「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

2月7日の朝の月

2013-02-07 06:15:09 | 朝の風景とその他の風景






このところ雨が多い。
なので現場では濡れて作業をすることが多くなる。
仕事をしている時は気合いが入っているので、
冷たさなどはそんなに気にならないが、
家に帰るとそれが一気に襲って来る。
だから、着ていた物を全て洗濯機に放り込んで回し、
それからシャワーでカラダを温める。

新しい衣類に着替えてムサシと遊んでいると、
ピ~ッと洗濯機が終了の合図を送ってくれる。
あとは干してしまえば完了である。

そうそうそんなことよりも今朝の月だった。
これは午前5時前に撮ったものだが、
南東の空に浮かんだ三日月である。

西からの風が冷たい朝だった。





鹿児島県加計呂麻島 「 待網埼灯台 」

2013-02-07 04:50:18 | 奄美群島の灯台








































大島海峡の夜明け( 奄美大島と加計呂麻島の間の海峡 )






所在地 / 鹿児島県大島郡瀬戸内町 待網崎
塗色  / 白色
構造  / 塔形   構造材質 / コンクリート造
灯質  / 単閃白光  毎3秒に1閃光
光度  / 実効光度 560カンデラ  
光達距離 /  8.0海里       
頂部までの高さ / 9.4m
平均水面から灯火まの高さ / 17.93m
現用灯器  / LD管制器Ⅱ型    電球 / D-1
設置、点灯および業務開始年月日 / S34.12.18



待網埼灯台は、奄美大島の南にある加計呂麻島の待網崎の下に立つ灯台である。
この場所は奄美大島と加計呂麻島の間にある大島海峡の安全を守る重要な役割を果たしている。
岩の上に立つ灯台の高さは9.4mで、平均水面から灯火までの高さは18mとなっている。
灯台付近は岩場になっており、上陸するには小型船外機で満潮時に接岸することになる。
一度、待網公園から山を降りる方法をとったが、急斜面なうえ道も無く、
ハブの脱け殻があったので海からのルートに切り替えた。


待網埼灯台へのアクセス
待網埼灯台へは、古仁屋港から海上タクシーで瀬渡しをしてもらった。
料金は皆津崎回りで行ってもらったので、1万2千円だった。
ちなみに生間港までが3500円の相場となっている。
瀬渡しは事前に予約となっている。 ℡ 0997-72-3629



沖縄県宮古島 ・ 平良綾道 ( ピサラアヤンツ ) 「 アトンマ墓 」

2013-02-07 04:48:25 | 沖縄の王墓、按司墓、拝所











石門の下から見たアトンマ墓






石門や石垣を上から見た







墓の横から見たもの







墓の入り口に立つアトンマ墓の説明板







仲宗根豊見親の墓の上に立つ路標





平良は ( ピサラ ) と称し、人の住むにふさわしい地。
綾道 ( アヤンツ ) は 「 美しい道 」 の意味で、それぞれ宮古コトバである。
平良五箇 ( ピサラグカ ) は、旧藩時代の間切りで、
西里、下里、荷川取、東仲宗根、西仲宗根の五村のことである。
この平良五箇の歴史を探して綾道を歩いたものを紹介して行きたいと思っている。


アトンマ墓は、仲宗根豊見親墓の南方50mに所在する。
忠導氏ゆかりの墓で同氏族の継室 ( アトンマ・後妻 ) だけを葬ったことから
俗に “ アトンマ墓 ” と称されている。
墓の様式は岩盤と切石を組み合わせた彫り込み囲い墓である。
この墓がいつの築造されたか定かでない。

「忠導氏系図家譜」によれば、12世玄似(1764~1804)、
13世玄陳(1780~1840)、14世玄安(1815~1871)、
玄盛(1824~?)らが、それぞれアトンマを迎えているが、
そのなかで14世玄安(13世玄陳とアトンマ金免嘉との子)は、
1863年から1871年まで平良の頭職を勤め、権勢を誇った人物であった。
このことから、この墓が改修・整備されたのは12世玄似~14世玄安・玄盛の頃と推定される。

忠導氏は、16世紀初期に宮古の支配者として君臨した仲宗根豊見親を元祖に数多く頭職を出し、
勢力を誇った系統である。
その勢力・財力を背景に宮古の風習として本妻と同じ墓に葬ることが出来なかったアトンマの墓を設け、
その霊をとむらったものと思われる。


所在地 : 宮古島市平良 西仲宗根真玉
国指定文化財




近代競馬150周年を記念した 「 3冠馬の切手シート 」

2013-02-07 04:45:42 | 競馬・ボート







近代競馬150周年を記念したかつての名馬や記憶に新しい3冠馬が切手になった。
切手になった馬は、セントライト、シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、
メジロラモーヌ、ナリタブライアン、スティルインラブ、
ディープインパクト、アパパネ、オルフェーヴルの3冠馬10頭である。
現役牝馬で11頭目の3冠馬ジェンティルドンナは切手の配置上、
残念ながら切手になっていないが、どの馬もその時代を築いた名馬ばかりである。

これら3冠馬の他にもたくさんの名馬がその時代、その時代を彩っている。
たとえばハイセイコー、タケホープ、タニノチカラ、
トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラス、
カツラギエース、オグリキャップ、メジロマックィーンなどのように、
記録でも記憶でも残る名馬もたくさんいる。

なかでも・・・
キーストン、ハマノパレード、キシュウローレル、テンポイント、テスコガビー、
ライスシャワー、ホクトベガ、ワンダーパヒューム、ノアノハコブネ、
サイレンススズカ、エリモダンディ、メルシーアトラ、ケイエスミラクル
シンボリインディ、タガノテイオー、ムーライトタンゴ、エガオヲミセテ、
チアズシュタルク、メモリージャスパー、カツノコバン、
レガシーワイス、ニホンピロアンデス、マティリアル、
アストンマーチャン、コスモサンビーム、ハートランドヒリュなど

できれば急逝したこの馬たちのことも忘れないでもらいたい。