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雪は鋭い視線で目の前の柳瀬健太を見据えていた。
健太は思わず言葉に詰まる。
「いや‥その‥」
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そんな三人の姿を、教室内に居る学科生全員が遠巻きに見つめていた。
しんとした空気が張り詰める室内。
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今教室に入って来たらしい柳楓、着席してずっと彼らを窺っている佐藤広隆も、
雪ら三人のことを見つめている。
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その沈黙を破ったのは健太だった。
「おい!俺は‥」
「過去問でも何でもそういった個人的なものをー‥」
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少し不機嫌に口を開いた健太の言葉を、雪の凛とした声が遮る。
「どうして強制的に皆で共有しないといけないのか、
その理由を教えて下さいますか?」
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雪の理路整然とした主張に、隣に居た聡美が「そうよ!」と言って頷く。
雪は健太に向かって淡々と言葉を続けた。
「私は”過去問担当”ってわけですか?」
「いや赤山、どうしてそうなるんだよ?
そうカリカリすんなって!」
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健太は手を横に振りながら、幾分前のめりになって以前のことを言及した。
「つーかそう考えたらこの前のアレもそうだよな。
財務なんちゃらの資料見せ渋って、ソッコー逃げて!何度も何度もよぉ。それじゃ使えねぇっつの」
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「同じ学科の先輩後輩じゃねーか。ちょっとは使えるヤツになろうぜ~?」
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健太は若干雪のことを睨みながら、周りの人間のことについても言及する。
「つーかこう思ってんのは俺だけじゃねーよ。お前に不満持ってる奴らも沢山いる」
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”不満持ってる奴ら”こと糸井直美とその友人は、ギクッとして三人から目を逸らした。
しかし内心ビクついているのは、彼女達だけではないのだろう。
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雪はチラ、と周りを窺ってみた。
以前親しくもないのに挨拶をして来た先輩達、
そして同期達が、皆どこか後ろめたそうな表情をしてこちらを見ている。
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こんな衆人環視の中で、皆が密かに様子を窺っている事柄について言及する柳瀬健太。
彼の判断は、明らかに皆の総意では無いだろう。
「‥‥‥‥」
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雪の頭は冴え渡っていた。
そして彼女は数々のファクターから判断して、彼に然るべき賢明な対処を施す。
「‥健太先輩。あの時一度断ったでしょう。
こんな風に教室で大声を上げて、再び言及しなきゃいけませんか?」
「雪!もういいよ!行こっ!」
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聡美がそう叫ぶ中、雪は顔を曇らせて言葉を続ける。
「本当に酷いです」「ちょ、待った待った!」
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そんな雪の態度にピンチを感じたのか、健太は真っ青になって待ったを掛けた。
幾分声を荒げながら、どうにか気を取り直させようと言葉を続ける。
「いや本来こんな大事になる問題でもねーじゃん!
ただ先輩からのお願いだと思って、ちょちょっと見せてくれたらなって!
つーか赤山の過去問じゃねーんだから、んな恩着せがましくしなくたってよぉ!」
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「俺、就職も出来ずに卒検もパス出来ねーかもしんねーんだぞ?
なぁ赤山。お前はそれでもこんなに冷たく当たるのか?」
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そう言って情に訴えかけようとする健太。
雪は真っ直ぐに彼を見据えながら、鋭い指摘を口にする。
「ほらそれ。それが問題なんです、それが。
見せなければ悪者扱いするその態度が、問題なんです」
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「先輩なら先輩らしく、わがまま言わないで下さい」
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一瞬、時が止まった。
健太は白目になって、今後輩から言われた言葉を反芻している。
「‥は?」
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「わがまま?」
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そして彼はぐにゃりと顔を歪めながら、恐ろしいほどの剣幕を纏う。
「てめぇ今俺にわがままって言ったか?あぁ?」
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皮膚に何本も浮かぶ青筋。
雪は思わずビクッと身を竦める。
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低い声で口撃する健太。
しかし雪は彼から目を逸らさずに、自分の恐怖心を客観視して物事を捉えていた。
「赤山よ、ちょいと言葉が過ぎるんじゃねーか?朝何か悪いもんでも食ったんじゃねー?」
この人はいつも、情けないながらも恐ろしい。
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そして
恐ろしいながらも、滑稽だ。
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それが雪が柳瀬健太に下した、結論だった。
一旦そう思ってしまえば、先程覚えた恐怖も引いていった。
「だから先輩なら先輩らしく‥うぐぐ」
「何か間違ってます?」
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吠える聡美の口を抑えつつ、雪は至極冷静にこう彼に問う。
「入学してから今まで、私は健太先輩を助けて来ましたよ?」
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「チーム課題の時もDがついたにも関わらず、先輩のノルマまで全部私がやりましたし、
この前の財務学会の資料だって、先輩の分コピーして渡したじゃないですか」
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一つ一つ、健太に対して売った恩を口に出していった。
その上で、雪は改めて彼にこう聞いたのだった。
「健太先輩は私に、一度でも心からありがとうとか申し訳ないとか、
示してくれたことありましたか?」
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雪の発した言葉に、ギャラリーが「それはその通り」と相槌を打ったり、頷いたりしていた。
しかし健太は何を言われているのか分からないといった体で、あっけらかんとこう答える。
「いや、俺その度にありがとうとかごめんなとか言っただろ?何が問題なんだ?」
「口先だけですよね」
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そして雪は、彼の改善すべき点をハッキリと口にしたのだった。
「これからは頼み事をするならするなりに、それなりの態度を見せて頂きたいです」
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しかしそれが再び健太の癪に障った。
健太は大きな音を出して机に両手を付くと、大声で雪の言葉を反復する。
「は?どういうことだよ!態度だと?!」
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「この‥ぬけぬけと‥!」
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怒りのあまり震える健太。
そんな最年長学科生の姿を見て、佐藤広隆は眉をひそめ、柳楓は溜息を吐く。
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雪は冷静だった。
今の状況を踏まえながら、冷静に周りを観察する。
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糸井直美とその友人は幾分焦った表情で何やら会話をしていた。
その他、ヒソヒソと話している先輩達や、不満そうな顔をしてこちらを見ている学科生も居る。
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これ以上事を大きくしない方が良い。
雪はそう判断し、健太を見据えながら聡美に声を掛ける。
「行こ」「そうよ!行こ行こ!相手にしちゃダメ!」
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そんな雪に対して、健太は「逃げんのか?!」と噛み付いたが、雪は返答しなかった。
健太は雪の方を指差しながら、皆に聞こえるようにこう叫ぶ。
「おいおいおい!赤山マジで変になっちまったよなぁ?!
人ってあんなにも変われるもんなのかぁ?!」
「マジでこの人は~~!」
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そんな健太に対して聡美はカンカンだったが、
雪は冷静に「行こう」と言って教室を出て行った。
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後輩から好きなように言われ、結局過去問は手に入らない‥。
健太は雪が去って行った方向を睨みながら、ギリギリと歯噛みした。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<鋭い指摘>でした。
雪ちゃん、言ってやった!
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しかし毎度のことながら真っ向勝負ですね~~。
でも雪ちゃんが心から納得して健太に過去問渡せる日なんて、来ない気がします
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雪ちゃんが望んでいるのは「心から感謝する」等の意識の問題ですから、
これはもう健太に期待しても‥と。。
先輩はその辺割り切っていた気がしますがね。
次回は<彼らの援護>です。
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「お互い助け合い」を身勝手に取るのが
健太の問題だと思います。
「(雪ちゃん含め)皆が時間、体力、努力を使い
俺様に尽すべき」というのが
彼の基本的考え方である限り、
健太の人生は無い物ねだりや失望の繰り返しでしょう。
健太本人にも不幸ですよね、これ。
今は学科最年長ですが、就職したら新人なわけで‥そうしたら変わるのか‥?
なんかこのまま年を取って嫌な上司になりそうですよね‥(ー ー)
全編通して主張してることといえば、先輩だけどその実無能なんだからオレへの助力を惜しむな、ですよ
先輩として後輩たちに奢ったりしたこともなさそう、体育会系脳筋のくせに(悪意を込めて)
恥の概念があれば口にできるはずもないのに、オレの立場を憐め、でもプライドを傷つけずバカにするな、
特に持ってる人(財力知力の青田、佐藤、知力の赤山)への当たりがきついのは、noblesse obligeを都合よーく落とし込んだってとこなんでしょうね
オレだけが施される側じゃない、施す義務のある側にその責務を教え諭して差し上げるついでに貰うべきもの貰ってるだけだもんネ!!
雪はまだ優しいですね、私ならいい加減浅ましい真似はやめろって言っちゃいますわ
周りの学部生も程度の差こそあれど似たり寄ったりだから黒雪発動しちゃうし
もしかしてこれも黒青田が長年甘やかして増上させた結果だったか、と裏の探りがすっかり癖になりました
もう日本では入社3年に抜かれる10年ヒラ社員とかザラに見ますけど