冷え込んだ朝、公園の草むら一面に霜が降りている。草の葉っぱのひとつひとつが、白く化粧をしたように美しくみえた。地面がむき出しになった部分では、よく見ると小さな霜柱も立っている。なんだか久しぶりに見たので、それが霜柱だとは信じられなかった。
子どもの頃は、よく霜柱を踏み砕きながら登校した。夜中の間に、地面を持ち上げて出来る氷の柱が不思議だった。地中にいる虫のようなものが悪戯をしているのではないか、と思ったこともある。誰かが作ったものを、小さな足裏で踏み砕いていく快感があった。誰がどうやって作ったのか、解らないので壊すことで無にしてしまう。そのようにして、不思議に挑戦していたのかもしれない。
父の剃刀の刃を折ってしまったのも、剃刀というものが不思議な刃物だったからだ。
父が愛用していた剃刀は、折りたためるようになっていた。床屋にあるようなベルト式の皮の砥石で、剃刀をいつも丁寧に研いでいた。そのような父の習慣も不思議だったが、髭のような硬いものが切れるのに、父の肌を傷つけることがない、そのことの方がもっと不思議だった。父が居ない隙に、その剃刀で色々なものを切ってみた。そして、とうとう刃を折ってしまった。
私は父が怖かった。いつも些細なことでも叱られた。ましてや、父が大事にしていた剃刀のことだ、どれほどの叱責を受けることになるか不安だった。
まず母に見つかった。父が独身の頃から大切に持っていたものだ、どれだけがっかりするだろうか、と母も嘆いた。母の落胆ぶりもショックだった。
私は毎日びくびくしていたが、けっきょく父からの咎めはなかった。私の狼狽ぶりをみて、母が何らかの手を回したようだった。
私は父の万年筆も何本か駄目にした。
尖ったペン先からインクが出てくるのが不思議だったからだ。ペン先の部分をばらし、ペン先を広げてみたり曲げてみたりした。万年筆はどれも、ふだん父が使っていないものだったので、私の悪戯がばれることはなかった。
目覚まし時計も分解してみた。ばらばらになって元には戻らなかった。小さなネジまですべて、こっそり裏山に捨てた。
いつも壊すばかりで、どれひとつ不思議を解決することは出来なかったのだ。
いまの私は、霜柱ができる原理をすこしは知っている。不思議な世界のいろいろな仕組みを、いつのまにか知るようになった。
けれども、今朝も霜柱を見つけたとき、私は思わず、ざくざくと霜柱を踏み砕きたくなった。こんな悪戯を誰がしたんだろう、と一瞬おもったのだった。
「2024 風のファミリー」