ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
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よくぞ生きていて下さった

2005-05-28 09:39:23 | つれづれ日記
フィリピンのミンダナオ島で発見されたという
旧日本兵の方々、本当によくぞ生きていて下さった・・と思う
ミンダナオ島と聞いて「ああ、太平洋戦争時の・・」と思う人は
かなり少なくなっているだろうなあ。
(それはグアムとかサイパンも同じ)
そういう意味ではよく私などは「戦前から生きてたんじゃないの?」と
言われてしまう口なんだけど

私の父は大正4年生まれで日中戦争に徴兵された人。
今回見つかった方々よりはちょっと年上といったところ。
父にしても元第30師団の方々の戦争時の体験談というのは
本当に貴重であると同時に、私達戦後生まれにはわからない
悲愴さとそして「覚悟」のようなものを感じる。

あの南方戦線は、想像するだけでも恐ろしい。
暑さ、武器不足に飢え、ちょっとした体調不良が
即「死」に繋がっていくような地獄絵図。
そんな中で戦いつづけ、一方は生き残り、一方は死んでいく。
絶望的な光景を見つづけた人々はそれだけでたたえられていいと思う。
そういう意味では「A級戦犯」問題は別にして
いわゆる「戦死者」を公に悼み、戦争に行った人々の話を聞くという事は
大事な事ではないかしら?

戦後、何でもかんでも戦前の考えはよくないという風潮が生まれた。
徴兵されて戦争に行った人、職業軍人だった人、特攻隊だった人。
みんな否定された。
「戦争に加担したじゃないか」と責められた。
「国のために戦ったことそのものが危険思想で罪」
みたいな考え方が常識になったよね。
彼らが「国家の命令」でそうせざるを得なかったと言っても
愚かな戦後生れは「あんた達みたいなのがいたから
日本は戦争をしたんだ」なんて言う人もいたっけ。

だけど、本当にそうなのだろうか。
私達は、世代の風潮に流されて、貴重な「戦争」体験というものを
あまりにも無視し、見過ごしてしまったのではないか。
アジアから突きつけられた「加害者意識」に翻弄されて
戦争に行った人たちをないがしろにしすぎたのではないか

彼らの話を聞いたからって、彼らの悲しみや恐怖を知ったからって
「軍国主義日本」を肯定するものではないという事を
もう一度知るべきではない?

多分、今回見つかった日本兵の方々は最後の生き証人になるだろう。
そして、この事が、「日本が体験した戦争」というものを
語る最後のチャンスになる筈。
もう一度、もう一度だけ、あの時代をリアルに生きて、何のために
戦い、傷つき、死んでいったのか、残された私達は何をすべきか
考えてみようよ。
「太平洋戦争」とは日本人にとってなんだったのか。
戦前の価値観とは日本人にとってどんな意味があるのか。
タイムトンネルをくぐって・・・・・・
コメント
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