読書感想131 アフガニスタンの風
著者 ドリス・レッシング
略歴 1919年に父親の任地イランで生まれ、家族とともに南ローデシアに移住、1949年からロンドンに居住。現代イギリスを代表する作家。
出版年 1987年
邦訳出版年 1988年
邦訳出版社 (株)晶文社
訳者 加地永都子
感想
本書はソ連がアフガニスタンに侵攻していた時期、パキス
タンに居住していたアフガニスタン難民や抵抗運動の指導
者を取材したルポルタージュである。しかしルポルタージュ
と断言しにくいほど文学的な香りが漂ってくる。アフガニス
タンの戦争の物語に入る前に、トロイア戦争を体験した二人
の女性、カッサンドラーとヘレネのことが語られて行く。ト
ロイの木馬の中の戦士を導きいれたヘレネ、正しい予言を受
け入れてもらえなかったカッサンドラー、そして木馬の中の
戦士の存在に決して目を向けようとしなかったトロイの
人々のこと。アフガニスタンの戦争のメタファー(隠喩)と
して語られている。それがとても面白く引き込まれる筆致だ。
ソ連軍と戦っているムジャヒディン(自由の戦士)の指導
者とのインタビューは興味深い。進歩派イスラムで軍事クー
デター以前のアフガニスタンの回復を目指している人物だ。
イスラムは、アフガン民族主義と深いつながりがあるし、ス
ンニ派もシーア派も互いに協力していて他のイスラム諸国
のように分裂していない。ソ連侵攻以前のアフガニスタンは、
決して狂信的な国ではなかった。狂信的なグループは力がな
かったと語る。さらにソ連が女性解放をしたと主張している
ことに対して、「ソ連侵攻以前だって女性は自由になりつつ
あった。自分が望めばベールをかぶることができたし、そう
する女たちもいた。さもなければジーンズとセーターでもよ
かった。農村部の女たちはほとんどベールをつけていなかっ
たし、北の方にいるタジクやモンゴル、ウズベクなどの女た
ちはベールをつけていなかったし、そんな伝統もなかった。
歴史的にみて、イスラムは女性の立場を改善してきたのだ。」
それがどうしてタリバンのような狂信的なイスラム原理-
主義者が支配的な力を伸ばすようになったのかと、実に無念
な気持ちになる。
女性については更に面白いことが書かれている。ムジャヒ
ディン(自由の戦士)の中に女性兵士や女性の指揮官、都市
で宣伝工作の最前線に立った女性教師とか逸話が出てくる。
女性の地位は隷属という言葉でくぐることはできないのだ
と納得する。
戦乱の始まり、30年ぐらい前のアフガニスタンの人々と
のインタビューがまとめられているので、現在を判断する一
つの尺度の役割を果たせる著書だと思う。