡」(計測・計量具)

(公民学習)「価値教育」、「消費」(循環・生産)

(理科学習)素材(民具の木材・鉄製品利用)、構造理解(唐箕の構造:風力、からさお:力の伝達、灯り:光と熱など、手箕や編笠:機能性・フイゴ:風力の起こり方など)、牛馬との生活

(国語学習)民具の名称(名称の由来調べ:からさお・唐箕など)、民具の名称(方言調べ)

また、民俗文化財を考えるとき、その起源・根源をいつの時代に求めるかという問題がありますが、弥生時代や古墳時代など原始・古代の遺跡から発掘される考古資料のうち、農具に関して言えば基本的な構造に変わりがない側面もあります。松山市内では松山市考古館・松山市埋蔵文化財センターにより、発掘された様々な道具が展示・公開されていますが、それらと民俗文化財を比べてみることで、日本人の暮らしが、時代を超えて伝えられている側面と、時代によって変化してきた歴史的側面を学ぶことができます。

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昔の道具ハンドブック4

2006年05月05日 | 民俗その他

4 松山市内の指定有形民俗文化財

松山市内には、次のような指定文化財があります。ここでは、資料の概要とともに、これを活用する視点や調べ学習での取り上げ方についても簡略に記述しておきます。
<県指定有形民俗文化財>
①伊予源之丞人形頭・衣裳道具 松山市古三津町 伊予源之丞保存会所蔵
 愛媛県内では現在五ヶ所のみで伝承されている文楽(人形浄瑠璃)に関する道具。79点の人形頭があり、阿波(徳島県)の名工天狗屋久吉(天狗久)の作も多く、また、ビロードや金襴などで装飾された衣裳が約30点保存されています。明治時代以降、盛んになった人形芝居ですが、工芸的な価値とともに、人々がどのように芝居を楽しんでいたのか、そして人形芝居の盛んな阿波(徳島県)や淡路(兵庫県)との文化的交流を調べる上で貴重な資料です。
②伊佐爾波神社算額 松山市桜谷町 伊佐爾波神社
日本独自の数学である和算の問題・図・回答を記した額を神社に奉納したものです。享和3(1803)年のものを最古として、江戸時代後期から明治時代初期のものが多数保存されています。和算(数学)の難問が解けたことへの感謝や、今後の算術の上達を祈願して神社の建物に掲げました。22面の算額が一ヶ所にまとまって残っていることは全国的にも珍しく、江戸時代の松山の人々の教養の高さを調べる上で貴重な資料です。また、神社には絵馬(馬や武者を描いた額)や俳額(和歌・俳諧を記した額)なども奉納され掲げられています。今で言えば算額は算数・数学、絵馬は図画、俳額は国語の教養・知識を結集したものといえます。神社には昔の庶民の教養を知る素材が多く残っているといえます。
<市指定有形民俗文化財>
③太山寺の納札 松山市太山寺町 太山寺所蔵
四国八十八ヵ所を巡るお遍路さんが札所を巡拝するときに、住所、氏名、年月日等を記して札所に納めた板札。「承応」や「明暦」など江戸時代初期の年号が記され、また「七ヶ所遍路」とも墨書され、松山近郊の七ヶ所の札所を巡ったお遍路さんが使用したものです。江戸時代中期以前の四国遍路に関する資料は数少なく、四国遍路の歴史を調べる上で貴重な資料です。
④地蔵尊 松山市小坂2丁目 多聞院所蔵
南北朝時代の文中3(1374)年の銘がある石造の地蔵菩薩坐像で、安山岩で造られています。年号の刻まれている石造の地蔵尊の中では、松山市内では最も古いものです。江戸時代以降に建てられた石造の地蔵菩薩像と比較すると使われた石材や、像の刻まれ方が異なっています。地蔵に対する庶民の信仰や、石仏自体の歴史的変遷を調べる上で貴重な資料といえます。
⑤円明寺銅版納札 松山市和気町1丁目 円明寺
四国八十八ヵ所を巡るお遍路さんが札所を巡拝するときに、住所、氏名、年月日等を記して札所に納めた銅板です。現在の納札は紙が一般的ですが、太山寺納札やこの円明寺納札のように、江戸時代には木や銅板が使われていました。遍路文化の歴史の変遷を調べる上で貴重な資料です。この円明寺納札は江戸時代初期の慶安3(1650)年のもので、奉納者は伊勢国(三重県)三宅郡出身の平人家次で、西国巡礼や坂東・秩父巡礼など全国をめぐった後、四国遍路の旅に出た人物です。納札には今でも奉納者(巡礼者)の住所、年月日が記されており、納札の情報からは、いつ、どこから遍路がやって来たのか調べることができます。
⑥太山寺算額 松山市太山寺町 太山寺所蔵
太山寺の算額は、嘉永5(1852) 年に、花山金次郎の算題を松山城下の茶屋何某が施主方となって奉納したものです。出題者の花山金次郎直孝については不明ですが、この2年前には伊佐爾波神社にも同形式の問題を掲げています。また、施主の茶屋何某についても、算額の奉掲とほぼ同時期に施工された寺の山門入り口の石段寄進者として名を連ねています。
⑦三島神社算額 松山市吉藤1丁目 三島神社所蔵
明治13(1880)年に、和気郡吉藤村の旧庄屋・松岡多三郎が氏神である三島神社に奉納したものです。三島神社の算額の特徴は、算題と勉学成就の祈願をあわせたところにあり、画面右側に算盤の教授風景のような絵が描かれ、左に算題が掲げられています。太山寺算額とともに、その奉納者がいずれも関流の山崎喜右衛門昌龍の門弟で、伊佐爾波神社に一門で奉掲したのち、それぞれ独自に奉納されたものです。したがって、松山地方における和算の系譜などを考えるうえからも、重要な資料といえます。
なお、有形民俗文化財ではなく、絵画としての市指定文化財ですが、「船の絵馬」は民俗文化財として価値も高いため、ここで紹介しておきます。
⑧船の絵馬  松山市粟井 桑名神社
桑名神社には40数枚の船を描いた絵馬が保存されています。桑名神社の船の絵馬は江戸時代後期の絵馬が主で、大阪・兵庫・備後・安芸・土佐・豊後などの問屋から奉納されたものが数多くあります。この船の絵馬は、中島諸島における海運・流通の往時を偲ぶばかりでなく、瀬戸内海の交通・交易研究にも欠かせない資料といえます。
参考までに、松山市内で指定されている無形民俗文化財も列挙しておきます。詳細については、松山市のホームページ内にある「松山の文化財」をご参照ください。
<県指定無形民俗文化財>
⑧興居島の船踊り  松山市由良町  小冨士文化保存会
⑨伊予源之丞    松山市古三津  伊予源之丞保存会
⑩福見川の提婆踊り 松山市福見川町 提婆踊り保存会
⑪鹿島の櫂練り   松山市北条辻  鹿島櫂練り保存会
<市指定無形民俗文化財>
⑫一体走り     松山市勝岡町  勝岡八幡神社
⑬伊予万歳(下難波アヤメ会) 松山市下難波 下難波アヤメ会
⑭伊予万歳(北条双葉会)   松山市河野別府 双葉会
⑮萩原の盆踊り   松山市萩原 萩原盆踊り保存会
⑯やっこ振り    松山市宇和間 天満神社
⑰上怒和の獅子舞  松山市上怒和 天満神社
⑱船踊       松山市二神  宇佐八幡神社
⑲道具踊り     松山市小浜  小浜地区
⑳おみどり神事   松山市中島諸島各集落 中島各諸島集落

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昔の道具ハンドブック3

2006年05月04日 | 民俗その他

3 愛媛の民具

 愛媛県内では、国の重要有形民俗文化財が1件だけ指定されています。それは内子町が保管している「内子及び周辺地域の製蝋用具」です。これは、和蝋燭作りにおけるハゼの実の収穫から加工工程の蝋搾りや蝋晒し、蝋燭作り、さらにはこれらの仕事に携わった職人たちの衣、食、住用具、商売繁盛を願った信仰用具、流通交易に関する文書など、12分類1444点が、製蝋の一括資料として指定されています。民具を1点1点別のモノとして扱うのではなく、どのような分野で用いられたのか、体系化・コレクション化して収集、保存、活用すれば文化財としての価値が増してくる良い事例といえます。
さて、ここでは、本書に掲載されている民具を概観して、松山市内の学校では収蔵されていないものの、注目しておくべき民具、もしくは学習・活用のために今後、新規に体系的な収集が比較的容易な民具について紹介しておきます。
松山市内の学校所蔵民具では、衣生活に関するもののうち、履物については充実していますが、実際に着用していた衣類に関するものは少ないようです。衣類とくに仕事着は、仕事の作業効率を考えて、身丈や袖の長さが工夫されており、しかも自家製である場合が多く、民具の中でも基本資料といえるものです。日常着にしても、洋服以前の和装については、現在でも収集が比較的容易であり、衣類は、歴史的分野や家庭科、総合的な学習の時間など様々な教科でも活用可能な民具です。参考までに、愛媛県内で注目される衣類に関する民具として「伊予絣」、「佐田岬半島の裂織り」を挙げておきます。
 「伊予絣」は、江戸時代後期に、垣生村今出の鍵谷カナによって創始された織物です。明治時代から全国に販路を伸ばし、松山周辺地域の主要産業の一つでした。伊予絣の生産には、機元が織機を所有していて、労働力の安い農漁村に貸し出して、賃織りさせる「出し機」という経営形態がありました。出し機は旧松山市内だけではなく、旧中島町や旧北条市にも及び、各地で婦女子が伊予絣を織っていたのです。伊予絣に関する民具は、久万ノ台にある伊予かすり会館にて保存・展示されていますが、松山市内であれば各学校の校区内にも必ず織子がいて、地元で伊予絣を織っていました。しかし、市内の学校所蔵の民具を見渡してみると、伊予絣に関するものは、垣生周辺を除くとごく僅かです。松山市内の学校での民具の活用実践の上では伊予絣は利用しやすい教育素材であり、新たに地元から収集することも視野に入れることも必要かと思います。伊予絣は、織物の基礎を学んだり、生産・販売の盛衰の歴史、販路から見た流通など様々なテーマで活用可能な民具といえます。
 「佐田岬半島の裂織り」についてですが、裂織りとは、たて糸に麻、木綿などの丈夫な糸を用い、よこ糸に細く裂いた古い木綿布を再利用(リサイクル)した織物のことです。地元での名称は「ツヅレ」「オリコ」と呼ばれ、この裂織りの分布は東北地方や佐渡、丹後地方などの日本海側に見られるもので、県内では佐田岬半島に数多く残っています。佐田岬半島では、裂織りの仕事着や帯が昭和四十年代まで使用されていましたが、現在、伝統的なリサイクルの知恵を体現する民具として注目されています。この裂織りは、愛媛県歴史文化博物館や、町見郷土館(伊方町)に多く収蔵されており、着用体験や出前授業での活用が可能です。
 次に、住生活に関する民具では、こたつや火鉢などの暖房具は各学校で保管している場合が多いようですが、照明具については充分ではない印象があります。電灯が普及する以前の火打石道具や行灯、ローソク、燭台、提灯、ランプなどについては完形で保管されているものが少ないのですが、これらは今では当たり前の電気のある生活以前の「灯りの変遷」を学んだり、熱と光を得る「火の効用」を考えたりする格好の民具です。
 生業に関していえば、農作業に関わる民具は数多く保管されています。耕作、除草、収穫、調整のそれぞれの流れがわかり、比較的活用しやすく、また、この種の民具は使用経験者も多く、地元からの聞き取りも容易です。ところが、漁撈に関する民具は海岸部の学校でもほとんど保管されていません。農家は農具を家で長期間保管するのに比べ、漁撈具はもともと漁師の家でも保管期間が短いという理由もありますが、漁具の収集や保管も今後の課題の一つです。漁具には、漁船の船内用具、釣漁具、網漁具、雑漁具などがありますが、海と人間、魚と人間といった海岸部での生活文化を考える上では必要な民具です。
 また、畜産に関していえば、昭和2~30年代に動力が導入される以前、農作業は牛馬を使うことが多く、牛馬と人々の生活は深く関わっていました。牛もしくは馬に関する民具は、鼻木や牛の草鞋以外は少ないのですが、本書の分類のうち農耕に関するものに、犂や馬鍬など牛馬を使いながら使用する民具があります。
 次に社会生活に関するものとして、消防などの防災用具が少ないようです。消防は自治的共同生活の根幹をなすもので、共同保管される場合が多く、消防団の詰所には現在でも戦前の消防道具がそのまま保管されている場合があります。腕用ポンプや消防団の半纏など、地域の防災の変遷を知る上で活用のできる民具です。学校で収集しなくても、消防団の協力で見学するという方法もあります。
 次に、信仰についてですが、愛媛には四国遍路、石鎚信仰、金毘羅信仰など、全国的に見ても地域的特徴の色濃い信仰文化があります。しかし、学校収蔵民具の中にはこれらに該当するものは少なく、民間信仰全般についても資料が少ないようです。人々の祈願・信仰を知るというテーマも設定できますが、信仰は「旅」とも結びつく要素があり、昔の庶民がどのような「旅」をしていたのか知ることができます。四国遍路でいえば、松山周辺はお遍路さんを受け入れる立場にもあり、遍路関係の民具、例えば納札や納経帳からは、人々の「旅」・「移動」・「交流」を考える材料にもなります。
 また、年中行事や民俗芸能など地域行事の道具も収蔵民具は少なく、これらは地元の保存会等で所有している場合が多く、学校で収集するのは難しい分野のものです。ただし、民俗芸能についていえば、総合的な学習の時間において、地元の伝統芸能を学習するため、保存会に依頼して体験するという実践事例が県内でも数多くなってきています。そのため、今後は、学校において、保存会では既に使用しなくなっている民俗芸能の用具類があれば、それを学校で収蔵し、体験活用することも考慮に入れる時期になっているのかもしれません。松山市内では特に獅子舞が各所で行われており、現在使われている道具が新調される以前の道具の調査を学校主体で行うことも授業での取り組みとして可能かと思います。

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昔の道具ハンドブック2

2006年05月03日 | 民俗その他

2 民俗文化圏で見た松山市

愛媛県内各地の「民俗」を見渡してみると、地域によりその様相が著しく異なるという特徴があります。一般に愛媛県は、平成の大合併以前の市町村区分でいえば、越智郡、今治市、周桑郡以東の「東予」と、松山市周辺と上浮穴郡の「中予」、喜多郡以南の「南予」の三地域に区分されますが、「民俗」のうち、例えば「祭礼」についておおまかに見ると、「東予」は、西条ダンジリや新居浜太鼓台に代表される大型の山車が祭礼の主役であり、「中予」では山車が登場することは稀で、神輿の鉢合わせや獅子舞が祭礼の主役となっています。そして「南予」では、牛鬼、四ツ太鼓、鹿踊をはじめとする様々な練物が登場するという相違があります。
ただし、この東予、中予、南予の三地域区分は、一般的な地域区分です。「民俗」から見た地域区分となると、若干の差異はあるものの、この三地域を基本として、さらに細かく区分することができ、『愛媛県史民俗編』において、愛媛県の総合民俗地域区分として提示されています。(地図掲載:愛媛県史民俗編参照)行政上、松山市は「中予」に位置づけられますが、「民俗」から見た中予文化圏というものは、一般的に使用される「中予地方」の範囲よりは狭く、道後平野部分に限定される区域となっています。そして旧北条市は、東予文化圏に入り、いわゆるもと北温と呼ばれていた松山市北部付近では、東予的な民俗と中予的な民俗が交錯しています。
 旧中島町(忽那諸島)も「民俗」の上では東予文化圏に入ります。例えば宇和間地区には秋祭りの中に奴行列が伝承されていますが、これは越智郡島嶼部から今治市、旧周桑郡付近の各地に分布していて、また、祭りを取り仕切る制度である頭屋祭祀が越智郡島嶼部に見られますが、それが中島二神にまで及んでいます。
このように、松山市は、北条市・中島町合併後の平成17年現在、市域がすべて同一の民俗文化圏に属しているのではなく、「中予文化圏」を基礎として「東予文化圏」も入り込んでいるのです。

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昔の道具ハンドブック1

2006年05月02日 | 民俗その他
※本稿は、『昔日の風』(松山市教育委員会、2006年3月発行)に掲載した拙稿「愛媛の民具-有形民俗文化財の保存と活用-」である。
 

1 民具はなぜ「文化財」なのか

民俗文化財は、文化財保護法では「衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習、民俗芸能およびこれらに用いられる衣服、器具、家屋その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のために欠くことのできないもの」と定められています。また「我が国の国民が日常の生活、生業、行事等の場で、長い歴史を経て育み伝えてきた有形無形の文化的遺産であり、庶民の身近な生きた文化遺産である」(文化庁『民俗文化財の手びき』より)とも定義づけられています。
そもそも「民俗」とは普段は聞き慣れない言葉ですが、一言で説明すると「世代を越えて伝承されてきた文化」のことです。自分の親、自分の祖父母、そして曾祖父母、先祖以来、伝えられてきた人々の知恵・知識の体系といえます。
さて、民俗文化財は「無形民俗文化財」と「有形民俗文化財」の2種類に大きくわけられます。「無形民俗文化財」は、祭りや年中行事、人生儀礼(冠婚葬祭)、昔話・伝説といった口頭伝承など、行事や伝承そのものに形があるわけではなく、慣習として行われているものです。そして「有形民俗文化財」は、衣食住や生業、信仰、年中行事などの民俗で用いられてきた道具のことで、一般的に「民具」とも称されています。その民具は日本人が「日常生活の必要から技術的に作り出した身辺卑近の道具」(渋澤敬三『民具蒐集調査要目』)で、容易に入手できる身近な素材を材料として、伝統的技法によって製作されたものと定義されています。
民具は生活を維持、促進させるために技術的に作られたものであって、現在の高度消費社会、つまり「ものづくり」(生産)が身近に見えないままに、「もの」を消費していく今の時代とは対照的な歴史的・文化的遺産ともいえます。ただし、民具はすでに過去の「もの」になっているわけではありません。高齢者の中には、それを使用していた人、もしくはそれを使用していたところを見ていた人がたくさんいます。今の時代において完全に「過去の遺物」になっているわけではありません。先に民俗とは「世代を越えて伝承された文化」と述べましたが、高度経済成長期以降は「民俗」が伝承される機会が減ってしまったのです。たとえ児童・生徒が民具を日常的に使わなくても、民具に込められた知恵・知識(文化)を学ぶ環境を整え、機会を与えることは、大人の責務ともいえます。現在は、民具の消滅の危機の時代ともいえますが、実際には、民具に込められた知恵・知識(文化)の消滅の危機なのです。この知恵・知識は、道具を実際に用いる体験を通して伝えられるものであり、文字や書籍によって記録されて教えられるものではありません。今の大人が民具の知恵・知識を伝える環境を整えなければ、何世代にわたって継続してきた知恵・知識の伝承が「無」になってしまうのです。民具を保存・活用していく意義はここにあり、だからこそ時代性と地域性を理解するための「文化財」と位置付けられているのです。

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