水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 <8>烏天狗(からすてんぐ)

2022年01月12日 00時00分00秒 | #小説

 芸者のお駒と兵馬がお芳の置き屋で湯豆腐を食らいながら話をしている。
「ふぅ~! 寒くっていけねぇ~や。この分じゃ、明け方は雪なんじゃねぇ~か?」
「風が雪を呼んでますから、たぶん、…でしょうね…」
 お駒がそう言いながら銚子の酒を兵馬に勧める。
「おっ! …どうも、今夜は酔えねぇ~やっ! 降らねぇ~うちに帰るとするか…」 
 堅苦しい武家言葉が性に合わず、お芳の芸者置屋が鬱憤を晴らせる唯一の場所になっていた。
「積もるといけませんから、お泊りになった方が…」
 お芳が熱燗を手盆に乗せて現れ、話に加わる。
「そうさなあ…」
 お芳の置屋からは町籠がすぐに呼べたから、何かにつけ兵馬は重宝し、奉行所出仕に利用していた。
「烏天狗(からすてんぐ)の一件、兵馬さま、お聞きになってらっしゃいます?」
 手盆の調子を置きながら、お芳がそれとなく兵馬に訊(たず)ねる。
「ああ、その話は聞き及んでおる。おるにはおるが…」
「と、申されますと?」
 訝(いぶか)しげな目つきでお駒が銚子を手にし、酒を勧(すす)める。
「いやなに…お上も、その手の話は調べがのう。…何分(なにぶん)にも届(とどけ)が出ておらぬのだ」
 被害の訴えが出なければ、奉行所に動く手筋はない。空(から)になった猪口(ちょこ)を手にし、お駒の酌(しゃく)を兵馬が受ける。貧乏人の家前に小判の雨を降らせる烏天狗は、巷(ちまた)で、もっぱらの評判となっていた。
「雀長屋にも二日前、降ったようでございますよ…」
 お芳が空になった銚子を手盆に乗せ、去り際(ぎわ)に小声で話す。
「ああ、喜助から二日前に聞いたところだ」
「盗賊でもない烏天狗って、いったい何者なんでございましょうね?」
「だな…。まあ、お前も一杯、飲め」
 兵馬が空の猪口をお駒に差し出す。
「…」
 お駒は無言でその猪口を受け取り、兵馬が手にした銚子の酌を素直に受ける。
「与蔵と又次が『ここ当分は、おまんまが食える』と申しておったそうだ…」
「喜助さんがそう言ってたんですか?」
「ああ…」
 その次の日の朝、申し訳ない程度の名残雪(なごりゆき)が地面を覆(おお)っていた。それは恰(あたか)も霜降(そうこう)のようだった。
 烏天狗の正体は何者? 金の出どころは何処(どこ)? という謎が謎を呼ぶ一件は、ひょんなことから、その真実が明らかになった。
 ほろ酔いの兵馬が屋敷に向かい魚川端を漫(そぞ)ろ歩いていた。と、そのときである。
『フフフ…久しいのう、そこのお武家』
 どこからともなく響くような声がした。
「なにやつ!!」
 兵馬は一瞬、正気に戻って身構え、刀の柄(つか)に手をかけようとした。
『儂(わし)じゃよ、お武家…』
 川面に突然、烏天狗の姿が浮かび上がった。
「出たな、物(もの)の怪(け)っ!!」
『物の怪とは、聞き捨てならぬが、まあ、よかろう…。ほぉ~れ、いつぞやも出会(でお)うたであろうが…』
 そう言うと、烏天狗の姿は、たちまち編み笠を被った辻占いの易者の姿へと変化(へんげ)した。
「おお! あのときの…」
『そうじゃ、天界にて姉上に追放された荒くれの須佐之男(すさのお)よっ!!』
「ま、まだ、この江戸におられたのですか…」
 豪気(ごうき)な兵馬の声が俄(にわ)かに震え出し、小さくなった。
『少し用ができた故(ゆえ)通りがかれば、この世間の様(ざま)よ。悪き奴輩(やつばら)が闊歩(かっぽ)し、温々(ぬくぬく)と泡銭(あぶくぜに)を手にしておる。見かねた故、スゥっ~と頂戴し、スゥっ~っと貧しき者どもへ分け与えたまでのこと。フォッフオッフオッ…』
「そうでございましたか…。そうした悪き者どもは奉行所でも捕らえられませぬ。ありがとうございました」
 兵馬が深くお辞儀をし、川面を見上げると、易者の姿はふたたび烏天狗の姿へと変化した。そして、何処(いずこ)ともなくスゥっ~と消え失せたのである。
 その後、貧乏長屋に小判が降ることはなくなった。兵馬はそのことを自分の胸だけに留(とど)めおこうと今日も漫ろ歩いている。

              完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明暗ユーモア短編集 (37)危機意識

2022年01月12日 00時00分00秒 | #小説

 気を回し過ぎるほどの危機意識を持っていれば、先々の危機を未然に防げる確率が数段高まり、社会が明るくなる。それが、長閑(のどか)過ぎるほど危機意識が低く推移すれば、当然ながら対応も甘くなり、危機の確率は高まり、 その社会は暗くなる。現在、流行しているウイルスやそれに伴う国際的行事の開催に対する意識が、まさにそれだろう。残念ながら現況は実に暗い。見えないものは、犯罪、微生物を問わず怖(こわ)いですよっ!^^
 とあるファミレスである。二人のどこにでもいるような中年男が話をしている。
「おいっ! ずいぶん客が減ったなっ! 俺達以外、数人だぜっ!」
「政府のお達しが出たからだろ…」
「緊急対策本部だったかっ!?」
「それを言うなら、緊急事態宣言っ!」 
「そうそう! その事態宣言! 少し遅かねぇ~かっ!?」
「ああ、確かに…。危機意識が低過ぎるなっ! 元日から…いやっ! 年末からでもよかったんだろうが…」
「そうもいかねぇ~かっ! お客目当ての店が困るからなっ!」
「それもそうだが、事態がこれ以上、深刻になったら店はもっと困るぜっ!」
「世の中、真っ暗か…」
「ああ…。そうならないよう危機意識は高く持たないとなっ!」
「ははは…俺達が言っても仕方ねぇ~がっ!」
「だなっ!」
 世の中がこれ以上暗くならないよう、政府には危機意識を高く持って明るくして欲しいものです。^^

                   完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする