水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <16>枉神{まがかみ}

2022年01月20日 00時00分00秒 | #小説

 十日ばかりが過ぎた頃、ひょんなことから事件ともつかぬその妙な出来事の発端が綻(ほころ)びを見せた。むろん、その情報は魚屋の喜助からであった。
 その日も兵馬はお芳の置屋で杯(さかずき)を傾けていた。
「兵馬さま、箱根の湯治、お忘れになったんですかっ!?」
 お駒が拗(す)ねた口調で地炉利の熱燗を膳上の杯に注ぐ。兵馬は小鉢に盛られた浅蜊の生姜煮を箸で摘(つま)み、ひと口、口中(こうちゅう)へと運ぶ。
「んっ!? そんなことを言ったか?」
「嫌ですよ、もう、お忘れなんでございますか? 確かにおっしゃいましたっ!」
「言われましたともっ! 私が生き証人でございますよっ!」
 お駒の助け舟のようにお芳が小盆にお燗をした地炉利を乗せ、スゥ~っと部屋へ現れる。
「そうか? ははは…深酒の所為(せい)かも知れんな」
「まあ、兵馬さまったらっ! それじゃ、言った覚えがないとっ!?」
 お芳の加勢で勢いづいたお駒が兵馬を攻める。
「ないとは申さぬが…。ああ、そういや、そのようなことを言ったかも知れんな、ははは…」
 これは拙(まず)い…と瞬間、思った兵馬は三十六計、逃げるが勝ち・・を決め込む。
「ははは…じゃありませんよっ! ほんとに連れてって下さいましよっ!」
「ああ、分かった…」
 お芳が地炉利をお駒の横へ置いて部屋から出ようとしたとき、前栽(せんざい)から喜助の呼ぶ声がした。
「ちわっ! 旦那っ!! おられやすかいっ!? 魚屋の喜助でございますっ!」
「おお、喜助かっ!」
 兵馬にも助け舟がやってきた・・という寸法である。兵馬は、これは好都合と、スクッ! と腰を上げると、声がした前栽の簾(すだれ)を上げた。
「たぶん、こちらかと思いやして、寄らせて戴きました…」
 腰を屈(かが)めた喜助が前栽の足踏み石の前で控(ひか)えていた。
「どうだ? なんぞ、分かったか?」
「へいっ! これは旦那に知らせねぇ~と、という話を小耳に挟みやしてねっ!」
「そうか…。まあ、そこではなんだ。足を表で洗って上がれっ!」
「へいっ! そいじゃ…」
 喜助はそう言うと、足早に前栽から表口の方へと姿を消した。

             続


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明暗ユーモア短編集 (45)不明

2022年01月20日 00時00分00秒 | #小説

 不明は、詳細や原因が掴(つか)めず分からないのだから、気分は決して明るくなく暗く沈みがちとなる。ならば、明るくすればいいだろっ!? という話になるが、不明を不明でなくすのは、なかなか手ごわい作業なのである。^^
 とある警察署である。通り魔連続殺傷事件が無事、解決し、捜査本部が解散されたところだ。
「どうだっ!? 二又(ふたまた)君! 事件も解決したことだし、これから美味(うま)い焼肉でも食いに行かんかっ!」
「あの…課長っ! まことに僭越(せんえつ)ながら、僕は二又(にまた)ですっ!」
 刑事で新任した警部補の二又は、フタマタと言われ、少し怒れたが、怒ることも出来ず、捜査一課長の迷路(めいろ)に、とりあえず苦言を垂(た)れた。
「そうそうっ! 二又(ニマタ)君だったなっ! どうもフタマタをかける・・で君の名を覚えたものだから、失礼っ! で、どうだねっ!?」
「はっ!! 私でよければ、ご一緒させていただきますっ!」
 今後のこともあり、二又は、チェッ! 偉(えら)いのに捕(つか)まったぞっ! とも言えず、笑顔で応諾(おうだく)した。
 とある焼き肉店である。焼肉に生ピールのジョッキで、すっかり出来上がった二又は、次第に本音(ほんね)を垂れるようになっていた。
「ウイッ! 課長っ! 事件は本当に解決したんですかねっ!」
「君っ! 少し飲み過ぎたんじゃないかっ!?」
「ウイッ! これくらいじゃっ! ぼ、僕はね、課長っ! ほんとのことを言ってるだけですよっ! だって犯人は何のメリットもないのに死んじまったじゃないですかっ! 不明ですが、僕は見えない真犯人がいると確信してるんですっ! ウイッ!」
「わ、分かった、分かった! もう帰ろうっ!!」
 迷路は、偉いのに捕まったっ! とも言えず、笑顔で促(うなが)した。
 不明のままだと、不明の暗い気分を忘れたくなり、酔って、ついつい本音を垂れたくなるようである。^^

                   完


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