行って来ました東京のテンプル大学。都営地下鉄の白金高輪駅から歩いて5分程度。早めについたので近くの古書店で買った「日本人なら必ず誤訳する~」などを読んで時間をつぶす。
さすがは東京で、参加人数は福岡の3~4倍といったところ。そのうち半分くらいがネイティブスピーカー。会場で使われる言語は日本人同士でもほぼ100%が英語です。
今回のテーマの語用論は個人的に詳しくないのだが、今後注目される分野になっていくのだろうか。一般的には意味論(semantics)と重なり合って論じられるようで、コミュニケーションの多層性と大いに関係があるようだ。このたび焦点が当てられたのはpolitenessの適切性の育成。
第二言語におけるこの側面には大きくtransferが影響を持ち、ある程度熟達した人でさえ、awkwardな行動を取ってしまうことは多々あり得る。氏は日本人である、以前の奥様がお客を家に迎えられたときに、声のピッチがあがることなどを例に挙げられた。
話の前半では教師主導のうまく練られた授業経営では実際のコミュニケーションの有り様と乖離するという指摘がある。その具体例として、典型的な発問パターンであるIRF(Initiate - respond - follow-up)すなわち、「名前を聞いてみて」「あなたの名前は何ですか」「よろしい」のようなパターンでは語用論的能力は育たないことが示された。
後半はpragmatic development研究の具体例に話が及ぶ。ご自身による90年代前半の研究とオークランド大学の受け持ち学生であるTakimoto氏の最近の研究が対比された。それによれば、昔の研究は「静的」であり、最近は「動的」であるということ。つまり、以前は単なる観察が主であったが最近は異なる手法の比較研究が中心なのだ。
ご自身の研究で印象に残ったのは、「観察」を手法とする場合、観察者をinvisibleにしなければ正確なデータはとれないということ。専門家が授業を見に来れば教える方も教わる方も普段どおりにはいかないからというわけで。
お弟子さんのTakimoto氏の研究で強調されたのは、実験後にすぐ効果を調べたのではなく、しばらくしてから効果が持続しているかを調べたということ。確かに実用的知識は単なる一時的なもので使えなければ無意味です。
大雑把に要点をまとめると、通常の授業ではpolitenessレベルの使い分けの力は育ちにくいということ、そして明示的な指導を直接的に加えるのは定着のためにはよい方法ではないということ。つまり、この力をつけさせるには帰納的にawarenessに導く指導が必要なのだ。
このことについて、参加者から明示的直接指導で使われたのはL1かL2かといった質問があった。「使われたのはL1、しかし効果の差については研究があるわけでないので、その違いについての解答はできない」というお答え。個人的にここの部分は結構重要なポイントだと思うので、いずれ機会を改めてこの話題には触れるつもりです。
語用論的能力の発達に関わる3つの要因として、学習者のL2習得レベル、母語転移、学習者がおかれた教室の状況が結論としてあげられた。
これに対して「学習者の成熟度、つまり年齢は重要ではないのか」という質問をしておきました。挙げられた実験事例の被験者がすべて若者だったから。学習者が大人であれば言葉の丁寧さにもっと注意が向くはずと思ったわけだ。
これに対するお答えは、「一理あるが、子供もいずれ丁寧さの使い分けができるようになるからね」ということで軽くかわされてしまった。
続いて話が及んだ「指導者がモデルになることが、生徒にとって丁寧な表現を獲得する障害の一つになっている」という指摘には大きく頷いた。
大学時代にお世話になった津田先生(米国人の先生です)から仕事を頼まれるときには必ず「Can you ~?」で聞かれていたので、先生にお願いをするときにも、かなり長い間「Can you~?」で頼んでいたという個人的な経験を思い出したのだ。
そのほかに、人にアドバイスをするときに好んで使う「You might (not) want to ~」なども、他人が実際に使っているのを見た経験から使うようになった表現だ。
帰納的に身につけるべき力というものは確かに存在するようである。

さすがは東京で、参加人数は福岡の3~4倍といったところ。そのうち半分くらいがネイティブスピーカー。会場で使われる言語は日本人同士でもほぼ100%が英語です。
今回のテーマの語用論は個人的に詳しくないのだが、今後注目される分野になっていくのだろうか。一般的には意味論(semantics)と重なり合って論じられるようで、コミュニケーションの多層性と大いに関係があるようだ。このたび焦点が当てられたのはpolitenessの適切性の育成。
第二言語におけるこの側面には大きくtransferが影響を持ち、ある程度熟達した人でさえ、awkwardな行動を取ってしまうことは多々あり得る。氏は日本人である、以前の奥様がお客を家に迎えられたときに、声のピッチがあがることなどを例に挙げられた。
話の前半では教師主導のうまく練られた授業経営では実際のコミュニケーションの有り様と乖離するという指摘がある。その具体例として、典型的な発問パターンであるIRF(Initiate - respond - follow-up)すなわち、「名前を聞いてみて」「あなたの名前は何ですか」「よろしい」のようなパターンでは語用論的能力は育たないことが示された。
後半はpragmatic development研究の具体例に話が及ぶ。ご自身による90年代前半の研究とオークランド大学の受け持ち学生であるTakimoto氏の最近の研究が対比された。それによれば、昔の研究は「静的」であり、最近は「動的」であるということ。つまり、以前は単なる観察が主であったが最近は異なる手法の比較研究が中心なのだ。
ご自身の研究で印象に残ったのは、「観察」を手法とする場合、観察者をinvisibleにしなければ正確なデータはとれないということ。専門家が授業を見に来れば教える方も教わる方も普段どおりにはいかないからというわけで。
お弟子さんのTakimoto氏の研究で強調されたのは、実験後にすぐ効果を調べたのではなく、しばらくしてから効果が持続しているかを調べたということ。確かに実用的知識は単なる一時的なもので使えなければ無意味です。
大雑把に要点をまとめると、通常の授業ではpolitenessレベルの使い分けの力は育ちにくいということ、そして明示的な指導を直接的に加えるのは定着のためにはよい方法ではないということ。つまり、この力をつけさせるには帰納的にawarenessに導く指導が必要なのだ。
このことについて、参加者から明示的直接指導で使われたのはL1かL2かといった質問があった。「使われたのはL1、しかし効果の差については研究があるわけでないので、その違いについての解答はできない」というお答え。個人的にここの部分は結構重要なポイントだと思うので、いずれ機会を改めてこの話題には触れるつもりです。
語用論的能力の発達に関わる3つの要因として、学習者のL2習得レベル、母語転移、学習者がおかれた教室の状況が結論としてあげられた。
これに対して「学習者の成熟度、つまり年齢は重要ではないのか」という質問をしておきました。挙げられた実験事例の被験者がすべて若者だったから。学習者が大人であれば言葉の丁寧さにもっと注意が向くはずと思ったわけだ。
これに対するお答えは、「一理あるが、子供もいずれ丁寧さの使い分けができるようになるからね」ということで軽くかわされてしまった。
続いて話が及んだ「指導者がモデルになることが、生徒にとって丁寧な表現を獲得する障害の一つになっている」という指摘には大きく頷いた。
大学時代にお世話になった津田先生(米国人の先生です)から仕事を頼まれるときには必ず「Can you ~?」で聞かれていたので、先生にお願いをするときにも、かなり長い間「Can you~?」で頼んでいたという個人的な経験を思い出したのだ。
そのほかに、人にアドバイスをするときに好んで使う「You might (not) want to ~」なども、他人が実際に使っているのを見た経験から使うようになった表現だ。
帰納的に身につけるべき力というものは確かに存在するようである。
