![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/04/8ba9f24ef0a7f1e2ada9906681c229b5.jpg)
すっかり空も暗くなり、今日は曇り空のため星も見えない夜だ。
淳は改めて雪の家の近所の道路を見て、車が入るには細すぎるし街灯も少なく暗い道だとその感想を述べた。
夜、女の子が一人で歩く場所としては少々危険が伴いそうだ。
「ことあるごとに送ってやらないと心配だな」
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淳はそう言ってから、雪が持っている大量の資料にふと目を留めた。
何かと聞くと、彼女は顔を顰めながら遠藤さんから押し付けられた仕事です、と答えた。
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「ええ?勉強する時間があると思ってたけど、思ったより無いみたいだな?」
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淳が、これじゃあ他のアルバイトの方が効率が良かったかもしれないと言うと、雪は首を横に振った。
「そ、そんなことないです!他のバイトより断然いいです!」
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確かに条件は申し分ない。
涼しい室内で座っていられるし、仕事量だって基本はそんなに多くもない。塾だって近い。
ただ、たまに遠藤が持ち帰りの仕事を持たせるので、それがなければ凄く楽なのに‥と雪は不満そうに資料を見つめた。
「遠藤さんと何かあったの?」
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そう言った先輩に、雪は頭を掻いてみせた。
特に何かあったわけではないが、自分とはどうにも反りが合わないみたいだと。
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始めから遠藤とは険悪だったが、だからといっておおごとになったり大喧嘩したわけじゃないですと言って、笑って見せた。
そして雪は、日頃考えていた遠藤修という人間についての見解を述べ始めた。
「んー‥遠藤さんって、すごく繊細っぽいんですよね。
ファイルなんかもすごく細かく整理されるし‥。
けど常に不満だらけって言うか‥重度の完璧主義者なんですかね。
だから私のちょっとしたミスも許せないみたいで‥」
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だけど、と雪は言葉を続けた。
まだ彼女自身が確証を持っているわけではないが、雪の鋭敏さがその真意のところを実は汲み取っていた。
「それが必ずしも全部性格のせいではないような気もして‥うーん‥」
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考え込んだ雪だが、次の瞬間パッと顔を上げ、だからといってそれがいけないという意味ではなく、
ただ性格が合わないだけだと頭を掻いた。
そんな彼女を見て、淳は「以前から気になってたんだけど、」という前置きをしてから口を開いた。
「雪ちゃんって、他人を意識しすぎなとこあるよな?」
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雪はその言葉に、思わず目を丸くした。
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そして下を向いた雪に、淳はフォローするように「悪い意味じゃないんだけど‥」と言葉を続けた。
「ただちょっと‥考え過ぎなんじゃないかなって」
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雪は幾分戸惑い、「そうなんですかね‥?」と少々その言葉に疑問を持った。
自分を看破されたきまり悪さから、”元々人間は常に何かを考えている”という理論を持ち出し、
”我思う故に我あり”というデカルトの言葉も引用した。
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けれど先輩は率直な感想を述べる。
「だからって周りをいちいち気にして考え過ぎるのも、疲れるんじゃないかな」
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雪はタハハ、と自虐的に笑いながら、
「‥確かに、自分でもちょっと考え過ぎる方だと思います‥」とその意見を認めた。
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夏の盆にあたる時期、親戚一同が集まる場に行ってもまず叔父や叔母の目から始まり、
沢山の人の目が気になってしまう。
「ちょっと疲れるタイプ」と雪が自分のことを言うと、先輩は「大分疲れるタイプ」と言い直し、
ガーンと雪はショックを受けた。
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思えば高校の時だって、友人達からさんざん言われてきたのだ。「生きるのに疲れるタイプ」だと。
先生の仕草一つだって気になって、皆が居眠りしたり欠伸したりする中でも、一人背筋を正していた。
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三つ子の魂百までとも言うが、とにかく雪の敏感さは今も健在だ。
雪は一つ溜息を吐いてから、開き直って客観的に自分というものを語ってみた。
「正直な話今まで、私って運が悪いなぁって思うことも沢山あったんですけど、
本当のところ自分でも何が問題なのか、大体分かってはいるんです」
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淳はそんな彼女を静かに見つめていた。
そして次に続けられた彼女の言葉に、目を見開いた。
「ちょっと前までだって、
どうして私は何もしてないのに周りは私をこんなに困らせるんだろうって、
そう考えてばかりいたんです」
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/68/e7a915e604d78ef04e380bfcd5a7b66a.jpg)
淳の頭の中に、あの日の彼女が思い浮かんだ。
自分と同じような瞳をした彼女が。
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そして思い出した。
人々の間に沈み込んだ自分が、暗い世界で見たもう一人の自分を。
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今彼女が紡いだ言葉は、常日頃から彼の心の中にも揺蕩っていたものだった。
見開いた淳の目の中には、深い闇が広がっている。
彼女は言葉を続けた。
「でも大学に入って色々なこと経験して、なんか分かったんです。
周りのせいもあるかもしれないけど、私自身も自らを疲れさせてたんだなぁって」
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その言葉に、淳は少し違和感を感じた。
続けられた彼女の言葉に、そのズレは一層大きくなる。
「周りを責めるだけじゃなくて、間違いなく自分にも問題があったはずなのに」
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重なった二つの影の片方が動き、幻影のようにもう一つの影を作る。
もう一人の自分が、自分の意図した方向でないベクトルを指す。
淳は信じられないものでも見るような目つきで、彼女を眺めていた。
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雪は「自分の間違いを認めるのは難しく、まして直すのは尚難しい」と軽い調子で頭を掻いて笑ったのだが、
彼の視線に気がついて口を噤んだ。
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雪は変な話をしてしまったことに先輩が戸惑っているのだと感じて、自分のきまり悪さを嘆いた。
先輩はそんな雪の気分を察して、大丈夫と返事をする。
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雪は幾分自らを慰めるような気持ちで、空を見上げて口を開いた。
「‥私も今よりもっとのんびりと生きてみたいですよ。
これから社会に出たら今よりももっと色々な人達に揉まれるだろうに‥。
世渡り上手な子たちを見てると羨ましいです」
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そう言って雪は、抱えた沢山の資料を改めて眺めた。
きっと世渡り上手な友人達は、のらりくらりと交わしてこんなものも持って帰らなくて良い様に振る舞うのだろう。
すると先輩が、静かに口を開いた。
「大丈夫だよ」と。
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彼は雪の方を向くと、腕組みをしながら自信ある態度で言葉を続けた。
「あまり心配することないと思うよ?深刻な問題があるわけでもないんだし、
俺がさっき言ったことだって、結局は俺の主観に過ぎないんだしね。
責めるつもりじゃなくて、雪ちゃんが疲れるんじゃないかと思って言ってみただけだから」
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いつになく饒舌な彼が言葉を紡ぎ続ける。
二人とも気づいていないが、それは彼の自己弁護に似た慰めだった。
「雪ちゃんのそういう部分が人に迷惑をかけてるわけでもないんだし、
俺は特に問題ないと思うけどな」
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自分とは異なった動きに揺らめいた影が、彼のその言葉でまた重なる。
淳はそう思っていた。
彼女に掛けた言葉は一見優しい姿をしていたため、雪は嬉しそうに照れ笑いをした。
自分を認めてくれたようで、心の中がくすぐったかった。
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しかしその反面、愚痴のようになってしまったことに若干気が咎めた。
なぜこんな話になったのか思い出せないが、これから気をつけなければいけない。
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雪は先輩の隣で、一人気を引き締めた。
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<もう一人の自分>でした。
問題の中に、自分にも非があると考える雪と考えない先輩。
先輩の考え方は横暴にも見えますが、自分を肯定してくれる人が自分しか居なかった過去を思い出すと、寂しい感じがします。
次回は<フラッシュバック>です。
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そうか、そう感じながら聞いていたのか…
あの台詞にはそういう意味が込められていたんだ。
いやまったくこれ以上ないくらい、めちゃめちゃシックリキタ解釈でした。
深夜のコメント、あざーっす☆
私も最初読んだときは淳のあの表情の意味が分からなくて、大分悩みましたが、結果今回の解釈となりました~。さかなさんに同意頂けてホッとしました(^^)
また色々な方の解釈もお聞きしたいですよね!
シックリクル委員会!
私、「へぇ、雪ちゃん、そんなコト考えてたんだ。」くらいな表情にしか捉えてませんでした。先輩に対して本心を喋るようになった雪ちゃんを見て「イケるか?」と様子見してたとまでは思わなかったけど(笑)、大分心を開いてくれるよーになったなーなんて思ってたかなーとか。
その後の先輩のセリフも雪ちゃんを思っての客観的アドバイスというか励ましっぽくて、そっちに気を取られてしまったー。
確かに、この顔は違和感を表してるのかも。。ぐぬぬ。
私は、「せっかく雪ちゃんが自分の胸の内を語っているのにテキトーに聞き流しちゃって~。難しいこと考えるのが苦手なのかい?」ぐらいのとらえ方でおりました。
だって先輩のあの表情、「まためんどくさいこと考えてんなー」に見えちゃって。。
しかし!Yukkanen師匠の推理はすごく的確な気がします。
先輩にとって、雪ちゃんが「もう一人の自分」であることはもっとも重要な願望(“決めつけ”ともいう。笑)…。
様々な場面で、どうしてもそこから彼女をはみ出させたくない思いが作用してるのではないでしょうかね。
というわけで、今回はいつも以上に師匠のすごさを実感してしまいました~。
考えてみれば、いいことを言っているようで何となく噛み合っていないセリフをジョンが口にする時って、ソルちゃんが自分のコントロールが届かないところへ踏み込んでいくところを引き戻そうとする、ジョンの「無意識の計算」をしばしば感じるんですよね…。
二人とも他人を「よく見ている」人なんですが、見ているところ、見えているところがどうも異なっている。とすればこの場面、ソルの言葉の一つ一つの鋭敏さを、ジョンは密かに持て余している…と考えるのは自然な流れかも、と思いました。
わたしも。師匠のすごさを実感している1人。
本当、こういう解釈に行きつく、Yukkanenさんって…!
一つ一つの言葉の意味と表情、今までの話を読み解き繋げてたどり着くのでしょうか。
一つ前の記事といい今回の記事といい…。四つアップされたらまとめてリピします
自分を重ねて見ていた雪が、自分にも非があると考えていて、そんなことないよって雪に言ってるんだけど、そうすることで自分を肯定していると。
なるほど。なるほど。
で、青さんの
ソルちゃんが、ジョンの描いた枠をはみ出してさらに先を行く…という未来予想図が見えるようです。
なるほど。なるほど。
ここの解釈が今まで自分が捉えていたものから先を行ってます~~
コントロール。
手のひらのボールを思い出しました。
‥私も今よりもっとのんびりと生きてみたいですよ。
これから社会に出たら今よりももっと色々な人達に揉まれるだろうに‥。
ここはわかるな。笑
すばらしい方たちに見守られているなぁ~とヒデキカンゲキでございます。
ここの告白前の場面は、”一見”先輩が雪に楽に生きるためのアドバイスをする場面なんですが、よーくセリフや表情を読み解くと、青さんやさかなさんが仰る”先輩の理解の範囲内を超える雪”を無意識に引き戻そうとしている場面、と読み取れるんですよね。
一回読んだだけでは見逃してしまうところに真理が隠れている、つくづくすごい漫画だと思います。
そしてりんごさん、「手のひらのボール」よく覚えていらっしゃいましたね~!読み込んで頂いて、感無量カワムラリョウでございます(無理があるか‥)
「こりゃ」ってついてるんですよね。「ことあるごとに」の前に。
先輩のジジ語がまた一つ…
流行りませんかね?
流行りませんか‥そうですか‥(´・ω・`)
「こりゃ」ついてますね!
出た!ジジ淳!
ジジ淳語録もあったら面白そうですね 笑
おいとま、ちょっくら、こりゃ‥他に何かあったでしょうか‥。いかん、気になる 笑