水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <17>枉神{まがかみ}

2022年01月21日 00時00分00秒 | #小説

 兵馬も重い腰を上げ、表口へと歩を進める。酔いの所為(せい)か兵馬は少しフラついた。表の勝手口ではお芳が喜助の足洗い用の水が入った木桶を表口の土間へ置いて話している。兵馬は耳を欹(そばだ)てた。
「これはこれは、喜助さん、お久しぶりでございますねぇ~。喜助さんは、よく働くよっ! 足元が随分と汚れて…」
「いやぁ~お芳さん、随分と無沙汰しておりやす。稼ぎが少ねぇ~と、かかあが入れてくれやせん…」
 喜助は草鞋(わらじ)の紐(ひも)を解(ほど)き、木桶の水で足を雑巾(ぞうきん)で拭(ぬぐ)うと、上がり框(かまち)へ上がった。丁度そのとき、兵馬が表口へ現れた。
「喜助、こちらの間で話を聞こう」
「へいっ、旦那」
 喜助は素直に頷(うなず)くと、兵馬の動きに従った。
「早速(さっそく)だが、話を聞こう」
「へいっ! 実は伊豆屋さんの番頭、与之助さんのお話はしたと思いやすが…。人変わりが続いたのは数日だけでしてねっ! その後は憑(つ)きものが落ちたように元の気性(きしょう)にお戻りになったって話でございます」
「きっかけは何だっ!」
「嫌ですよ、旦那っ! それが分かりゃ、誰も苦労はしませんよって、話でさぁ~」
「…うむ、なるほどっ!」
 お芳が淹(い)れた湯飲みの茶を盆に乗せ、楚々と現れた。喜助は余程、喉(のど)が渇(かわ)いていたのか、置かれた盆の茶をガブリッ! と飲み干そうとした。
「アチチチチチ…!」
「あっ!」
 お芳の叫ぶ声と喜助の呻く声が同時にした。淹れられた茶が熱かったのである。兵馬の顔から、思わず笑みが零(こぼ)れた。
「ははは…馬鹿野郎! 一気に飲む奴があるかっ!」
 喜助が片手で口を拭(ぬぐ)う。お芳は慌(あわ)ててお勝手へと素っ飛んだ。

             続


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明暗ユーモア短編集 (46)順番

2022年01月21日 00時00分00秒 | #小説

 順番を待つことが世の中ではよくある。長蛇(ちょうだ)の列(れつ)を並ぶともなれば、明るい気分も萎(な)え、少しづつイラついて暗くなることだろう。だが、割り込めばトラブルの元となり、まあ仕方ないか…と諦(あきら)める他はない。
 とある街のラーメン店である。つい最近、開店したにもかかわらず、美味(うま)いという評判が評判を呼び、朝から長蛇の列ができている。
「あの…何時からの開店なんですか?」
 最後尾に近いところで並ぶ一人の男が、前の男に肩越しに訊(たず)ねた。
「んっ!? ああ、11:00頃からだけど…」
 訊ねられた男は驚いて後ろを振り向き、漠然(ばくぜん)と返した。訊ねた男は腕を見た。11:00には、まだ優に小一時間はあった。
「あの…まだ、小一時間はありますが…」
「ははは…あんた、初めてだね。この店に並ぶんなら長い時間の順番待ちは覚悟しとかないとっ! 先頭の人なんか8:00前から並んでるよっ! 私も朝からの口なんだがね。生憎(あいにく)今日は急用が出来ちまって、このザマだよっ!」
「8:00前ですか?」
 訊ねた男は暗い声で小さく返した。
「ああ。順番を待つのが嫌なら6:00だなっ!」
「なるほどっ! 次は、そうしてみますっ!」
 訊ねた男は要領が分かり、明るい大声で返した。
 順番を待ち、暗くならないためには、一歩、先んじる明るい努力が必要なようだ。^^

                   完


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