題名 : 羆嵐(くまあらし)
著者 : 吉村昭(1927年~2006年)
初版年月: 1977年5月
出版 : 新潮文庫
定価 : ¥400
あらすじ:
これは大正4年(1915年)12月に実際に北海道で起こった事件、人食い羆(ひぐま)による村落襲撃事件の顛末を描いたものである。
天塩山地に続く山間部の開拓地、入植してまだ4年にしかならない貧しい15戸の六線沢の村落に「穴持たず」と言われる冬眠用の穴を見つけることができず餌を求め続ける羆が現れる。羆は牛や馬ほどもある大熊であった。
最初の事件は男たちが隣の村落との間の冬の橋、氷橋建設の作業中に起きる。家に残された妻女と小さい子供が襲われる。子供の亡骸はそのまま残り、女の亡骸は山中に引きずられて消えていた。鉄砲を持たない六線沢の人々は隣の古く豊かな開拓地、三毛別の村落の人々の助けを得て羆の跡を追う。山中で妻女の残骸、足首がみつかる。持ち帰って妻女と子供の通夜を行っている夜、餌を奪いかえしに羆が壁を打ち破って襲ってきた。それぞれ逃げた男たちは食われることはなかった。しかし通夜の家から飛び出した羆は近くの家を襲った。妊娠していた妻女と胎児を食う音を聞きながら男たちは羆を食い止めることができない。ほとんどの銃が使い物にならないのだ。2日間で6名が殺害され、深夜、被害者をそのまま餌として放置し、全員が隣の三毛別の村落に避難する。
警察と救援隊が到着するが、被害者の様子を見てかれらの動揺も激しい。それで素行不良で嫌われ者の羆撃ちの名人、銀四郎が呼ばれる。六線沢に足を踏み入れた銀四郎は、放棄された六線沢のすべての家屋が羆によって荒らされ女の衣服や持ち物が引き裂かれたりしているのを見て、女の味を覚えた羆は女だけを求めてまた襲ってくると予告する。銀四郎の予告通り、深夜羆は氷橋に現れる。翌日、警察と救援隊と銀四郎は羆を追って山中へ行く。最後は風下から近づいた銀四郎によって羆は射殺される。
六線沢の村落は2年後に全戸が離れて放棄される。
感想:
羆と対抗するすべを持たない人間は羆の餌にしかすぎない。自分たちが羆の餌だという恐怖が伝わってくる。女の味を求めて追ってくる羆というのも猟奇的だ。人間のルールではなく羆のルールが支配する土地、それが開拓地なのだということ、人間のルールでは鼻つまみ者でも羆のルールを熟知した名ハンターというのも、人間の能力や性格の奥深さを感じる。
北海道の天塩山地の自然の描写や開拓地の貧しさ、臨場感あふれる出来事が心を揺らせる。
(2012年1月28日読了)