水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

明暗ユーモア短編集 (28)見損(みそん)じ

2022年01月03日 00時00分00秒 | #小説

 専門家、所謂(いわゆる)、先々を読み通すプロの世界でさえ見損(みそん)じということは起こる。プロでさえ見損じるのだから、私達凡人が見損じで暗い溜息(ためいき)を吐(つ)くというのも無理からぬ話ではある。^^
 とあるプロの将棋棋戦、竜王戦の会場である。
「黒鯛(くろだい)王座、残り一分です…」
 静かに時計係が、読み続ける黒鯛王位に告げなくてもいいのに告げた。黒鯛王座は思わず我に返り、深い溜息をを吐く。そして、慌(あわ)てて指した一手が、見損じの最悪手だった。指したあと、黒鯛王座は駒を手に戻(もど)そうとしたが、時すでに遅かった。記録係が静かに読み上げる。
「黒鯛王座、3三、角成る…」
 その瞬間、別室の大番解説場の客席から喧噪(けんそう)の声が上がった。解説者の海鼠(なまこ)九段も、おやっ!? …と、首を訝(いぶか)しげに傾(かし)げた。
「これは…? 詰めろですが、有り得ない見損じですねぇ~!? 角(かく)を成り込みますと、海牛(うみうし)王位の竜王の利(き)き筋(すじ)がありますから抜き王手が成立し、詰みなんですが…」
 対局場の記録係が少し間合いを開け、小声で呟(つぶや)くように告げる。
「… まで、海牛王位の勝ちでございます…」
『有り得ないっ、有り得ないっ!!』
 別室の大番解説場の客席が騒がしくなる。対局場では、黒鯛王座が海牛王位に首筋を手で掻きながら軽く頭を下げる。
「ははは…」
 黒鯛王座は見損じました…とは言えないものだから、明るい小声で苦笑する。
 プロが見損じた場合、暗い小声では笑わず、明るい小声で苦笑するようである。^^

                   完


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