水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <20>枉神{まがかみ}

2022年01月24日 00時00分00秒 | #小説

「ははははは…まあ、そう言うなっ!」
 兵馬は賑(にぎ)やかに呵(わら)い捨て、誤魔化(ごまか)した。
 コトが動き始めたのは、その二日後である。兵馬は奉行所勤めで、その日も内与力の狸穴(まみあな)に小言(こごと)を仰せつけられ、いくらか気疲れしていた。その帰りである。
「旦那っ!」
 奉行所の門を出て間もなく、兵馬を呼び止める者がいる。言わずと知れた喜助だった。
「おう、喜助!」
「ちょいと小耳に挟んだ取って置きの話が…」
 塀伝いの道だから、この辺りでの立ち話は憚(はばか)られた。
「ここではなんだ。三傘屋で蕎麦かうどんを啜(すす)りながら聞こう」
 腹が空いていたこともある。兵馬は喜助に軽くそう言いながら、辺りを見回すと人の気配を窺(うかが)った。
「へいっ!」
 喜助はすぐに天秤棒を担ぐと姿を消した。商いの帰りだから前後に吊るした木桶は軽い。兵馬としては喜助と話している場を奉行所の者に見られたとしても、取り分けて困るということではない。だが、何かにつけて内与力の狸穴(まみあな)にチクられては、痛くもない腹を探られる恐れがあった。兵馬はこれ以上、気疲れしたくなかったのである。
 提灯を灯した赤橙(あかだいだい)が薄暗闇に映えている。冷えも半月前よりは感じられる晩秋が訪れようとしていた。兵馬が三傘屋の暖簾を潜ると先に店へ来ていた喜助の姿が見えた。
「いつやらの話に似ておりますぜ…」
 喜助が天蕎麦をズルズルと啜(すす)りながら兵馬に告げる。
「いつやらと申すと?」
「ほれっ! 妙な出来事が続いた徳利坂の怪でございますよっ!」
「おお! あの折りのな。憶えておる、憶えておるっ! 今の銚子坂だな」
「へい、さようで…」
 徳利坂の怪は、兵馬だけが出食わした奇怪な出来事の一つであった。 

             続


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <20>枉神{まがかみ}

2022年01月24日 00時00分00秒 | #小説

「ははははは…まあ、そう言うなっ!」
 兵馬は賑(にぎ)やかに呵(わら)い捨て、誤魔化(ごまか)した。
 コトが動き始めたのは、その二日後である。兵馬は奉行所勤めで、その日も内与力の狸穴(まみあな)に小言(こごと)を仰せつけられ、いくらか気疲れしていた。その帰りである。
「旦那っ!」
 奉行所の門を出て間もなく、兵馬を呼び止める者がいる。言わずと知れた喜助だった。
「おう、喜助!」
「ちょいと小耳に挟んだ取って置きの話が…」
 塀伝いの道だから、この辺りでの立ち話は憚(はばか)られた。
「ここではなんだ。三傘屋で蕎麦かうどんを啜(すす)りながら聞こう」
 腹が空いていたこともある。兵馬は喜助に軽くそう言いながら、辺りを見回すと人の気配を窺(うかが)った。
「へいっ!」
 喜助はすぐに天秤棒を担ぐと姿を消した。商いの帰りだから前後に吊るした木桶は軽い。兵馬としては喜助と話している場を奉行所の者に見られたとしても、取り分けて困るということではない。だが、何かにつけて内与力の狸穴(まみあな)にチクられては、痛くもない腹を探られる恐れがあった。兵馬はこれ以上、気疲れしたくなかったのである。
 提灯を灯した赤橙(あかだいだい)が薄暗闇に映えている。冷えも半月前よりは感じられる晩秋が訪れようとしていた。兵馬が三傘屋の暖簾を潜ると先に店へ来ていた喜助の姿が見えた。
「いつやらの話に似ておりますぜ…」
 喜助が天蕎麦をズルズルと啜(すす)りながら兵馬に告げる。
「いつやらと申すと?」
「ほれっ! 妙な出来事が続いた徳利坂の怪でございますよっ!」
「おお! あの折りのな。憶えておる、憶えておるっ! 今の銚子坂だな」
「へい、さようで…」
 徳利坂の怪は、兵馬が出食わした奇怪な出来事の一つであった。 

             続


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明暗ユーモア短編集 (49)きっちり

2022年01月24日 00時00分00秒 | #小説

 性格にもよるが、物事をきっちり終わらないと気が済まない人がいる。むろん、逆にルーズに終わっても、なんとも思わない人も当然いる。なんとも思わない人は大雑把(おおざっぱ)でコセコセしていないから何事にもおおらかで明るい。そこへいくと、きっちり終わらないと気が済まない人は、何事によらず気になりがちで、気分がコセコセして明るくなれない。要は暗いのである。人はこういう人を神経質と呼び、気にしない人を天然とか能天気と呼ぶ。どちらにしろ、よろしくない。^^
 とある年の注連(しめ)飾りが取れた片田舎の村である。一人゛暮らしの老人が、気が抜けたようにボケェ~としながら正月の残った餅(もち)でお汁粉を食べている。年老いても毎年きっちり正月の家行事をやらないと気が済まない性格が災(わざわ)いしてか、終わった途端、ボケェ~っとしてしまったのである。^^ それでも、きっちりやってる間は身体がよく動き、気走りもする。体が動けば楽しいし、気分も明るい。で、終わると、ボケェ~っとして暗くなるのである。
「早く来年が来ねぇ~かのう…」
 正月が終わったばかりなのに、老人はそう呟(つぶや)きながらお汁粉を啜(すす)るのだった。
 きっちりは時として、きっちり終わったあと、人をボケェ~とさせるのである。^^

                   完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする