ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

ROYAL STRAIGHT FLUSH

2011-10-30 17:07:45 | 宝塚コラム

テーマはずばり「アメリカ」ですね。

それはいいんだけど、ちょっと「アメリカ万歳」をやりすぎた感があります。

ポーカーの最高手である「ロイヤストレートフラッシュ」にかけて、アメリカを

「最強」「最高の」と表現したかったんだろうなあって

途中までは元気で派手なショーでこれはなかなかと思っていたのですが、

ベトナム戦争を扱った時点でペケ。

こういう所に斉藤吉正の「歴史を知らない」部分が出てくるから困り物

そもそも出てくる楽曲のほとんどは40代以降に馴染みのある曲ばかり。

という事はそういう客層もターゲットに入っているという事ですね?

この世代は「ベトナム戦争」の悲惨さやアメリカのやりかたの惨さをよく知っているんです。

なのにここであからさまに「アメリカ万歳」をやられたんじゃ・・・

昔、草野先生が「ON THE 5TH」で9・11テロを入れて批判されましたが、今回も

またしかり。戦争やテロと切っても切れないアメリカの「影」の部分をどう表現するか。

これは課題であると考えます。

 

あとはいつもの斉藤節というか・・・うさぎちゃん、また出てきたよ・・アリス?

舞羽美海のアリスは色気がないっ 美海より愛加あゆの方が可愛い?

早花まこの方がかなり美しい が印象的。

全体的にスピード感があって流れるように進んでいくのは楽しいけど、ともすれば

だらだら感が。メリハリがなかなかつかないなあって。

だからこそ、13場の若手ダンス「ワイルドカード」は素敵だなあと思いました。

またフィナーレの「戦場にかける橋」もよかったなあ。

 

雪組の歌唱力の低下は著しいと感じました。一人ひとりは上手な人がいるけど

揃わない、はもらない・・・雑音に聞こえて。

そういう中で音月の朗々とした歌声は貴重だし、安心して聴いていられるただ一人。

でも、月組じゃないけど、ここまでトップに頼りきりなのはどうかと

本当なら「戦場にかける橋」も誰かがソロで歌うべきシーンですよね?でも、それが

出来ないから音月にところどころ歌わせて躍らせる・・・

声が伸びる人が一人くらいいないと。あるいは美声の持ち主がいないときつい。

早霧・緒月・沙央・連城あたりの声の悪さをなんとかしてっ

 

それと「ゴーカイジャー」もどきの戦隊シーンね。面白かったですよ。

最近は主婦さんでも戦隊ファンが多いから違和感はなかったんじゃ?

斉藤君も「ゴーカイジャー」みてるんだーと思ったらちょっと親近感

 

 

 

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仮面の男2

2011-10-30 11:27:18 | 宝塚コラム

 仮面の男 

私は「三銃士」は人形劇しかみてなくて。レオ様の映画も見てないので、どのあたりが

似てて違っているかなんて事はわからないんですが、少なくとも「仮面の男」に出てくる

三銃士及びミレディはもっと歳をとっていないとダメなんじゃないかなあと。

 

 ストーリーについて

構成がめちゃくちゃです。

 モリエールの口上及び「17世紀説明芝居」はいらない。

 居酒屋無銭飲食及び「ハウ・トウ・サクシード」シーンはいらない

 サーカスシーンでの「とりかえ」が不自然。もう一人をさっさと出さないと変。

 コンスタンスとダルタニアンの別れのシーンをなぜ紗幕で分けたの?

  ネックレスを渡す場面でなんで一瞬、暗転したの?(紗幕があるからでしょ)

 ネックレスはダルタニアンからより王妃からの方が価値があり、盗ませるより

  フィリップが持っていれば母と息子の再会が感動的になり、ダルタニアンもすぐに

  納得した筈。

 王が女好きである事を表現するシーンが長すぎるし、下品。唇ベッドも下着女も

  いりません。

 ルイーズを得る為にラウルを捕らえるとか、王が直接ルイーズに侍女になる事を

  すすめるとか・・三銃士がルイーズの動きに無関心でラウルから手紙が来るまで

  事の次第を知らないとか・・・ありえない事だらけ。

  ここはルイーズが最初からミレディ風の悪女にならないと話が持ちません。

 フィリップとルイーズの逃亡劇が長すぎる。意味が感じられない。

 影絵で馬が疾駆するシーンは舞台ではダンスなどで表現するもの。映画やテレビ

  と舞台の違いを認識すべき。

 大階段を出してまでの戦闘シーンが無駄。そこにコンスタンス殺害シーンを

  影絵で入れるなんて愚の骨頂 コンスタンス殺害シーンは最初に出すべき。

  せっかく大階段を出したのだからフィリップとルイーズの華やかな舞踏会シーンで

  終わるべきでは?

 ラウルの兄が「弟の敵」としてルイを殺す → そしてフィリップを担ぐ ならわかるけ

  ど、台詞上、順番が逆。フィリップを救い出してからルイを殺す事にしている。敵の

  印象が薄い。

とまあ・・・「難しい」と思う部分を全部映像やら影絵で表現しているので手抜きの印象が

強いです。舞台で映像を使うのはよほどうまくやらないと舞台の印象が悪くなるだけ。

また、長い台詞を書いていますが、「本当に意味わかって書いてる?」というのが

本音 ただ今風の小説風台詞を長々言わせておけば感動するとでも思っている

んじゃないかと。

 

 陳腐なエロ・グロ・ナンセンス

まず、色使いが毒々しい。場末のショーパブに来たような雰囲気に驚きました。

唇の形のベッドをルイが使用していたとは「普通」に考えてありえないし、「不思議」を

追求したらもっとセンスのいいロココ調華やかなベッドになったのでは?

サーカス衣装に関しても「一体いつの時代の話?」と思う程にひどい色使いで、

晴華みどりの人間ミラーボールにいたっては呆れてものが言えない。

なにゆえ、スカートの裾を開いてボールを出し、自分で回す ストリッパーじゃ

ないんだから・・・・・・ しかも暗転の中、延々と下手に立ってるし・・・・

影絵の「うさぎと亀」はどこの国の話だと・・・・?フランスの古い民話くらい思い

つかなかったんでしょうか 教養がなさすぎ。

 

 出演者について

 

音月桂・・・ルイとフィリップ。

       役の演じわけはしっかりしていたし、感情がこもっていて共感出来ました。

       こんな作品でお気の毒としかいいようがありません。

舞羽美海・・・ルイーズ。

        トップの娘役なのにこの出番の少なさと扱いの軽さ 「堕天使」の舞風

         りらよりひどいんじゃないかと 台詞で表現するシーンが少ないので

         ラウルの敵を狙う娘から王へ恋をするとまどいや恥じらいが感じられません

         でした。

早霧せいな・・・ダルタニアン。これまた二番手なのになかなか出てこないなあと。

         出てきたと思ったら悪役?なのに終盤近くで突如の改心とはっ

         役をどう捕らえたらいいかわからなかったでしょうね。歌唱力に難ありすぎ。

未涼亜希・・・アトス。なーんか集団の中で埋もれてしまう印象が。見せ場もないし。

緒月遠麻・・・ボトス。三番手に昇格?でしょうか。背が高いので目立つし、本領発揮。

       ワンパターンにならないように気をつけて。

蓮城まこと・・・アラミス。明るいキャラで素敵だけどもう少し工夫を。

沙央くらま・・・サンマール。ダルタニアンに心酔している様子があまりみられず。

         っていうかそもそも悪役がダメ。

彩那音・・・ルーヴォア。さよならなのにこの役。意味不明でいてもいなくてもいい役柄。

       何でロシュフォールにして一元化しなかったのか。ひげが似合わず・・気の毒。

大湖せしる・・・ロシュフォール。小柄さだけが目立つ変な役。

彩凪翔・・ラウル。この芝居では一番おいしい役。可愛いし誠実だし。

彩風咲奈・・・モリエール。ひょうきんさは面白かったけど・・・

 

 

 

 

 

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仮面の男1

2011-10-30 10:51:32 | 宝塚コラム

一言でいうと下品で陳腐でまとまりのないお話でした

児玉明子はなにゆえにこのような作品を書き、演出したのかしら?と思っても

なかなか答えに辿りつきません。

なので、パンフレットに書いてある彼女の言葉を引用いたしましょう。

今回、私が舞台版の「仮面の男」を作るにあたり、まず一番最初に感じたことは

17世紀とはどんな時代だったのだろうか?ルイ14世や三銃士たちの生活とは

どんなものだったのだろう?という事です。

私達が今まで目にする、この時代を題材にした映画や舞台の多くは、シリアスで

重厚なイメージの作品が多いように思います。しかしそれはあくまで現代の私達が

作り出したものであり、本当の17世紀のルイ14世たちは、今とは違った常識や

時間の流れ、価値観を持ち、生活していたのではないか?

そしてその生活や行動派今の私達からみたら、少し

不思議だったり、時には滑稽な事もあったのではないか・・・と。

もしもこの「仮面の男」が他のコスチューム物の舞台や、チラシやポスターを

みた皆様の想像と異なるものでしたら、それはそのような演出意図によります。

そして、大劇場で改めてこの作品を見つめ直しまして、この作品の持つテーマや

ストーリー、そして登場人物達の持つ魅力をより一層深める為にも手直しを

させて頂きました」

 作家のモリエールが登場し、「17世紀とはなにか」を説明する為に

  水戸黄門・ジャンヌ・ダルク・マリー・アントワネットを出してきて、結果的に

  「ちょっと古かった」「先を行き過ぎた」「要するに中間点のお話です」と持って

  来たわけですが、「不思議な世界」「滑稽な世界」を表現しようとしたにしては

  陳腐で観客に伝わりません

 17世紀を説明したいなら、きちんと最初から政治的背景や宗教的な背景を

  描く必要があるのでは?三銃士が活躍した時代の流れから彼らをストーリー

  テラーに置いてコンスタンスとフィリップの話に持っていけばスムーズでした。

 映画や芝居が重厚なのは「現代人が考えた想像上のこと。だから何をどう

  想像してもいい」と児玉氏は考えたのでしょうが、例えば戦国時代に戦が不可欠で

  あったように、豊臣秀吉といえば金ぴか好きであったように、外せない事実を

  背景にしているから重厚にならざるを得ないのです。

  (でも今回の映画「三銃士」は軽いテンポですけど、きちんとセオリーは守って

  いるようですよ)

  ルイ・14世の時代といえば「ロココ」の華が咲いた時期。彼はヨーロッパでバレエを

  初めて上演した人であり・・そういう事を考えると舞踏会はワルツが主流。

  少なくとも下賎なサーカスもどきのエロ・グロ・ナンセンスではなかった筈。

  また「不思議」「滑稽」を求めたとしても、唇の形のベッドやら人間ミラーボール

  影絵で「うさぎと亀」もありえないと思います。

 児玉さん、芝居で一番重要な事ってなんだと思いますか?それは「リアリティ」

  です。どんなに大昔の話でも未来の話でも、そこに「リアリティ」がなければ

  観客は面白く感じませんし、身近に共感するものがなければ見ません

   児玉さんは脚本を書くにあたっての一番初歩の初歩、「リアリティ」「共感」

  学んでいないんですね・・・・・

 脚本はまず役者が読んでみて「これはやりたい役だ」と思わなければ上演され

  ません。でも宝塚では役者の意思とは関係なく演じなくてはなりません。

  それにあぐらをかいて、役者が演じるのに困ってしまうような作り方をするのって

  一番失礼なことだし、許されないことです。

  児玉さんは、今回の脚本、本当に音月桂や舞羽美海が喜んで演じたと思いますか?

  「やってみたいなあ」「面白い話だなあ」と共感されましたか?

  残念ながら観客はそう思わなかったんですよ。

  ゆえに歌劇団への「批判」「苦情」になって手直しをしなくてはならない羽目に。

  今までもそういう事例はありましたが、上演前にそれを発表されるという事は

   ありませんでした・・・・・それだけ惨かったという事です。

  でもこの責任は児玉さんにだけあるのではありません

  脚本が出来た時点で、きちんとチェックしなかった歌劇団が一番悪いんです

  脚本は何度も書き直しをしなくてはなりませんどんな作家だってそうですよ。

  垂れ流しのように「はい、出来上がったからこれにそってやって」じゃないでしょ

 きちんと脚本をチェックする部署を持たないと、今後も同様のことが起こります。

  また児玉さんは「大劇場芝居の作り方」を学んで頂きたい。今回の作品は

  下北沢あたりの小劇場でやるなら問題はなかったかも。でも宝塚の舞台では

  タブーです 宝塚と外部の違いがわからないという事は、本当は宝塚のこと

  嫌いなんじゃないですか?

  それとパロディ化するのとパクルのは別ですから・・・・・

  「ハウ・トウサクシード」が出てきた時はどうしようかと思っちゃいましたよ。

  著作権、大丈夫なんでしょうね

 という事で、「脚本講座」をやろうかと思ったけど、金欠で「ル・サンク」が買えない。

  

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