♪♪あなた知ってる?~広島~

HP「広島ぶらり散歩」編集&更新の履歴ブログです。
広島市は“平和都市”のほか“水の都ひろしま”も推進しています。

番外:ミニトマトの一番花

2021年04月30日 09時28分34秒 | いまだ初心園芸
わが家で今年育てているサントリーの‘シュガーミニ’です。
苗をもとめ植えた早々低いところに一番花が咲いたので、かき取るか、残すか迷ったのですが。

わずかでも甘いであろう実になればと残したのです。


経験上、早く実を付ければ、早く終わりが来ますので迷ったのです。
サントリーのイチゴの甘さを知っていますので、
ミニトマトも(現在スーパーなどで買っているものよりもよほど)甘いだろうと思っていますので。

(過去に育てた名もなき)ミニトマト

4月30日(安芸区のわが家付近)天候:くもり気味のはれ

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山陽本線:JRカープ(応援)トレイン2021年

2021年04月29日 09時03分12秒 | 乗り物関連
JR山陽本線他で運行されている「JRカープ応援列車2021年」です。
※わが町の中野東駅で乗った電車がカープトレインでした。

JR西日本の資料によると
運行時期:2021年3月24日(水)から2021年11月下旬ごろまで(予定)
運転線区:山陽線(福山~徳山駅間)、呉線、可部線
※運転区間・時間等は、日によって異なります。

〔昨年は、3両編成の3両ともラッピング電車でしたが、〕
ことしは、3両編成の内の2両がラッピングされています。
(コロナ禍の中、乗客の減少で経営も苦戦しているJR西日本でもあるのでしょう)

広島駅に着いて発車時間前のわずかな時間で撮影しました。


下車した横川駅では、扉を閉め過ぎ去って行くところも撮影しました。
ことしで、10年目を迎えたJRカープトレイン
(3年分の欠番はありますが)過去のもの編集していますから。
(裕編集の)JRカープ応援ラッピング電車2021年

4月29日(安芸区のわが家付近)天候:あめ

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番外:わが家のパイナップル温室へ

2021年04月28日 08時42分13秒 | Pineapple栽培
冬養生で出窓に置いていたパイナップルたちでした。
温室に入れていたシンビジウムを屋外に出しましたので、その空いたスペースに置いたところです。
天気予報で、きょうはくもりor雨模様ということでしたので、温室に入れっぱなしでも大丈夫だろうと思い温室に入れました。

(下画像は)冬養生のポリ袋を取って、
日陰で、一気に日に当たらないようにしたしたところでした。


出窓の窓を開けて屋外に出したところです。
冬養生のポリ袋は被せたままでした。


(最近のパイナップル栽培は)カテゴリーの「Pineapple栽培」を見てください。
(パイナップル栽培のはじまり等は)「パイナップル」を見てください。
パイナップルの実は食べ、残ったクラウンを植えれば、
季節的にもいまが始めどき、貴方にもできますよ。

4月28日(安芸区のわが家付近)天候:(夜中あめ)現在くもり

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番外:わが家のシンビジウム手入れを

2021年04月27日 09時06分01秒 | いまだ初心園芸
この冬、花芽を凍らせ枯らしたシンビジウムたちでした。
温室から出して、
鉢の雑草などを取り除き、骨粉入り油粕を与えた処です。
〔空きスペースができた温室には、
室内出窓の処でまだ冬養生中のパイナップルを入ようと思っていますが。〕

梅雨前の日差しで冬に弱った処をいやしてもらい来年の開花に向けて力をためてもらいたいものです。


(わが家の過去の)シンビジウム

4月27日(安芸区のわが家付近)天候:(おおむね)晴れ

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番外:わが家のサツキ咲きだす

2021年04月26日 08時54分51秒 | いまだ初心園芸
わが家で育てているサツキです。
先祖帰りして普通のサツキになって来ました。

当初は、金采(キンサイ)という名が付いていました。

2000年6月3日撮影

金采に普通のらっぱ状の花が咲いたらその枝は切断する
(らっぱが増えてきたら)
金采の花の枝を挿し木して金采を育てるのがサツキ栽培の基礎だそうですが、
横着したままだったので(20年ほどで)すっかりらっぱになってしまいましたが、
ことしは、早い咲きだしでわが家の玄関を飾ってくれています。

(わが家の過去の)サツキ

4月26日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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中区:(広島平和記念資料館東館は)ツツジの名所

2021年04月24日 09時17分49秒 | 平和記念公園
中区中島町の平和記念資料館東館のドライエリア周りはツツジの名所とわたしは思っています。

2003年4月になって被爆したアオギリをみていて振り返ってみると、ツツジが満開で素晴らしい眺めだと思い撮影したのです。

2003年4月18日撮影


ことしは、兄と一緒にみたのですが、兄が携帯で撮影しましたので、
わたしも2018年以来撮影しましたので、頁を更新しました。
(裕編集の)(平和記念資料館東館・北側ドライエリア)ツツジの名所

4月24日(安芸区のわが家付近)天候:くもり

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中区:(第1回平和祭記念樹)クスノキ

2021年04月23日 09時10分35秒 | 平和記念公園
中区大手町の平和記念公園原爆ドーム東側緑地帯に植えられている「第1回平和祭記念樹・クスノキ」です。

被爆から2年目の1947(昭和22)年8月6日、広島市、広島商工会議所、広島観光協会の三者が発起人となって設立された「広島平和祭協会」が主催者となって、第1回平和祭が開催されました。
平和祭では濱井信三広島市長によって初めて平和宣言が発表されました。
平和の樹として選ばれた「クスノキ」が当時の慈仙寺の鼻の平和広場(現在の平和記念公園北端の元安川右岸)に植樹されました。のちに現在地に移植されました。


(裕編集の)(第1回平和祭記念樹)クスノキ

1947年平和祭、浜井信三市長の平和宣言は、
まだ日本が占領状態で、プレスコードが敷かれていた状態だったことを忘れてはいけないと思います。
(裕編集頁)第1回平和宣言1947年

4月23日(安芸区のわが家付近)天候:くもり

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瀬野川:呉線瀬野川鉄道橋

2021年04月22日 09時55分24秒 | 橋梁
安芸郡海田町の瀬野川に架かるJR呉線(橋梁名板から)「瀬野川橋りょう」です。
※6径間(支間@12.9m)の鋼製桁橋です。
※1903年12月27日海田市駅~呉駅間(≒20km)が開業。

この鉄道橋をみていて、如何にも付け刃的な(電車用)架線受け門型鉄柱に目が留まったのです。
考えれば、
この鉄道橋を使用しだした1903年は、まだ蒸気機関車の時代だったので、
電化される時になってここにも架線受け鉄柱が必要になり如何にも付け刃的な工事になったのだろうと思ったのです。
1970年9月15日呉線全線電化完成。


2000年に撮影して、2005年に頁を編集しました。
久しぶりに2020年に撮影し頁を更新しました。
(裕編集の)呉線瀬野川鉄道橋

4月22日(安芸区のわが家付近)天候:くもり

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安芸郡海田町:瀬野川左岸西日本豪雨災害復旧工事

2021年04月21日 09時14分42秒 | 旧瀬野川町附近
安芸郡海田町大正町の瀬野川左岸堤防の西日本豪雨での災害復旧工事を取り上げました。
(上画像:復旧工事竣工後)
※2018年7月6日西日本豪雨で九十九橋~ひまわり大橋間の瀬野川左岸堤防が被災していました。

2019年4月近くを通った時、
2018年7月6日西日本豪雨で瀬野川に流れ込んだ土砂を撤去していると思ったのです。
瀬野川支流の安芸区畑賀川で流された6歳と11歳の姉妹がいま(現在)も行方不明ということでこの付近の瀬野川でも捜索が何度か行われたことをTVニュースなどで見ていましたので、
流れ込んだ土砂の撤去作業を慎重に作業しているものと思っていました。
帰宅後、海田町役場のweb siteをみると
西日本豪雨による被災で仮復旧を施していたが、2019年度中に災害(本格)復旧工事完了予定の工事中だと知りました。

2019年4月18日撮影


*2019年4月撮影し、災害復旧工事中だと知り、2020年4月復旧工事が完了していた処を撮影しました。
(裕編集の)瀬野川左岸西日本豪雨災害復旧工事

4月21日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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西区:光隆寺

2021年04月20日 09時41分49秒 | 神社寺院等
西区三篠に建てられている「龍泉山・光隆寺」です。
光隆寺は浄土真宗本願寺派のお寺です。
1656年(当地の医家長男)高科馬之進が京都・本願寺第13代良如上人に帰依し剃髪して法名「奥隆」をたまわりそれが光隆寺初代とされているそうです。

2010年工事中だった庫裡2011年には完成していたでしょうが、
2020年になりましたが被爆したクスノキを見に行ったときに撮影しました。


2004年交流ウォークで訪ね撮影して頁を編集しました。
今回更新しました。
(裕編集の)龍泉山光隆寺

4月20日(安芸区のわが家付近)天候:

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西区:光隆寺の被爆樹木・クスノキ

2021年04月19日 08時40分15秒 | 被爆樹木たち
西区三篠の光隆寺にある「被爆したクスノキ」です。
爆心地から1,870mに位置します。

(1945年8月6日米軍投下の原爆で)焼け残った根元から3本の新芽が生え、成長したものだそうです。


2006年撮影して頁を編集しました。
2010年撮影して頁を更新していましたが、
2015年ころから新しい白色の被爆樹木標識になってきていますので、
久しぶりに2020年9月撮影しましたので頁を更新しました。
(裕編集の)(光隆寺)被爆樹木・クスノキ

4月19日(安芸区のわが家付近)天候:

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中区:被爆アオギリ2021年4月16日

2021年04月18日 09時22分14秒 | 被爆樹木たち
中区中島町の平和記念公園に移植されている「被爆アオギリ2021年版」です。
※1945(昭和20)年8月6日当時/基町(もとまち)の広島逓信局中庭(爆心地≒1,300m)で被爆しました。

被爆アオギリたちはやっと春を感じたか新芽を膨らませ、若葉を伸ばそうとしていました。撮影はしましたが巧く撮影できていませんが掲載しました。


(裕編集の)(被爆した)アオギリ2021年

4月18日(安芸区のわが家付近)天候:

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中区:平和記念公園2021年4月16日

2021年04月17日 10時29分35秒 | 平和記念公園
4月16日(金)12時過ぎでした。曇っていました。
広島県も四度目のコロナ禍の広がりの予感がする事態で、
先月に比べてここ平和記念公園を訪れている人は(先月よりも)少ないように感じました。
先月久しぶりにみた観光バスは、今月は止まってはいませんでした。

少しばかり時期が過ぎていましたが、芝生広場でタンポポが目立ちました。

綿毛になったものも目立ちましたが


(裕編集の)平和記念公園広場の四季(2021年)

4月17日(安芸区のわが家付近)天候:(本降り)あめ

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安芸郡海田町:桜木天満宮

2021年04月16日 08時15分30秒 | 神社寺院等
安芸郡海田町石原に鎮座する「櫻木天満宮」です。
祭神は、菅原道真(845-903)公。
創建は、1534年瀬野川大洪水でご神体が、奥海田村二日市川中に流れ着かれ、現在地石原桜木に地元の人々がご神体に梅鉢の紋がみられる事から、菅原道真公をご神体とする天満宮として神殿を建立したそうです。
桜木天満宮の神社名は、
ご神体が桜の大樹に在りながら流れつかれた為か、
また、桜木の地名に獲ったかはさだかではあないそうです。


参拝した時、拝殿前に一枚のこの神社の由緒を記した貼紙に気が付いたのです。
当地石原自治会の由緒資料を参照して頁を編集しました。
(裕編集の)桜木八幡宮神社

4月16日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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安芸郡坂町:(1907年豪雨)報恩・碑

2021年04月15日 08時52分08秒 | 各種記念碑等
裏側からみた〔 (1907年豪雨)報恩・碑 と (1907年豪雨)水害碑〕


安芸郡坂町小屋浦の小屋浦公園に建立されている「(小屋浦)報恩・碑」です。
※1911年3月建立された報恩・碑です。
*報恩・碑の隣に水害碑(1910年2月建立)が建っています。(共に2004年に移築されたそうです)
*報恩・碑には死亡者44名と刻まれていますが、先に建碑された水害碑には46名のお名前が刻まれています。


この小屋浦公園に水害碑が建立されていることは資料で知っていましたが、
ここで取り上げた報恩・碑のことは知らなかったのです。
この碑には、2004年この公園に移設された時に説明板が設置されています。
(詳細は編集頁をよければ覗いてください)
(裕編集の)(小屋浦)報恩・碑

4月15日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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