水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

SFユーモア医学小説 ウイルス [10]

2023年01月22日 00時00分00秒 | #小説

 分かっているのに、どうしようもない鬱屈(うっくつ)した気分が、蛸山を怒らせたのだった。
「ああ、やってられんっ! 海老尾君、もらったリンゴ、剥(む)いてくれんかっ!」
「剥くんですか? 昨日観たコロンボ警部の話だと、リンゴは皮に栄養があるそうですよっ!」
「フ~ン、そうなのっ!? それは知らなかった…」
 蛸山は一つ賢くなった…と、素直に思った。海老尾がリンゴを剥(む)き始めると、蛸山は電子顕微鏡の椅子から立ち上がり、応接セットへドッカリと座った。
「副所長の宇津さん、大丈夫なんだろうか?」
「ええ、そうみたいですよっ!」
「よく知ってるなっ?」
「ええ、あの病院の院長は僕と大学が同期なんです」
「フ~ン、そうなのっ!? それは知らなかった…」
 蛸山は、つい今し方、口にした言葉をふたたび繰り返した。
「最近はミクロな存在が強くなりましたよねっ!」
「ああ、それは言える。我々を取り巻く化学物質が増えたからなぁ~」
「ですねっ! 否応(いやおう)なく体内に入る…」
「そうそう!」
「まあ、見えないから、仕方ないですが…」
「ああ…」
 蛸山は海老尾が八つ切りしたリンゴに齧(かじ)りついた。
「おっ! 美味(うま)いな、これっ!」
 宇津の見舞いに持参した花束だったが、逆に帰り際(ぎわ)、リンゴを宇津夫人からもらったのだ。宇津の病室は、見舞いの果物籠で溢れ返っていたのである。宇津夫人が見舞いのお礼にと、籠ごとリンゴを手渡したのである。これでは見舞いにいったのか、リンゴをもらいに病院に行ったのかが分からない。蛸山の研究室内にはリンゴの籠が不似合いに置かれていた。

                   続


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