日が瞬く間に巡っていった。しかし、数日経っても須佐之男命が現れる兆(きざ)しは、まったくなかった。
「まあ、いいか…」
兵馬はお芳の置屋でお駒の酌で一杯ひっかけながら、そう独りごちた。
「あらっ! なにが、いいんでございます、兵馬さま?」
「んっ!? いや、なんでもない…」
お駒は油断がならない、迂闊(うかつ)に呟(つぶや)くものではない…と兵馬は思った。
「今日もお泊りなんでございましょ?」
お駒が意味深な笑みを浮かべながら兵馬を窺(うかが)った。
「いや、それがな…。しばらく屋敷に帰っておらぬゆえ、今宵は返ろうと思おておる」
「まあ! 攣(つ)れないお方っ!」
お駒は頬を膨らませて拗(す)ねた。
「そう言うな…。次はゆっくりさせてもらうつもりだ」
「本当ですよっ!」
「ああ…」
それから半時後、兵馬は帰路についた。その家路への途中である。喜助が言った変事の起きた銚子坂に兵馬がやって来たときである。それまで茜色に染まっていた夕空が俄かに掻き曇り、この時期としては珍しい、生暖かい風が吹き始めていた。
『現れたぞぉ~』
現れたはないだろっ! どうも語り口調が上手(うま)くない神様だ…と、兵馬は思うでなく思った。
「須佐之男様でございますか?」
『左様(さよう)! 神様の須佐之男じゃ~』
はいはい、あなたは神様ですっ! と思いながら、兵馬は畏(かしこ)まった。
続