『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

翻訳  朴ワンソの「裸木」67

2014-06-12 16:13:50 | 翻訳

 

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翻訳  朴ワンソの「裸木」67

 

235頁~238

 

            15

 

 私は服を慌てて拾って着ただけで、きちんと直すことができず不恰好だった。しこりになっている袖の中の下着を抜き出して、ボタンをはめてジッパーを上げた。オーバーをひっかけた。頭髪の手入れをしてスカーフを巻いた。

 

途中で家に向かうのをやめ、ふいに帰宅するのが嫌になった。

 

 私が突然過去の瞬間を思い出せたとしても、私の母と私との関係が変わるのか疑わしかった。少しぐらいは変わることも、ひょっとして大きく変わることも、少しの変動もないこともあるはずで、それは直面して初めてわかることだった。

 

 しかし、私は直面する前に、あらかじめ決めたかった。私は突然どんなことにも直面するのが全く嫌になった。

 

 母をこれからも憎悪するのか哀れむのか、そんなことをあらかじめ決めておきたかった。それはとても難解な数学のようだった。私はとうていその問題ができるわけがなかった。

 

 私は今医者でも患者のようでもあるが、その二つを兼ねることがちょっと無理だった。しかし、その二つの中の一つをとうてい誰にも譲歩はできないのだ。ひどく疲れて考え続けることができなかった。休みたかった、家ではない所で。街路樹でこすった体を抱いた。頬が無慈悲に焼け付くように熱かった。私は首が長い女の人のことを考えた。その長い首が肩になって流れる、その流麗で温かい場所に自分の顔を埋めることができたら。

 

 私は数日前に彼女の憎しみを買う行為を臆面もなく犯したことを忘れ、ただ彼女にすっぽり抱かれたいとだけ思った。

 

 私は家へ帰るのを止めた。オーバーの襟に首を埋めて、彼女を思うだけでも気持ちが和らいだ。

 

 電車が止まった。私は乗るかどうか迷っていた。車掌が紐を引っ張りながら「終電です、終電」と言った。私はすばやく乗り込んだ。終電に乗ったということが申し分なく気分が良かった。

 

 長く寝転んでもいいほど椅子は空いていたが、鐘路5街は間もなくだった。私は車掌にありがとうというあいさつまでして、終電から降りてヨンジ洞の路地を辿った。

 

 他人を訪問するには遅すぎる時間だったが、私は訪問ではないから構わないと思った。訪問はもう一度改めて出てくることを前提とするけれど、私はそこで眠るつもりだから。

 

 その窓に灯がともっていた。私は玄関を叩かずに窓を叩いた。

 

「小母さん、小母さん」

 

  1. 二回呼んだだけだったが、部屋から人の気配がして、

 

慌てて玄関が開いた。彼女はまだ寝ていなかったのか普段着だった。

 

 私は彼女の様子を伺う前にぐいと抱かれた。そして彼女の美しいうなじに顔を埋めた。芳しく温かかった。

 

 張り付いた悲しみがこみ上げてきた。しかし涙にはならなかった。涙なんかになって溢れるには、あまりに深く張り付いた悲しみがのどを詰まらせた。

 

「どうしたの? キョンア。何があったの?」

 

 彼女は学生と言わずに初めて私の名前を呼んだ。私はそれに感謝するわけがなかった。

 

「寝たい。泊めてください」

 

「お母さんがお待ちになっているんじゃないの? 一人でいらっしゃって」

 

「今何時ですかね。家に寄るついでに話しました」

 

 私は嘘をついた。

 

「そうですか? 入ってください」

 

 彼女が私を促したが、私は彼女に抱かれたまま動かなかった。

 

「さあ、早く入って」

 

 彼女が再び私を促した。

 

「少しだけこのままでいてください。寒いのでこのまま」

 

「このまま? 部屋が温かいのに」

 

 それでも彼女は寒いという私をしっかり抱いてくれた。豊かな胸と温かい体温と何も尋ねない寛大さ。私は安らかだった。

 

「その人は誰?」

 

 部屋からオクヒドさんの声が聞こえた。私達は抱擁をほどいて部屋へ入った。

 

 子供達は並んで寝ていてオクヒドさんも横になっていた。彼女は、恐らく子供達と夫を寝かせて、一人で編み物をしていたようで、枕元に編み物の材料が置いてあった。

 

「キョンアがちょっと眠らせてほしいというの」

 

 オクヒドさんは何も言わずに枕元からタバコの箱を取って火を点けた。

 

 彼女は私の場所を作ろうと子供達を下のほうに押して、オンドル焚口の下手に寝床を敷いた。

 

「早く脱いで横になって。寒いはずだから」

 

 再び編み物を手に取りながら彼女が目で笑いながら言った。

 

「小母さんはどこでお休みになろうとしたの」

 

 私は、この部屋があたかもこの家族ために組み立てられた枡のようで、自分が加わったことに恐縮した。

 

「気にしないで。どこか間をあけて入れるはずだから」

 

「でも…私がオンドルの焚口の下手に寝るみたいです」

 

「気にするなといっても、キョンアは満員電車も乗ったことがないみたい。まだ何人かは問題ないわ。ふふふ…」

 

 彼女はとても自然に明るく笑った。どうして彼女は貧乏をあのように貧乏臭くなく収拾しているのだろうか?

 

 私はだいたい上着だけ脱いで横たわった。何回か向きを変えたり布団を被ったりしても、なかなか寝付けなかった。

 

「あなた、電灯を消してね。キョンアが眠れないようなので」

 

「本当にそうだね。前もって考えられなかった」

 

編み物を向こうに押しやって灯を消した。深い暗闇に包まれた。がさがさと脱ぐ音が聞こえた。私は息を殺して待った。私は彼女が私の横に横たわることを切に願った。

 

 彼女の豊かな胸の端や温かいうなじに頭を当てて、昏々と眠りたかった。

 

 服を脱ぐ音、ふとんを持ち上げる音が止まった。そうして静かになった。いくら待っても静かなままで、私の所も私の横も狭くならなかった。

 

 明らかにオクヒドさんが彼女を迎え入れたのだろう。ひょっとしたら子供達の所が狭くなりはしないか、不便になりはしないかと、自分の体を横向きにして、彼女を自分の胸に密着させたのだろう。

 

 彼女もまた、ひょっとしたら子供達の目が覚めはしないかと、自分の体をできるだけ小さく縮めて、彼の胸に抱かれたのだろう。二人の夫婦は今確かに、子供達と私のために彼ら自身の体積を最小限に減らしているのだった。

 

 私は布団を用心深くまくって、暗闇の中で瞳孔を大きく開いて息を殺した。不思議な緊迫した感じだった。私は物心がついてから今になっても、夫婦と寝室で一緒に寝たことがなかった。私はどきどきする胸を押さえて、漠然とわかっていることを待った。しかしいくら視覚と聴覚を尖らせても、白みがかった布団の羽が見えて、眠った顔が呼吸しているだけで、何も起きなかった。

 

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