水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <13>枉神{まがかみ}

2022年01月17日 00時00分00秒 | #小説

 一年(ひととせ)が巡り、また一年が通り過ぎた。兵馬は相も変わらずお芳の置屋通いを続けている。この一年で変わったことといえば、女中頭(じょちゅうがしら)のお粂の腰患(こしわずら)いで年若なお里が大抜擢され、俄かに女中頭の代役をすることになった変化である。お里は年の頃なら十八、九のおぼこ娘だったが大層、気走りのする娘で、お粂のお気に入りだった。だが、物事は思いに任せず、お粂の後釜(あとがま)を狙っていたお熊にすれば、面白いはずがない。お熊はすでに三十路を過ぎた古株だった。何かにつけてお里に邪険・・とはいっても嫌味の一つも吐こうか…といった程度だったが、それでもおぼこのお里とすれば奉公し辛(づら)く、思い悩んでいた。
 その日も兵馬が番屋に立ち寄ったあと、屋敷に戻ったときだった。
「ったくっ! お粂さんに見込まれたんだから、もう少ししっかりしてくれないとね…」
 どこからともなくお熊の愚痴が兵馬の耳に届いた。兵馬もお里がお熊に時折り甚振(いたぶ)られていることは知っていたが直接、その事実を知らされたのはこの時が初めてだった。
『お、おいっ! 身内の諍(いさか)いはやめてくれよ…』
 兵馬は心の中で疎(うと)ましく思った。奉行所では内与力の狸穴(まみあな)のご機嫌取りに疲れ果てて帰って来たのだから、せめて屋敷内では気分よくいたかったのである。
「おいっ! 帰ったぞっ!」
「は~ぁ~いっ!」
 お里の若々しい声が間髪入れず兵馬の耳に撥(は)ね返ってきた。お里にすれば、イビるお熊から逃れたかった訳だ。
「お帰りなさいましっ!」
 愛嬌のある元気な声をかけられ、兵馬とすれば気分の悪かろうはずがない。框(かまち)を上がると、刀と脇差を腰から抜き、お里へ手渡した。
「何ぞ、変わったことはなかったか?」
 訊(たず)ねるでなく、兵馬はお里に声をかけた。
「はい、旦那様。今日はこれといって…」
 口が裂けても、お熊さんにイビられました…などとは言えないお里だった。
「そうか…。ほれっ! 蔦屋(つたや)の田楽だ。包んでもらったから、あとで食すがよかろう…」
「有難う御座いますっ!」
 育ち盛りである。お熊にイビられた鬱憤(うっぷん)も、蔦屋の田楽で吹き飛ぶお里であった。お熊は本来、性悪(しょうわる)女ではなかったから、兵馬としてはお里のイビりが少し解せなかった。実はこのとき、得体の知れぬ物の怪(け)がお熊に取り憑(つ)いていたのだが、兵馬はその事実に気づいていなかった。

             続


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明暗ユーモア短編集 (42)凍るか降るか

2022年01月17日 00時00分00秒 | #小説

 寒さには二(ふた)通りの現れ方がある。青空で凍るか、あるいは曇り空で降るか・・である。晴れて凍れば氷の世界で、曇って降れば雪の世界となる。孰(いず)れにしても寒いことに変わりはないが、年老いると寒くても晴れている方が雪掻きをしなくても済むから助かり、気分は晴れたお日さまのように明るくなる。子供の頃だとその逆で、雪で遊べるから曇って降る方がいい訳だ。
 とある田舎(いなか)のとある日の夕暮れである。お隣りの老人二人が暮れ泥(なず)む寒空を見ながら話をしている。
「明日は、どうも降りそうですな…」
 一人の老人が暗い顔で言う。
「いや、凍るような気がしますぞ…」
 もう一人の老人が明るい顔で返す。
「しかし、少し風が強まりましたぞ…」
 返された老人が、また暗い顔で言う。
「そういや、風が冷たいですな…」
 もう一人の老人も、やや暗い顔になる。
「音がしてますぞ。雪起こしですな…」
 返された老人が、少し真顔(まがお)になる。
「虎落笛(もがりぶえ)が吹きよりますと、やはり、降りますかな?」
 もう一人の老人も、真顔になる。
「いやいや、凍るかもしれませんが…」
 返された老人の顔が、やや明るい顔に変化する。
「そうですな…」
 もう一人の老人も、やや明るい顔へと変化する。
 次の日の朝である。外は雪空で薄(う)っすらと降り積もり、池の水は凍っていた。
 明るくも暗くもない私達の社会のように、凍って降る場合もある訳である。^^

                   完


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