♪♪あなた知ってる?~広島~

HP「広島ぶらり散歩」編集&更新の履歴ブログです。
広島市は“平和都市”のほか“水の都ひろしま”も推進しています。

中区:(広島流川教会)砂本貞吉レリーフ

2018年07月31日 08時14分21秒 | 雑関連
中区上幟町の広島流川教会の礼拝所前室壁に掛けられていた広島流川教会創始者「砂本貞吉レリーフ」です。

*わたしは、広島女学院創設者・砂本貞吉(1856-1938)を知り、
2005年交流ウォークで西区己斐の蛇抜(墓地)に建立されている「砂本貞吉の墓」を訪ね頁を編集していましたが、その人物像は知らなかったのです。
ここ広島流川教会でそのレリーフを2018年拝見し、こういう方だったのだと撮影しました。

(裕編集の)砂本貞吉レリーフ

7月31日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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中区:(旧広島流川教会)被爆した定礎板

2018年07月30日 08時24分09秒 | 被爆建造物等
中区上幟町の(現)広島流川教会に取り付けられている「(旧教会の)被爆した定礎板」です。
*長い事倉庫に保管されていたそうでしたが
2017年(現)教会定礎板の根際に「被爆した定礎板」が設置されたそうです。
五つのクラックがあり(板も割れているようで)、表面下部に剥離があることから原爆被害をもろに受けたのではないかと思いました。


(上)被爆した旧会堂写真。
(下)被爆した定礎板、(この新会堂)定礎板


(現)広島流川教会定礎板を近づき見ると
「A.D.2013」と刻まれた定礎板で、その下に(新約聖書の)“エペソ人への手紙2章22節”が刻まれています。
その部分だけではチンプンカンプンでしたので少し前(17節~22節)から読むと
『それからキリストは来られて、遠くにいたあなたがたに平和を宣べ、近くにいた人たちにも平和を宣べられました。私たちは、このキリストによって、両者ともにひとつの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、このキリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。』とあります。
迷える子羊たち、牧者であるキリストの教えを学びに教会に来たらどうでしょうかとでも云っている?

この新しい定礎板が万万が一にでも被爆した定礎板にならないようにするのが、今を生きるわたしたちの責任ではと思えてなりません。

(裕編集の)(広島流川教会)被爆した定礎板

7月30日(安芸区のわが家付近)天候:くもり
太陽顔出す

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中区:(広島流川教会)被爆した木で造られた十字架など

2018年07月29日 09時29分28秒 | 被爆建造物等
中区上幟町の広島流川教会にある「被爆し黒焦げの木で造られた十字架」と「被爆した鐘」を取り上げました。
※被爆した1945年8月6日当時、広島流川教会は上流川町(爆心地から≒900m)に位置していました。
1946年がれきの下に埋もれていた木材を組み合わせて作られたのがこの十字架でした。
2013年(新しい)現在の教会礼拝堂にも掲げられています。


『昭和五年拾壹月吉日寄附 水田直次郎 廣島市京橋町』
と鋳込まれています。

戦時中の金属回収を免れ、1945年8月6日原爆の惨禍に遭ったことがわかります。
2013年(新しい)現在の教会礼拝堂にも取り付けられています。

(裕編集の)広島流川教会
被爆した木で造られた十字架、被爆した鐘

7月29日(安芸区のわが家付近)天候:あめ
台風近づいてきたようです。
風は台風?までの強風はないようです。
雨は少しづつ強くなってきていますので、心配です。

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中区:(現)広島流川教会

2018年07月28日 09時31分12秒 | 神社寺院等
中区上幟町に建てられている「(日本基督教団)広島流川教会」です。
※2013年新しい会堂に建替えられていますのでここで取り上げた建物は(現)広島流川教会と表現し、
被爆後この地に建てられた建物は(前)広島流川教会とし、
被爆した建物は(旧)流川教会と記述しています。

幼保園が併設されていることを知らなかったので、玄関から入って幼保園の方に行ってしまい、
先生方に一斉に「お迎えですか?」と声をかけられ、
ずがずかずかと無言で入って行ったわたしは不審者そのものだったのだと反省し、教会を拝見したいのですがと小さな声で要件を云いました。
教会は三階でそちらの階段から上ってくださいと優しく説明されてしまいました。

被爆した十字架を拝見するのが主目的でしたが、
礼拝堂内部を拝見し少しばかり椅子に座り、差し込む光がつくりだすすばらしい空間を味わいました。
いまは、毎朝「南無阿弥陀仏」と唱える浄土宗宗徒のわたしの学生時代(わが家の近くの)福音教会に通ったことがあった昔々を思いだし、“永遠の命”とはとこの歳になり反芻し考える時間でもあったからなのですが。

(裕編集の)現・広島流川教会

7月28日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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中区:(前)広島流川教会

2018年07月27日 08時47分55秒 | 神社寺院等
中区上幟町に建てられている「(日本基督教団)広島流川教会」です。
※2013年新しい教会堂に建替えられていますのでここで取り上げた建物は(前)広島流川教会と表現し、
被爆した建物は(旧)流川教会と記述することにしました。

03.07.18.撮影

*資料をみて被爆当時の教会写真が(前)教会の屋外階段壁に埋込まれていることを知り、

被爆当時の教会は、現電停「胡町」筋向い(上流川町)にありました

2003年に撮影し頁を編集していました。
新しくなった教会の記述などを加え今回編集頁を更新したのです。

(裕編集の)(前)流川教会

7月27日(安芸区のわが家付近)天候:はれ
(当地)5時前に雨が降りました。

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あなた知ってる?モーニングサービス発祥の店

2018年07月26日 07時15分19秒 | 雑関連
中区大手町のタカノ鷹野橋商店街にあるモーニングサービス発祥の店「ぶらじる」です。

※1956年撮影の木造2階建ての旧店舗の店先に「モーニングサービス」と書かれた看板が写っている写真があるのだそうです。
これが発祥の店(地)の証拠になっています。
※愛知県一宮市がルーツという説もありますが、客観的な実証材料はないそうです。


Bモーニング¥650 トースト、目玉焼き、サラダ、ドリンク(コーヒー)

7月19日広島赤十字病院での定期検診があったのですが、
西日本豪雨で安芸区わが町のJR中野東駅へは不通(8月中旬開通予定のようですが)で、国道2号が崩落し交通止めとなり狭い迂回路があるものの渋滞が激しく、予約時間に間に合うようにと朝早く女房運転の車で中区の日赤に送ってもらったのです。国道2号海田町付近は混みましたが思っていたほどではなく、順調と云える範囲だったのです。
また、採血からの定期検診もスムーズに済みました(ので)。
ここ“ぶらじるのモーニングサービス”を食べることができる時間だったので立ち寄ってみたのです。

(裕編集の)
(モーニングサービス発祥の店)ぶらじる

7月26日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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本川:中島神崎橋

2018年07月25日 07時59分44秒 | 橋梁
中区中島地区と神崎地区を結び本川に架かる「中島神崎橋(なかじまかんざきばし)」です。

※仮の橋名は中島橋だったが、西側地区住民は神崎橋と主張譲らず、
結局中島神崎橋となったそうです。
橋銘板は漢字、ひらがなとも中島、神崎を並列して刻んでおり両地区に配慮しているように思いました。

しかし、一つの橋名としては中島が先にきて、中島神崎橋となっています。
橋名でさえ地域住民の強いこだわりがありますね。

(裕編集の)中島神崎橋

7月25日(安芸区のわが家付近)天候:はれ


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ここの処の暑さ続きで、
毎朝水をかえていますが、仏壇の花もちが極端に悪いのです。
仏壇の中も蒸れているからでしょう。
一日二回水を変える時もあるのですが。
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本川:空鞘橋

2018年07月24日 08時24分44秒 | 橋梁
中区基町地区と本川・寺町地区を結び本川に架かる「空鞘(そらさや)橋」です。
昭和45年7月15日開通した橋です。
江戸時代から大正時代頃までこの辺りには渡船があったそうです。


2002年頁を編集しました。今回その頁を更新しました。
(裕編集の)空鞘橋
本川はもともと太田川本流だったのでそう呼ばれていました。
太田川放水路が完成しそちらが太田川本流になったことで、
この川は旧太田川と国交省(建設省)の標識に表記されるようになりました。
しかし、広島市民の大半はいまも「本川(ほんかわ)」と呼んでいます。

7月24日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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京橋川:鶴見橋

2018年07月23日 08時35分10秒 | 橋梁
中区東平塚町・鶴見町地区と南区比治山本町を結び京橋川に架かる「鶴見橋〕です。
※比治山には過って鶴が飛来していたと伝えられ、鶴を入れ置いた‘鶴小屋”の地名も残り、橋名はこれに基づくそうです。


橋の向こうにみえる比治山に鉄塔が一基みえますが、2004年撮影した時は二基あったのです。
橋の周りの風景もみながら橋を撮影しています。

(裕編集の)鶴見橋

七つの川が流れていた広島の街は、戦前まではしばしば洪水の被害に遭っていました。
現在は六つの川になり、西側に太田川放水路(完成後太田川本流になりました)が完成してからは洪水に遭わない街になっています。
今回の西日本豪雨でも大きな洪水には至らなかったのです。

7月23日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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中区:被爆アオギリ2018年7月19日

2018年07月22日 10時19分55秒 | 被爆樹木たち
中区中島町の平和記念公園に移植されている「被爆したアオギリ」です。
今月は、アオギリは既に種を付け(ようとし)ていました。
暑い日が続いていてアオギリの回りに人影はありませんでした。



(裕編集の)被爆アオギリ2018年

アオギリは、東館北側に移植されています


6月23日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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臨時版13:21日国道2号寸断の中野東開通する

2018年07月21日 10時45分58秒 | 旧瀬野川町附近
朝ラジオで『8時に安芸区中野東の国道2号寸断部が開通する』とのニュースを聞きました。
“チコちゃんに叱られる”を見てからいきましたので9時を少し回っていました。

上画像平原橋上流側から昨日まで交通止めだった下流側を見た処です。
休みだからか普段よりも交通量は少なめでした。

平原橋下流側(緊急復旧工事完了)

18.07.21:9時過ぎ撮影
交通止めが解除されています

川の中の重機類撤収していました


平原橋上流側(緊急復旧工事の残工事も完了)

18.07.21:9時過ぎ撮影

芸陽バスバス停も復旧、新聞報道では23日運行開始とか

川の中の重機類撤収していました



わが家からみた8時に開通するとこを撮影していたのでしょう。

18.07.21:8時わが家から撮影


開通した中野東6丁目交差点で(広テレ)TVクルーが取材していました。

18.07.21:9時過ぎ撮影

7月21日(安芸区のわが家付近)天候:くもり、はれ

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中区:平和記念公園広場2018年7月19日

2018年07月20日 22時52分34秒 | 平和記念公園
昨(19)日10時過ぎでした。
午前中でしたがすでに30℃を越しているようなじりじりした暑い日になっていました。
さすがに観光季節というわけではないので観光客も少ない平和記念公園でした。


広島ぶらり散歩平和記念公園広場の四季(2018年)
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臨時版12:20日国道2号寸断の中野東下流側ガードレール施工中

2018年07月20日 14時10分53秒 | 旧瀬野川町附近
20日21時過ぎまだ通行止めでしたので、明日の開通になる? ようです。

20日11時過ぎ、まだ平原橋下流側の交通止めのままでした。
河川側のガードレールの支柱の打込みの音が響いていました。
ライン引きはまだでした。
(報道発表のように21日交通止めの解除になるのでしょうか?)
(ライン引き終了後に前倒しで通行可になるのでしょうか?)

平原橋下流側
上流側は車の通行はすでに可能ですが、交差点からすぐに迂回路に入ります。
ガードレールの施工中でした。
ガードレール設置後ライン引きとなるのでしょう?

18.07.20:111時過ぎ撮影



ガードレール支柱打込み作業中




平原橋上流側
歩道の河川側手摺の取り付け中でした。

18.07.20:111時過ぎ撮影
歩道河川側の手摺作業中




7月20日(安芸区のわが家付近)天候:くもり、はれ

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臨時版11:19日国道2号寸断の中野東下流側アスファルト舗装中

2018年07月19日 15時17分26秒 | 旧瀬野川町附近
上画像猛暑の中迂回路に誘導している交通整理員の方、ご苦労様ですと頭が下がります。

平原橋下流側の交通止めの解除まじかのようです。
19日この猛暑の中、(それ自体暑い)アスファルト舗装作業が始まっていました。
作業員の人たちはやわな身体でないことはわかっていても、ご苦労様です。


3)平原橋下流側
アスファルト舗装中で、
19日舗装完了し、ライン引き、ガードレールの設置などを完了させようとしているようです。
(あす20日開通するようです?)

18.07.19:12時ころ撮影

猛暑の中でのアスファルト舗装作業中



川の中での作業もほぼ終わりに近づいた?


2)平原橋上流側
昨日に続いて通行可です。

18.07.19:12時ころ撮影
芸陽バス中野東6丁目バス停は未整備




7月19日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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臨時版10:18日国道2号寸断の中野東上流側復旧

2018年07月18日 19時02分33秒 | 旧瀬野川町附近
上画像(安芸区)中野東6丁目交差点
上流側は通行可になりました。

きょう、山陽本線の復旧の予定をJR西日本が発表したことを(わたしは)夕方知りました。
政府はJRの努力に任せるだけではなく、
国の支援の下に鉄道網の復旧にまい進するのが、
議員定数6増よりもはるかに前にやらなければならないこととわたしは怒りをもってここに追記しました。
発表された予定は下段に記述しました。



平原橋付近の国道2号寸断
上流部:舗装完了し、18日通行できるようになっています。
下流側:18日路盤工事が始まっていました。

    (19日舗装工事のようです)
    (20日通行できるようになるのでは?)

2)平原橋上流側
芸陽バスバス停は未復旧など(残工事はあるようですが)
あれほどの道路崩壊が復旧されました。

18.07.18:10時前撮影
通行できるようになっていました。




3)平原橋下流側
路盤工事がはじまり、転圧ローラーの活躍がはじまっていました。
余った黒色土嚢袋の片付け中でした。
瀬野川の中の工事もまだあるのでしょう。

18.07.18:10時前撮影
路盤工事が始まっていました。

余った?土嚢袋の搬出作業もありました。

川の中での作業はまだあるようです。



下流側の道路崩壊の方が広範囲だったようです。


7月18日(安芸区のわが家付近)天候:はれ


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JR西日本広島支社はきょう(18日)、
西日本豪雨で被災し、運転見合わせが続く広島、山口両県の在来線の復旧見通しを明らかにしました。
運転再開時期を
山陽本線の海田市~瀬野が8月中旬。
     瀬野~白市が10月
     白市~三原が11月などとなっています。
総裁三選のために前夜祭をやる余裕があるなら、
鉄道基幹である鉄道本線の復旧をJRに任せるのではなく、
政権挙げて全力を傾注するのが今を牛耳る政権党と与党と胸張る政党がやることなのではと思えてなりませんので、敢て怒りを表明します。

呉線の海田市~坂が8月上旬、
   坂~広が11月、
   広~三原が来年1月だそうです。
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