すぎなの風(ノルウェー編)       ∼北欧の北極圏・トロムソから∼

北欧の中のノルウェー、
北極圏でも、
穏やかで住みやすいトロムソから
お届けいたします。

「安全」より「安心」を

2008-12-17 | 縁側の日

明日は縁側の日。

6回目です。

11月の縁側に日から

少しご紹介いたします。

 

11月6日・縁側の日より 

11月だというのに、
縁側から差し込む日差しは暑いほど。
まさにぽかぽかの「縁側の日」でした。

今日の参加者は5人。皆40代。
「このメンバーなら・・・」と中道さんが、ごそごそ・・・。
出てきた資料は、
「認知症の中核症状と周辺症について」と
「マインドマップ」。
参加者に応じて臨機応変なのです。
ほんと、ありがたいです~。

●認知症の決定的症状とは?

「認知症の人って、
何もわからなくなって、
徘徊したり、
暴力的な行動をとったりするんでしょう?」

このように思っている方は、いらっしゃいませんか?

でも、違うんですって。

「徘徊・暴力的な行動」は、
「認知症」の決定的な症状(中核的症状)ではないのです。

じゃあ、認知症の決定的な症状とは・・・?

・記憶障害(新しいことを覚えられない・思い出せない)
・実行機能障害(段取りが立てられない 例:着替えができない)
・理解・判断力の低下
・見当識障害(時間や場所の感覚、人間関係がわからなくなる)

ですから、
「徘徊・暴力的な行動」というのは
一部の症状(周辺症状)に過ぎないんです。

●「意思を表現する方法」がわからない。

「徘徊・暴力的な行動」には、ちゃんと訳がある。
何にもわからなくてしているわけではないのです。

 例えば・・・・

自分の居場所がなくて不安になって、

居場所を探すために徘徊していたり、
自分がしたいことを妨げられているから、
暴力的な言動で抵抗していたりするのです。

何にもわからないのではないのです。

ただ、

「意思を表現する方法」がわからないのです。

ですから、
「徘徊するから」と施設に入所したとたん、
徘徊をしなくなることもあるのですって。
また、一日とはいかなくても、
3ヶ月~5ヶ月もすれば、
徘徊はしなくなるのだそうです。

時間の差はあれ、
「安心できる居場所」ができたということなのでしょうね。

つい「安全」を考えて、閉じ込めたりしがちですが、
「したいこと」に耳を傾けることが大事なのですね。

「安全」よりも「安心」を。

なんだか、子どもにも言えませんか?

●「マインドマップ」は、
 相手に寄り添うツール。

今日音読したのは、
「キヨちゃん大好きだよ(文・絵:藤川幸之助クリエイツかもがわ出版)」

何度読んでもジーンときます。

この中の場面、例えば・・・

オムツを替えるとき、チョロリとお漏らしするとき、
ぼくは、どんな気持ちだったんだろう?
キヨちゃんは、どんな気持ちだったんだろう?

皆で思ったことを言い合って、書き込んでいくのです。

「オムツをはずししてもらって、
開放感があるんじゃない?

「おむつされるって、窮屈でいやだと思うなあ」、

「おむつをはずされたら、恥ずかしいじゃない。
でも、緊張するんじゃなくて、
キヨちゃんは、その人に対して安心しているんだよね」。

などなど・・・

本当のところは、キヨちゃんに聞いてみないとわかりません。
でも、「わかろう」とする練習になりますよね。

日常の出来事についても
「~の気持ちはどんなだったんだろう?」
と考え書き出してみると、
人間関係が変わるかも!

「マインドマップ」他の場面でも使えそうです!

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晴れやかな朝にゴールドツリー!

2008-12-17 | 素老日誌

11月28日より

目が覚めると、母も目覚めていた。

よく眠れたようだ。
表情も口調も落ちついている。

外は、お天気がよく、
病室からの眺めに母と見入った。

母:津の風景とまた違ってええもんやなあ。

ああ、いつもの母に戻っている。
よかった・・・。

もう今夜は泊まらなくてもいいかな?
と思ったが、
昨日までのことがあるので、
もう一晩付き添ってほしいとのこと。
たぶん、今夜は大丈夫。

病室から見えるイチョウの木がまぶしい。

クリスマスに先がけて、
ゴールドツリーだ。

穏やかによく眠れますように。

兄のお嫁さんと交代して津に帰る。

 

 

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点滴が、「邪魔」から「命づな」に

2008-12-16 | 素老日誌

11月27日(木)より

●またもや点滴抜いて血だらけ。

兄嫁と交代して、家に帰る。
入浴はできたが、仮眠する時間がない。

教室の仕事を済ませて
夕食を取って、再び病院へ。
病院に着いたのが23時30分。

母の部屋に近づくと、不気味な声が響いてくる。

予感的中!
声主は、母であった。

また点滴を抜いたのだ。
そのままかなり動いたのか、
腕も足も床も布団も寝巻きも
血で汚れている。


後片付けをして下さる護婦さんに謝る。
また睡眠の注射を打ってもらう。

母がベッドについてからどうなったのか・・・
全く覚えがない。
昨夜からの寝不足で私はすぐに眠ってしまったのだ・・・。

ふと目が覚めると、数人の看護婦さんが・・・。
また点滴を抜いたのだ。

難儀して点滴の針を刺し終えて、
静かに看護婦さんたちは姿を消した。

点滴を抜くのは、痛みを感じないが、
点滴の針を刺すのは、痛いようだ。
細い腕に何度も刺されるのは、痛々しい。

●点滴を抜くのは、母のプライドから?

ああ、またしても私は監視できなかった!
ああ、まったく私は何をしに来ているのか!

ふと思った。

「監視」しようとするからいけないんだ。
私がいなくても大丈夫なように。
そのために私はここに来ているんだ。
そうだ。

そこで、考えてみた。

母はどうして点滴を抜くのだろうか?

看護婦さんは言った。
「病気がさせるんですから、仕方ないですよ」。
「そうですよね」と私も言ったのだが、
果たしてそうなのだろうか?

認知症だから、点滴を抜くのだろうか?
興奮状態だから抜くのだろうか?

点滴を抜く母の理由があるはずだ。
母がずっと訴えているのは、
「おしっこくらいさせてもらわな、困る!」

直腸脱になって、
排便が不自由になり、
とうとう紙パンツを受け入れた。
しかし、小便は自分で行っていたのだ。
それが、母のプライドだったのではないだろうか?

ところが、
自分でトイレに行こうとすると点滴が邪魔をする。
だから、点滴を抜く。

また、そのときには
認知症だからか、興奮状態だからか
不思議なことに痛みを感じない。

それだけのことではないのだろうか?

●「『命づな』を一緒に連れて行ってな」。

母が落ち着いたところで、
ゆっくりと話してみた。

今は、食事が食べられない。
だから、「点滴」がとっても大事なんだ、と。

すると、母はこう言った。

母:あれぇ、そしたら、これは『命づな』や。
娘:そう、『命づな』よ。
だから、いつも一緒にいてほしいの。
トイレに行くときにも一緒に連れて行ってほしいの」。
母:あー、わかった。
娘:でも、一緒に連れて行くことを忘れちゃうよなあ。
  紙に書いて貼っておこうか。
母:ああ、そうしてもらえたらええなあ。

そこで、看護婦さんに紙とマジックを借りて書いた。

   「これは『命づな』です。

        いつも一緒に連れて行ってな」


これを点滴の器具に張った。

娘:もう一枚貼りたいんやけど。
目が覚めて一番に見るところはどこ?
母:(周りを見回して・・・)ここやな。

それは、枕の横のベットの柵だった。
なるほど!
ここは、私には思いつかんわ。

「命綱を一緒に連れて行ってな」。

そう書いた紙をそこに貼った。

 

次に私が目が覚めると、
母の立っている姿が目に入った。

そして・・・

母の右手は、点滴の取手に掛けられている。

お母さん、やったぁ!


こうして母の願望「トイレ行き」が実現した。

 

 


 

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術後、一睡もしない母との夜

2008-12-13 | 素老日誌

11月26日(水)より

9時から手術。
手術後は疲れてすぐに眠るだろう、と思いきや!

まったく眠らず動きっぱなし。
「看護婦さんだけでは無理」ということで、
夜の付き添いをすることになった。

予定外だぁ・・・!

●「トイレくらい行かせてもらわな、どもならん!」

術後は、紙おむつか、人工的な排尿か?
と問われ、日頃使っている「紙おむつ」をお願いした。

ところが、
「漏れた時のため」と「自ら排尿する」とは、
同じ「紙おむつ」でも違うらしい。

「トイレに行く」と言ってきかない。
安静にするどころではない。

「トイレくらい行かせてもらわな、どもならん!」

人としての権利権を守るがごとく、
どすの利いた声である。

体に手が触れようものなら、
「邪魔されてなるものか」と振り払う。

その様は、明らかに異様・・・!

認知症からくる症状かと思ったが、
全身麻酔の後にある「興奮状態」らしい。

●首の点滴も抜いてしまった!

「これだけは絶対にはずされないように」。
「これ」とは、首にとりつけた点滴。

私はそれを監視しなくてはいけないのだ。

うとうと・・・ハッ!

まさか・・・

首の点滴がはずされている・・・

ほんのちょっとの隙に やられた~!!

夜半の1時だというのに
お医者さんも駆けつけて、処理してくださる。

私がついていながら・・・・申し訳ない。

しかし、一睡もしないで動きっぱなしの人の「監視」には、限界がある。

このようなことに毎晩つきあっている人もいるのだろう。
夜半に眠れていたことは、ありがたいことだったんだ。

●「睡眠の注射」が効かない・・・。

夜半3時、看護婦さんが言い出した。
「睡眠の注射を打ちましょうか?」

副作用はないのだろうか? 
咄嗟にそう思った。

しかし、これでは私の身ももたないし、
母もますます異常になっていく。
注射をお願いする

しかし・・・!

注射の効果は、まったくなし・・・
へえー、効かないことがあるんだぁ!

●「子守唄」も効かない・・・。

母:トイレに行ってくるわ。
娘:今日は紙おむつでしような。

何を言っても、この繰り返し。

ふと、思いついたのが、「子守唄作戦」。

よし!

ところが・・・
寝させてもらえない、
同じことに何度も答え続けてきて、
イライラ・・・!

優しい声なんて・・・
子守唄なんて・・・無理だー!

そこで、心の中で歌いながらお布団をとんとん・・・。

母:なんや?
娘:子守唄でも歌おうかと思って。
母:そうやな。

母は私の頭をなぜながら、
五木の子守唄を歌い出した。

「逆やん!」と思いつつ、私は「子ども」になりきることにした。

なんと母は、2番までを全部歌いあげたのだ。
こういうことは、よく覚えているんだよなあ。

歌いきって、母は言った。

母:さあ、あんたはもう寝な。
  私はちょっとトイレに行ってから寝るから。

ああ、今夜はまだまだ終わらない・・・!

 

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いよいよ母入院

2008-12-04 | 素老日誌

11月25日(火)

母、いよいよ入院。

この日は、楽だろうと思いきや!

手術前に腸の中を空っぽにするため、下剤を使う。
スポーツ飲料のような味のするものを1.5ℓくらい。

全部飲み干そうにも、冷たくてなかなか減らない。

少し飲んでは布団に入って温まり・・・

おーい、いつになったら飲み終わる・・・?

ついに飲みほす前に効き目が出てきてしまった。
トイレへ。

昨夜、腸子チャンを入れてクリームを塗りながら

感慨深げに思ったものだ。

「こういうことも最後かな」。

・・・甘かったな。

全部飲み干し、大丈夫となった時には、もう夕方の5時。

朝10時に着いてから、なんと長いことよ。

私が帰ったあと、
「私はここで何をしとるんやろ?」などと
看護婦さんや同室の人を困らせたらしい。

翌日、同室の人は、別の部屋に移っていた・・・。


 

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