水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <15>枉神{まがかみ}

2022年01月19日 00時20分00秒 | #小説

 元照寺で撞(つ)かれる暮れ六つの鐘が、今宵も陰に籠らずグォ~~ンと賑(にぎ)やかに鳴った。勤めを終えた兵馬は蔦屋へと向かっていた。秋も深まるにつれ、頓(とみ)に薄闇が早くなる。
「少し冷えてきたなぁ~」
 肩口を過(よぎ)る風が兵馬の首筋を撫でる。兵馬は思わず身を縮めた。
 蔦屋の暖簾を潜ると、喜助の顔が見えた。味噌田楽を肴(さかな)にチビリチビリと熱燗を啜(すす)っている。
「旦那、少し早めに来たんで、先にご馳になってやすっ!」
「ああ、それでいい…。で、耳に挟んだ変わりごとはねえか?」
 喜助は魚屋だが、兵馬の耳寄りな情報を得る役割も果たしていた。
「変わったことはねぇ~んでございますがね。最近、人変わりする事件とまではいかないような珍事があちらこちらで起こってやす」
「と、いうと?」
「へえ。この前(めえ)も立ち寄った油問屋の伊豆屋さんで番頭の与之助さんが…」
「ほう! その番頭がどうしたっ!?」
「ひと夜のうちに人が変わっちまったんでさぁ~」
「…変わったとは?」
「与之助さんといえば、温厚で親切なお方と評判の番頭さんだったんですがね。それが、ひと夜のうちに豹変(ひょうへん)し、次の朝からは荒ぶれた気性になったってこってす」
「それは妙な話だな…。何かが起こったからという訳ではないのか?」
「いや、そんなことで気性が豹変する人じゃねぇ~らしいんです」
「うむ…。解(げ)せぬ話だ。しばらくは伊豆屋に探りを入れてくれ。これは当分の駄賃だ」
 兵馬は一朱銀を一枚、冷えた地炉利の横に置いた。
「いつも、すいやせん…」
 喜助は手慣れた仕草で一朱銀を袂(たもと)へと納めた。

             続


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明暗ユーモア短編集 (44)誤解

2022年01月19日 00時00分00秒 | #小説

 誤解を招けば気分は暗くなる。その逆に、誤解が解ければ気分は明るくなる。人は自分を他人に知ってもらうことにより安心感を得て明るく生きられるのである。他人から見れば、その人の実情は分からず、いらぬ風聞が広がり、その人を困らせることにもなるから、その人の気分を害して暗くする悪いことは言わぬが花・・ということになるだろう。^^
 とある団地である。ご近所の奥さん同士が、ペチャクチャと雀(すずめ)をやっている。
「あらぁ~! その話なら聞きましてよっ! なんでも、熊手(くまで)の奥様、鮭川(さけかわ)の奥様をお食べになったそうじゃありませんっ!?」
 手振り身振りで豚山(ぶたやま)の奥さんが言う。
「そうそう! それは私(わたくし)もお聞きしましたわっ!! 鮭川の奥様も油断されたんでしょうね、きっと…」
 牛丘(うしおか)の奥さんも手振り身振りで返す。
「まさか、旦那様の探りを入れられてるとは、ご存知なかったんじゃありませんことっ!?」
 豚山の奥さんが、また手振り身振りを交えて言う。
「たぶんっ! 同じ会社は嫌ですわね、ほほほ…。それじゃ…」
 熊手の奥さんが奇麗に掃除したあと、話を纏(まと)める。
 散々、ピーチクバチークした挙句(あげく)、別れた二人の奥さんだったが、それは大きな誤解で、二人の奥さんは熊爪、鮭川の二人の奥さんの情報料理の罠(わな)にかかり、美味(おい)しく食べられていたのだった。^^
 誤解は真実を見失うと、暗い身の上の元になる危険もありますから、ご用心された方がよろしいようです。^^

                   完


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