しばらくしてお芳は、水瓶で汲んだ柄杓(ひしゃく)の水を持って現れた。喜助はその水をガブリ、ガブリと飲み干した。
「ははは…慌(あわ)て者がっ! 口を患(わずら)や、話が聞けねぇ~だろっ!」
兵馬が喜助に釘(くぎ)を刺した。
「へへへ…いけねぇ、いけねぇ~」
ようやく痛みが引いたのか、喜助が柄杓(ひしゃく)をお芳に返して愚痴った。
「冷えたか、口はっ!?」
「へいっ!」
「そいじゃ、話の続きだっ!」
「へえ…。でねっ! 訳が分からねぇ~ってのも妙な話でございやしょ!?」
「だな…」
「そいで、他の店の者に何か心当たりはねぇ~かって訊(たず)ねたんでございますよっ!」
「ほう! で、何か分かったか!?」
「心当たりってことでもねぇ~んですがね。与之助さんが日参するお百度稲荷に何か関係があるんじゃねぇ~かと…」
「お狐さんでも憑(つ)いたか? ははははは…」
「嫌だね、旦那っ! 冗談はよしにしやしょ~やっ!」
「ははは…すまねぇ~! で、そのお百度稲荷ってのは、功徳があるのかっ!」
「へえ、その辺りも町衆にそれとなく訊ねたんでございますがね。結構、功徳があるそうでございますよっ!」
「そうか…。それにしても与之助が豹変(ひょうへん)して荒ぶれたってのは功徳の逆で妙じゃねぇ~かっ!?」
「へえ、そうなんでございます」
「そろそろ身共の出番かのぉ~」
兵馬の物言いが町言葉から俄かに与力風へと変化した。
続