翻訳 朴ワンソの「裸木」68
239頁~243頁2行目
私の布団の中もだんだん温かくなった。寝床もとても狭く広くなく、オーダーメードのように安穏だった。しかし私は眠ることができなかった。
今オクヒドさんに密着している女の人は、既にさっき私の粘っこい悲しみを、慰めてくれた豊かな母性ではなかった。今の彼女は〈あなたは、あなたは、何〉と歯を震わせて、食って掛かった数日前の彼女だった。
その二人の女の人は全然別の女の人で、私はそれが少しも不思議ではなかった。
私はもし自分が期待したことが起こるなら、〈きゃあ〉とわめいてやるつもりだった。それで子供達が皆起きて、彼らの醜態が見られるようにしてやるつもりで、意地悪く待ち構えた。しかし、何も起こらず、彼らは穏やかに呼吸しているだけだが、私はそのような詭計には欺かれずに、ややもすれば眠りそうな自分を励ました。
家族はそれぞれ終始一貫安らかに寝息を立て、私は体が完全に温まって、また疲れていた。私もいつの間にか安らかに息をしては、ぎょっと驚いて目を大きく擦って目覚めながら、もう一度安らかな息遣いに導かれた。
私は感触のよい枕の上に斜めに横たわっていた。オクヒドさんのアトリエだった。広いアトリエの一方の壁は一面非常に大きい窓だけだったが、光線を思い通りに調節できるように、たくさんしわの寄ったビロードのカーテンが、どっしりと垂れ下がっていた。今そのカーテンは、ほとんど窓を覆ってアトリエは、薄明とも黄昏とも思えるような、柔らかい暗闇の中に沈んでいた。
私の枕の上は柔らかく芳しかった。私はむやみやたらに摘んでおいた、豊かな色彩の花房にほとんど埋もれるように横たわっていた。
私は花びらに埋もれた部分以外は、ほとんど全裸だった。私の体は薔薇色に輝いていた。私は自分の体が花よりもはるかに美しいのに満足した。
私の裸身の前で花がだんだんその一つ一つの生彩を失って、とうとう幻想的な画面に変わった。私の裸身を引き立てる美しく幻想的な画面の中で、裸身だけが生きて横たわっていた。
私は今オクヒドさんのモデルなのだ。私は彼のモデルとして遜色がないのが嬉しかった。ところでオクヒドさんは何をしているのだろうか? 早く彼のモデルのために感嘆の歓声をあげながら、画筆を取るはずだ。私は次第に焦ってきた。私は、艶やかな薔薇色の裸身が寿命の短い豪華な花のように色あせる前に、オクヒドさんのキャンパスに描かれることを望んでいた。
ほどなく私は暗い部屋の片隅にしゃがみこんでいるオクヒドさんを見た。彼はその隅に敬虔にかしこまって何かを熱心になでていた。彼がなでているものは、首が長い白磁の酒瓶だった。柄と色合いと姿がずば抜けてきれいな李朝白磁のようだった。
彼はどういうわけか白磁をなでることに没頭していて、枕の上に横たわった私には一瞥も与えなかった。
彼が白磁にささげる愛着が限りなく、私は軽い嫉妬を感じた。
私は彼の注意を私に向けようと何か言葉をかけようとしたが、喉がぴしゃっと詰まって声が出なかった。
ついに白磁をなでていた彼の手が白磁を敬虔に下から支えて、白磁の口から首へゆっくりと口づけして下りていった。彼のこうした動作はもう敬虔を通り越して、ひょっとしたら極めて官能的な身振りだった。
私の嫉妬も抑えがたく、燃え上がった。私はわめこうとしたが、なかなか喉が開かなかった。仕方なく手に握った何かでも白磁に向けて投げたかったが、私の周囲はすべて柔らかい花びら、いや幻想的な朦朧とした画面の中で、私だけが生きて浮遊していて、私の手には何も握った実体がなかった。
私はこの静かなアトリエで音一つ出すことができずに、いらいらと嫉妬をこらえなければならなかった。それはとげとげしい刑罰より過酷だった。
彼の口が白磁の長い首を通り越して豊かな本体をたどって下っていった。そうすると澄んで冷たく見えていた白磁の体に、だんだん血の気が回った。そうすればするほど、彼の口づけはその熱気を増して行って、彼の目は神がかりのように燃えていった。
白磁はついにありありと生命を持った優雅な女の人の姿に変わった。それは間違いなくオクヒドさんの奥さん、首の長い女性だった。
私は一気に何か悪口でも浴びせながら、彼らのところに駆け寄ろうとしたが、体が言うことをきかなかった。
私は少しも動けなかった。私も生命がないものなのだろうか? 恐れながら、もう一度自分の裸身を探した。どういうことなのだろうか。私の裸身はその絢爛たる薔薇色の生気が消えてやせ衰え、取るに足りない平凡なものだった。
どうしよう、こんな貧弱な姿態を恥ずかしさもなく脱げたのか。私は自分の体を覆うものを探そうとしたが、もう私の周囲には花びらも幻想的な色彩もなく、白っぽい混沌だけがあった。白っぽい混沌の中に醜い裸身を仕方なくさらけだしていた。
私は心ゆくまで悲嘆して泣き喚きたかったが、意のままにならなかった。ようやく獣のようなうめき声を苦しく搾り出した。私は見苦しいうめき声に眠りから目覚めた。
部屋の中は夢の中のアトリエのように薄暗い薄明で、幸いにも私のうめきに目覚めた人は誰もいないまま、やはり夢の中のアトリエのように静まり返っていた。
オクヒドさんの横にきちんと横たわった彼女の端正な顔をこざっぱりした純白の布団の羽毛が敬っているのが、薄明の中でも美しく見えた。
そして彼ら夫婦と5人の子供、一番端に横になった、どうやってもお邪魔虫の私。私はようやく昨夜この家を訪ねたことを後悔した。そうして家へ行こうという考えもなく、ただ孤児のようにわびしかった。
私は布団の中へ深くもぐりこんだ。そして彼女が起きる音、食事を作る音、末っ子の騒がしい起床、息遣い、そんなことを漏れなく聞いても眠るふりをして息を殺していた。
「どうしてもう8時なのに」
「そのままもうしばらくおいておこうね。とても疲れて見えるから、遅く来ても何だという人はいないから」
恐らく彼らは私をめぐって話しているようだった。私は生あくびをして起きた。彼女の細やかな世話で見慣れない家での朝の洗面が、少しも不便でも気まずくもなかった。
温かいもやし汁と香ばしい焼き海苔が載っているお膳を受け取った。私は家庭に招待された孤児のようにこんなお膳が珍しくまぶしかった。
「いつ出て来られますか?」
「そうだね…キョンアに会いたくて、今日ぐらい出かけようと思っていたのに、キョンアに会ったから、2,3日家にいてから出るよ」
もし彼がもう少し内密にそれを言ったんだったら、私も少し幸福になるはずだが、彼は家族皆と丸い食卓を囲んで座ったまま、どんな底意もないように明るく言った。
「絵は終わられたんですか?」
「ううん、最後に手を入れておかなくてはね」
私は固く閉じた障子をちらっと見て、ぞっとした気分でその枯木を思い出した。しかしオクヒドさんの表情はひときわ明るく淡々としていた。
その乾いた枝に花や枝もぶら下がってくれたというのか。鳥も留まらせるというのか。私はだしぬけに障子を開けたくなったが、そうはできなかった。
私は子供達の騒がしい見送りを受けて、彼の家を出た。奥さんが路地までついてきた。
「お弁当を買っておいたので口に合うかしら」
「ありがとうございます」
「少し遅くても家に立ち寄っていきなさい。お母さんが一晩中どんなにお待ちになっていたか」
「わかっています。そう思っていながらもどうして昨夜私を追い出さなかったんですか」
「寒すぎたし遅すぎたじゃないの」
彼女は私の気に障らないように自分が言うことに気を使ってすまながっていた。
冷たく晴れた朝だった。街がことごとく空っぽのようだった。
彼女の襟はいつも少しだぶだぶだった。首がげっそりしてそのように見えるのか、それで首がひとしお不釣合いに長く見えるのかわからないのだ。げっそりして白い首が40代に手が届く女性らしくなく、可憐でか弱く見えて、今朝は少し寒く見えた。