すぎなの風(ノルウェー編)       ∼北欧の北極圏・トロムソから∼

北欧の中のノルウェー、
北極圏でも、
穏やかで住みやすいトロムソから
お届けいたします。

「縁側の日・最後の日」から「夢」へ

2013-07-10 | 縁側の日

●メンバー、安定しいい関係!

実は、月に一度の「縁側の日」は、
昨日9日を最後とさせていただきました。

私の都合で
月一回の日が取りにくくなるので、
どうしよう?と考えて気づきました。

もう皆さんも家族の方も落ち着いていらっしゃる。
必要なときには、
縁側の日のメンバー同士で連絡を取り合える関係もできている。

だったら、
もう縁側の日は毎月一回なくてもいいのではないか・・・・と。


● 自分のしたいことに目を向ける

最後の日は、
いつも通り近況をお聞きしてから、
最後に「皆さんの夢・したいこと」を聞いてみました。

どうして?と言いますと・・・

私は母を見送った今も
「自分は何をしたいのか?」と問い続けています。

母と一緒にいた時は、
「自分に何ができるのか?
どうしたら母が安心することができるか?」

そんなことばかりを考えていたのですね。

それは、もちろん大切なことです。

でも、もうひと超え考えたらよかったなあ、
と今は思うのです。

それは・・・
「自分は何がしたいのか?」です。

私の場合、
友人から「本当に自分のしたいことをしてほしい」と言われて、
いかに自分が、
自分のしたいことをないがしろにしていたか(心の奥の奥で)に
気づきました。

そこで、アイルランドでのホームステイを決心した矢先、
母の様態が急変しました。

その中、迷いに迷った挙句
「行く!」と決めたら、
母の様態がみるみるよくなっていったのです。

「自分のしたいこと」も大事にしたからこそ、
「母との時間に一つの後悔もない」と言いきれるのだ、

と最近つくづく思うのです。

自分のしたいことを「介護」の陰に埋もれさせない。(ちゃんと目を向ける)

自分のしたいことに踏み出せないのを「介護」のせいにしない。(実現しようとする)

もっとよい社会であれば・・・・
という声も聞こえてきます。

でも、
それを実行する人がいなければ、
そういう社会が実現されるはずもないのです。

それは、介護する者だけでなく、
介護される者をも大事にすることになる。

そして、それは、「

介護」だけの話ではなく、
「子育て」も同じ。

子育てする人が自分を大事にすれば、
子どもも自分を大事にするようになる。

そこが、私が
「高齢社会は、子育てから」
「社会つくりは、一人一人から」

と思うところです。

********* ** ************ ** ***********

皆さんの夢の話の続きはどうなるでしょう?

早くも次にお目にかかれる日が楽しみになってます~(*^_^*)

さ、私も自分に正直に、
自分のしたいことに向かって、
一つ一つやっていきます!

皆さん、お元気で~~~!!!

これからも宜しくお願いいたします。

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「折り合い」は当然、でも「もしも!」があれば・・・?

2013-06-13 | 縁側の日

 

 ●本当の夫婦になれた気がします。

今日は、新しい方が来て下さいました。
しかも、男性です!

認知症でもあり、脳梗塞などに見舞われた奥様を
最期までご自宅で一人で看られたそうです。

彼がしてこられたことが、
どれほど大変なことであったかが想像できるだけに、
皆ただただ聞かせていただきました。

中でも、とても印象的だった言葉があります。

「心に寄り添うっていうのかなあ、
本当の夫婦になれたような気がします」。

●どれだけでも話せる女性のパワーはすごい!

そして、
私たちまでいい気分にさせてもらいました。

「僕はねえ、こういう場で自分の話をするなんて、
できなかったんですねえ。

だいたいの男性は苦手だと思いますよ。

でも、人前で話してみると、
自分でも気持ちを整理できて、
とてもいいんですね。

お菓子とともに、
どれだけでも話せる女性のパワーは、すごいですよ」。


●ぬぐいきれない介護者の「責める気持ち」

6人の参加者のうち、
既に介護していた親やパートナーを見送られた方が、5人。

病院、施設、ご自宅、病院と自宅と、
最期の場所、最後に向けて過ごした場所も様々です。

中には、
家族が施設に入ることになったことで
自分を責める気持ちがぬぐいきれずにいる方もいらっしゃいました。

なぜでしょう?

私たちが看た家族は認知症でした。

ですから、
「自分の意思を伝えることができなかった。
本当はどうだったのだろう?」

という思いがあるからではないでしょうか?

本人は、本当は自宅にいたかっただろう。

自分も最後まで家で看たかった。
でも、現実にはそうはいかなかった。
つまり、自分(介護者)の都合で施設を選んだんだ。

そういう気持ちが出てきても不思議はないと思います。

でも、
自分たちで看るには限界があったのも事実。

本人の希望(推測も含め)、
介護者の希望、
そして利用できる社会資源の中で
折り合いをつけていくしかないのです。

●もし、自宅のような施設があったら?

しかし、「もしも!」です。

「施設」が、
一人一人に合った生活ができる「自宅」のようであったら?

元気な頃から「あそこで暮らしたい」と本人が願っていたら?

実際、スウェーデンでは、
施設と言っても、
台所もトイレも寝室も客間もある「家」の形で、
自分のしたいように暮らすことができるそうです。

もちろん、「介護つき」です。

寝たきりは いない。
だけど、
延命治療も しない。

そんな話が出ました。


施設を自宅化するか?
自宅を施設化するか?

何か、日本ならではの方法が見つかるかもしれません。

そう、夢はでっかく!です。

 

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好き・嫌いは、変わりうる!!

2013-05-15 | 縁側の日

 

●2013.5.14.縁側の日より●

 

父が好きだった派?嫌いだった派?

今月は、白山分所でした。

窓越しに新緑が爽やかな空気を届けてくれ、
気持ちよく始まりました。

この日面白かったのは、
ご自分の父親との暮らしで
ストレスをためているお二人の話。

一方は、子どもの頃からお父さんが大好きで、
お父さんと腕を組んで歩いていたそうです。

もう一方は、子どもの頃からお父さんが大嫌いで、
未だに触れることすら抵抗があるそうです。

大嫌いだった人のストレスは見当がつきますが、
大好きだった人のストレスは?

自分が「お父さんのこんなところがいいな」と思っていたことを
お父さんが、できなくなってくる。

この現実を受け止めるのが大変なのだそうです。

「父のことが嫌いだった派」だった私には、
そうなんだ~です。

●自分の感性で父を見直す

私の場合、父だけでなく、
「父に似ている自分」も嫌いでした。

でも、子どもができる前、
私は母の話だけで、
父のことを「嫌い」と思ってきたことに気づいたのです。

そこで、自分の感性で父のことを見るよう努めてみたら、
今まで気づかなかった父が見えてきたのです。
誤解していたこともたくさんありました。

最期、11か月の父の入院中、
父の体を拭いている自分に驚いたものです。

●母のことも憎い!

一方、父を嫌いになるようなことを言った母のことが
憎くもなりました。

その母が認知症になって、
私が母を受け止めなくてはならなくなったのです。

そのお蔭で、またわかったことがありました。

母は母で父のことが大好きだったんだ。
大好きだからこそ、
もっとこうしてほしいという期待・願望が強く、
逆に嫌悪感として現れていたんだ。

それを子どもに愚痴ったばかりに、
子どもの私は鵜呑みにしてしまった。

でも、事実は違ったのだ。

●父も母も 自分のことも好きになってきた

それがわかって、
私はようやく母のことも愛しく思えるようになり、
この二人の子どもでよかったと思えるようになりました。

そして、父に似ている自分、
母に似ている自分、
どちらにも似ていない自分・・・

と自分のことも好きになれたのです。

なんと時間のかかったことでしょう。


「好き」「嫌い」という感情は、なんとも根深い!

でも、

「好き」「嫌い」という感情は、いくらでも変わりうる。

それも事実。

がんばれ~!

お二人の話を聞きながら、
そう思っている私に父と母の声が・・・

あんたに言われたないやろ。
おまえも夫婦してからや。

はいっ!


 

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プレゼントのような一日!

2013-04-16 | 縁側の日

●2013.4.14.

「縁側の日」の皆さん9人と美杉に行ってきました。

まずは、三多気の桜見。

今年はどこも桜も咲くのが早かったので、
桜は期待していなかったのですが、
なんの!

ばっちり満開、本当に綺麗でした~!

期待せずにいたお陰で、
思いがけないプレゼントのようでした。

約1時間、車中はおしゃべり。

車を降りて、
景色のいい所まで、桜はもちろん、
野草や椿やおたまじゃくしや猿回しや出店や、
寄り道を楽しんで、ぶらぶら。

 水田に映る桜を眺めながら、
参加者のお一人が
「桜横丁(ちょっと切ない恋の歌)」を歌ってくださって、
なんとも情緒溢れる花見になりました。

約1時間半、ぶらぶら歩いて
気持ちよくお腹の空いたところで
お蕎麦屋・庄庵へ。

まずで迎えてくれたのが、
あまごの塩焼きが並ぶ庵。

予約時間の2時間前から
焼いてくださっているのだとか・・・。

蓬・こごみの天麩羅など、旬のものから
手打ち蕎麦4種まで、
どれも手間と心がこもっているのに感動!

「10割蕎麦」がこんなに細く切ることができて
なめらかなのには、驚き!

蕎麦観が変わってしまいました!

退職後の第二の人生をと、
ご夫婦で移り住み開いたこのお店。

お店というよりは
「こだわりのお蕎麦を食べながらくつろげる家」
という感じでした。

なんとも幸せな一日でした。


来月の会場は、白山分所です。

参加できなかった方にもおすそ分けです~!!

 

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そばにいる人は、循環の元

2013-01-21 | 縁側の日

●1月15日 縁側の日より


 白山分所できました~!

今月は、白山分所でした。

いつも遠い白山から来てくださっていたので、
3,4ヶ月に一度の白山分所が実現しました!
(と言っても、個人宅なのですが・・・^_^;)

親のため、子どものためと思うなら。

参加者のお一人から「検診でひっかかった」という話しが出ました。

皆さんも大なり小なり
治療の必要な病気をしていらっしゃるんですねえ。
私も昨年は、尿路結石の治療をしました。

介護をしていると、
病気につながるようなストレスを抱えがち、
自分の健康管理を後回しにしがち。

そういうことなんでしょうね。

でもでも!

私はいつも思います。

子どものため、親のため、夫のため、と思う気持ちは尊い。

でも、子育てにしても、介護にしても、
そばにいる人も大事!

だって、その人が倒れたら、
大事にしたい子ども、お年寄りがとたんに困ってしまうんですもの。
そして、何より
病気になった本人が一番大変な想いをするんですもの。

そばにいる人が、元気で笑顔でいたら、
子どもも老人も笑顔でおれる。
そしたら、また、そばにいる人も笑顔でおれる。

そばにいる人って、
そういう循環の元なのだと思います。

だから、
サポートは、介護者や親に必要なんだよなあ~。

今日の成果やね!

それにしても、縁側の皆さんは頼もしい!

結果を聞くのが怖い。
どこの病院がいいか?どの先生がいいか?
と考えているうちに、時間がたっている
という人がいらしたのですが・・・。

このまま放っておいてはいけない!
と、じっくりとその人の気持ちを聞く方、
心から自分の体験を話される方、
「診察につき合いますよ」と申し出てくださる方、
その場でネットで調べるだけでなく電話で情報を確認してくださる方・・・

皆さんが病気をしたことがあるお陰で、
皆さんの経験と持ち味によって、
彼女は行く日、病院を決めて、
すっかり笑顔に変わっていきました。

「今日の成果やね」と言える皆さん。
素敵です!

 

人を大事にしたいからこそ!

まず自分!と聞くと・・・

自己中ではないか? 
私は冷たいのではないか?

という想いがよぎるかもしれません。

でも、
「人を大事にする」ということを
前提にすればどうでしょうか?

人を大事にしたいからこそ、
まず自分を大事に。

あらためて、私はそう思いました。

 

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あなたのネットワークは、大丈夫?

2012-11-17 | 縁側の日

●2011.11.14.縁側の日より

 

 指先使って、覚えて、楽しい!

今日もほっこりした縁側の日になりました。

もうすぐクリスマスだからと、
赤の折り紙を持って来てくださった方がありました。

折れたら、感動!

でも、悲しいかな・・・
もう折り方を忘れてしまいました・・・^_^;

指先使うし、覚えるし、楽しいし、
折り紙っていいなあ!

ということで、
折り紙の得意な彼女は、
ボランティアでお年寄りの集まりに行くことが
その場で決定してしまいました!

素敵!

●「プライベートネットワーク」と「オフィシャルネットワーク」

今日のキーワードは、
「プライベートネットワーク」「オフィシャルネットワーク」。

プライベートネットワークとは・・・

親族、お友だち、近所の人とか、一人一人のつながり。

オフィシャルネットワークとは・・・

行政には介護保険があり、
デイサービスやショートステイや老人施設、
そして、病院などいろいろな施設やサービスが存在しています。
それらを指すそうです。

高齢者の場合、
現在、個人とオフィシャルネットワークをつなげているのが、
包括支援センターケアマネージャーさん。

そして、案外知られていないのが、
民生委員さん。

民生委員は、
自分たちの町に住む人が安心に暮らせるように
行政のサービスとのパイプ役です。

「見守り」を例に考えてみると・・・

個人とプライベートネットワークのつながりだけでは、
そこまでは責任も持てない!
というのが、現状。

また、個人とオフィシャルネットワークだけだと、
個人が地域からはずれてしまいがちなのです。

だから、
プライベートネットワークとオフィシャルネットワークがつながると、
関わる人が楽になって、
オフィシャルネットワークが機能的になるのではないかという話しでした。

自分たちが高齢になった時かあ・・・?
私のネットワークで大丈夫だろうか・・・?

この日の参加者でも、
自分の地域の民生委員さんの顔がわからない、
という方も見えました。

少なくとも、
自分から民生委員に連絡を取ったことがある人はいませんでした。

私たちが高齢になる時、
私たちの親のようなサービスは受けられないでしょう。

施設は足りなくて、地域で生活せざるを得ない・・・?


「ネットワーク」・・・・

うーん、こりゃ、課題ですわ。。。

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時空を超えた「縁側の日」

2012-07-13 | 縁側の日

          栗の実、初々しい!          よーく見て。だし漬けゆで卵がイキ!    

2012.7.10.より

今月の会場は、白山の方のお宅でした。
全員で9人。
新緑を眺めながら、ちょっとしたドライブです。

それにしても、
この道のりを車を運転して
縁側の日に来てくださっていたのかと思うと、
胸がいっぱいになってきました。

たどり着いたお宅は、
緑に囲まれ、
川のせせらぎ、鳥のさえずりが聞こえます。
なんと涼しいこと!

この家が気に入って、
ご夫婦で京都から引っ越してこられた気持ちがよくわかります。

なんだか私たちも旅行気分!

● ふたたび三重に

部屋には、
45年前のウエディングドレスのご本人と
ニコニコのお連れ合の結婚式の写真に始まって、
家族の歩みを写した何枚かの写真が飾られています。

これまでのお二人の人生を垣間見るようでした。

この愛するお連れ合いが昨年末永眠。

一時は、
息子さんのお宅で暮らしていらしたのですが、

「寂しさや心細さはあるけれども、
縁側はじめ三重で得られた友人知人との絆を
なにより大切にして、
気楽に好きなことをして暮らしていきたい」

と、再び戻っていらっしゃいました。

その決意が、
これまで話しを聞いていたよりもじんわりと伝わってきます。

 今感じて、今できることをする

私たちは、家族が認知症になり困ったから、
出逢うことができたのです。

認知症の家族がすでに亡くなれた方は、
この日3人いらっしゃいました。

認知症の家族から学んだことは、大きく、
残してくれた物も大きいのです。

今感じることに耳を澄まし、
今できることをする。

それが、
私たちの、子どもたちの将来につながるに違いない。

「縁」や「つながり」に想いを馳せる「縁側の日」でした。

 

 

 

 

 

 

 

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家族が一生懸命だと、ひかれる・・・!?

2012-06-17 | 縁側の日

2012.6.12.縁側の日より

● 縁側の日のその後・・・

実は新しい人も来てくださっています。
行き詰っている人が目の前にいたら、
「縁側の日」を紹介せずにはおれない・・・

そりゃそうですよね(^_^)

来月の縁側の日は、
白山から来てくださっている方のお宅ですることになりました。

ホトトギスが鳴いているとか・・・
楽しみです!

「家族が一生懸命だと、ひかれる」。

今日、心に残った言葉は・・・。

「家族が一生懸命だと、ひかれる」。

これは、一生懸命になりやすい私には思い当たることがあります。
確かに、一生懸命やっていると、実際には思っていなくても
「こうやってしてほしいのよ」と
相手に伝わっていることもあるようです。

一生懸命で、周りが見えないのか、

そのことに気づかなかったんですね。

でも、
一生懸命やっていたから、
いろんな人が助けてもくださいました。

「聞く・話すチャンス」で解ける

「こんなに変わるんだ」という私の体験を思い出しました。

母が嚥下のリハビリのための入院から
自宅に帰ってきたばかりのとき。

私は、一生懸命の塊でした。

ある日、
ヘルパーさんの主任さんから電話がありました。

「こうすべき、と思っていらっしゃることもたくさんあると思いますが、
こちらもプロとして最善を尽くしておりますので・・・」

というニュアンスだったかと思います。

どうも、私が、いろいろな点で
「こうしてほしい」という要求を
たくさん持っていると伝わっているようでした。

「私は、母がスプーンで食べられるようになって
デイサービスやショートステイに行けるようになってほしいと願っています。

そのために『食べる』ことで
私が病院で教えてもらったことや経験はお伝えします。

その上で、
ヘルパーさんたちの経験でいいようにしていただけたら嬉しいです。

それ以外は、
『こうでなきゃ』とは全然思っていません。
ヘルパーさんのやり方でお任せします」。

「ああ、そういうことでしたか」。

その後、ヘルパーさんたちの様子も変わりましたし、
私も変わりました。
皆が楽になったようでした。

「一生懸命」が悪いわけではない。
行き違いは、
「聞くチャンス、話すチャンス」があれば、解けることもある。
そのチャンスが持てるかどうか。

私は、そう思います。

直接私と話すよう主任さんに勧めてくださったケアマネージャーさん。
それを実行して、きちんと確認してくださった主任さん。

あらためて、感謝です。

ありがとうございました。

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縁側の日・新しいステージへ

2012-04-16 | 縁側の日

4月5日(木)より

この日、「縁側の日」の新しいスタイルが決まりました。

◆第2火曜日 10:00~ 
 これまで参加してくださった方のみ。

◆「自分たちの豊かな老後に向けて」
 原点は、まずは自分たちが元気でいられるように。

◆お楽しみをプランニング
 介護を終えた人も現役中の人も参加できるような
 夕食会や日帰り温泉ツアー、音楽会、リラックス法の実践など・・・
 臨機応変、プランしていきます。

●人にわかってもらえない家族

「縁側の日」を始めたのは、4年前。

中道さんから
「認知症に関心のある人の集まりをしないか?」
と声をかけていただきました。

その時は、
認知症とは言え、母もまだ元気で、
「母も一緒にできるペース」を条件に
頭の体操を兼ねたおしゃべり会
くらいの気持ちで始めました。

当初は、母も参加して頭の体操もしていたのですが、
参加者が増えるとともに変わってきました。

集まってきた人が抱えているものは、
そんなものではなかったのです。

家族が認知症になると、
「どうしてこれができやんの!」
「どうしてこれがわからんの!」
と混乱の毎日。

これまでできたことが不意にできなくなっていくのですから、
家族は理解できない。

そのために喧嘩し、
家族の者が自己嫌悪に陥り、
くたびれ果ててしまうのです。

家の中と家の外では違う顔ができる。

これも、認知症初期の症状ですから、
いくら話しても人に判ってもらえず、
苦しむ。

当時は、
今ほど「認知症」のことも知られていませんでしたから、
当然です。

自分の思いを話しながら、
まず家族が少しずつ自分を取り戻していくようでした。

そして、認知症の家族の様態を話し、
認知症のことを知り、
どう対応していったらいいか
各々のコツを得ていくことができたのではないでしょうか。

●進行の早さと社会資源のマッチング

認知症の進行は早い。
しかも、他の病気を併発しやすい。

私も母の「認知症」を受け入れた時、
今のような状態が訪れようとは
想像もしていませんでした。

皆さんもそうだったと思います。

しかし、症状は刻々と変化していったのです。

先月と今月で症状が違うということも度々です。

極端な例は、
やっと対策が見つかって帰っていったのに、
翌月の縁側の日には、
お葬式だった・・・ということもありました。

その進行と状態の変化の早さに対応していくには、
認知症の家族のことを
よく観察した上での判断が要ります。

皆さん、それができるようになっていったのだと思います。

自分たちだけでは看ることができない現状を知り、
どんな社会資源があり、
どのように使って行けばいいのか?

「縁側の日」は、
それを常に試行錯誤していく相談会のようになっていきました。

●「縁側の日」自体がネットワークに

気がつけば、「縁側の日」自体がネットワークになっていました。

それは、認知症の家族だけでなく、
中道さんの他にも参加者として、
ケアマネージャー、施設長、看護大学の先生など
いろいろなお仕事をしてらっしゃる方が
参加してくださっていたからです。

ですから、
愚痴を吐き出すだけの場でなく、
皆が明るくなって道が開ける場になっていたのだと思います。

そのうちに、
自分たちに合った社会資源を
自分で探すようにもなっていきました。

今では、皆さん、
施設や病院と
またその認知症の家族の方と
程よい距離で、うまくつきあっていらっしゃいます。


●共に歩んでこれたから、ここまで来れた。

すでに認知症の家族の方を
見送られた方もいらっしゃいます。

「認知症」の場合、
死別ではない「別れ」・・・
「過去のその人との別れ」
「入所時の別れ」 というものを
人によっては何度も経験するのではないでしょうか。

その傷みは、体験した者にしかわからないかも知れません。

そういう思いを共有できる人たちに出会えたのも
「縁側の日」があったからです。

また、私たちは同じような時期に出逢えたお陰で、
実際に介護しながら
共に歩んでくることができました。
 
●縁側の日の節目を実感

しかし・・・

これから新しい人が訪ねてこられたらどうだろう?
以前のように自分ごととして考えることができるだろうか?
その人たちをサポートすることができるのだろうか?

認知症の人、
その家族の人のサポートは必須です。

しかし、そうそう容易いことではありません。

「縁側の日は、一つの節目に来た」

そう私は実感していました。

折りしも、
三重短期大学で講師をしていらっしゃる中道さんが、
今春から木曜日の午前にゼミが入り、
第一木曜日はできなくなりました。

そこで、「縁側の日」を続けるか、
また、続けるとしたら、どのようなことを望むか?
と皆さんにお尋ねして検討しました。

そして、
「縁側の日」の新しいスタイルが決まったわけです。

認知症の家族が残してくれたご縁を大切にしたい。

それが皆さんの思いでした。

●一人一人が社会の光に 

最後に中道さんから、
思いがけない言葉がありました。

「わしも、講師ではなく、
一参加者にしてもらえると嬉しいんやけどなあ・・・。

学生をここに来させてもらったり、
あんたらに学校に話しに来てもらう
というのもできるといいんやけど」。

なるほど~

「縁側の日」の出会いを大切にしながら、
一人一人が、それぞれ社会でできることもきっとあることでしょう。

小さくても、それは「光」。

今度から、中道さんも一参加者です。

 

さてさて、どうなりますやら・・・
楽しみです。

というわけでございます。

皆さんに提供できることがあれば、
ブログでも紹介していきますね。

★★ 長文をお読みいただき、ありがとうございましたm(__)m ★★

 


 

 

 


 

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4年目、みんな自分を大事にしているんだわ。

2011-12-07 | 縁側の日

皆さん、またまたご無沙汰してしまいました。

あれから、私がまず始めたことは、
家の中の荷物の大処分でした。

世に言う「断捨離」です。

封印にしていたものを開くこともでき、
本当に心の整理までできました。

元気に縁側の日もやっておりましたよ。

ご報告致しますね。

2011.12.1.より


今日は、12月でおしゃれなロールケーキを二種類も用意しました。
一年よく頑張ったよね、という気持ちです。

最近の縁側の日は、話題が随分変わりました。

体調が悪い話で始まったのですが・・・。

みなさん、話も聞くけど、ロールケーキも味わっている。

そして、そのあとは、

フランスに行った話、
ホノルルマラソン出でる話、
ドイツに行く話、
オーロラを見にノルウェーに行く話、
そして、ヘルパーの免許を取った話
と続きした。

縁側の日は、4年目になりました。

当初から来てもらっている人が多いのですが、
介護が終わったわけではありません。

ただ、皆さんが「介護」の枠の中にいながらも、
その枠にとらわれずに
自分のことを大事にできるようになっているのですね。
それは、人のことを大事にできるということにもつながります。

そのことを実感しました。

長い時間をかけないと見えてこないことがある。
親がいてこそ、自立できる。

そういうことを共有できると言うのも頼もしい話です。

これからこそ、
私たちの未来に向ってこそ、
その力が発揮できるのではないか。

そんな予感がしました。

縁側の日をやってきてよかった~~~!

あらためて実感した日でした。

 

 

 

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