水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <24>枉神{まがかみ}

2022年01月28日 00時00分00秒 | #小説

 日が瞬く間に巡っていった。しかし、数日経っても須佐之男命が現れる兆(きざ)しは、まったくなかった。
「まあ、いいか…」
 兵馬はお芳の置屋でお駒の酌で一杯ひっかけながら、そう独りごちた。
「あらっ! なにが、いいんでございます、兵馬さま?」
「んっ!? いや、なんでもない…」
 お駒は油断がならない、迂闊(うかつ)に呟(つぶや)くものではない…と兵馬は思った。
「今日もお泊りなんでございましょ?」
 お駒が意味深な笑みを浮かべながら兵馬を窺(うかが)った。
「いや、それがな…。しばらく屋敷に帰っておらぬゆえ、今宵は返ろうと思おておる」
「まあ! 攣(つ)れないお方っ!」
 お駒は頬を膨らませて拗(す)ねた。
「そう言うな…。次はゆっくりさせてもらうつもりだ」
「本当ですよっ!」
「ああ…」
 それから半時後、兵馬は帰路についた。その家路への途中である。喜助が言った変事の起きた銚子坂に兵馬がやって来たときである。それまで茜色に染まっていた夕空が俄かに掻き曇り、この時期としては珍しい、生暖かい風が吹き始めていた。
『現れたぞぉ~』
 現れたはないだろっ! どうも語り口調が上手(うま)くない神様だ…と、兵馬は思うでなく思った。
「須佐之男様でございますか?」
『左様(さよう)! 神様の須佐之男じゃ~』
 はいはい、あなたは神様ですっ! と思いながら、兵馬は畏(かしこ)まった。

             続


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明暗ユーモア短編集 (53)自我

2022年01月28日 00時00分00秒 | #小説

 二人の友人が久しぶりに出会い、とある喫茶店で話をしている。とはいえ、他人目には一人に見える。
「猪山っ! お前、変わったなっ!」
『いや、俺はあのときのままだぞ、芋川っ!』
「そうかぁ~? 脚がねぇ~じゃねぇ~かっ!」
『そりゃそうさっ! 死んじまったからなぁ~』
「なんだ、お前(めぇ)、死んじまったのかっ! 道理で抹香(まっこう)臭(くせ)ぇ~はずだっ!」
『その言いようは、ねぇ~んじゃねぇ~かっ! まっ! お蔭(かげ)さんで、いらねぇ~ことを考えなくなったがなっ!』
「自我が消えちまった訳だなっ!」
『そうそう! 今じゃ、憧(あこが)れの無我の境(きょう)よっ!』
「それにしちゃぁ~言葉遣いが荒いぜっ!」
『それよっ! アノ世…今の俺にはコノ世だがなっ! 偉(えら)いさんが五月蝿(うる)せぇ~のさっ!』
「どういう風に?」
『お前は死んだんだから、もっと言葉遣いを改めて無我の境になりなさい・・とかなんとか講釈垂れてよぉ~、五月蝿いの五月蝿くねぇ~のって、半端じゃねぇ~んだっ!』
「それで、コノ世へ戻(もど)ってきちまった・・って訳かっ~」
『そうそう! 盆明けには戻らなくっちゃならねぇ~がなっ! おいら、このまま戻りたくねぇ~よっ! お前(めぇ)、何かいい方法はねぇ~かっ!?』
「あるあるっ!! いったん、アノ世へ戻ってよぉ~、死にゃいいんだっ!」
『アノ世で死ぬってことは…生きるってことかっ!』
「そうそう!!」
『そりゃ、いいやっ!!』
 死んでも暗くならず、友人に相談した自我が消えなかった明るい人? のお話でした。^^ 

                  完


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