「確かに…」
研究企画調整センター長の貝原は深追いしなかった。それ以上質問されれば蛸山も防げなかったのだが、貝原が質問攻めから撤収したことで、二人はホッ! と安息の息を漏らした。恰(あたか)もそれは、三方ヶ原から浜松城へ落ち延びた徳川軍の空城の計に似ていなくもなかった。
「いやいや、一時はどうなるかと生きた心地がしなかったよ、海老尾君!」
「僕だってそうですよ、所長!」
「リンゴ、リンゴっ! どういう訳か、無性にリンゴが食いたくなった…」
「はい、今、用意しますので…。まだ、たんと籠にあります」
「いつまでも置いておく訳にもいかんからなっ! 腐るとなんだから、冷蔵庫へ入れておけば、どうかね?」
「あっ! それはグッド・アイデア! そうします…」
海老尾は、冷蔵庫の野菜収納部分へ、余った籠のリンゴを入れ始めた。
「君ってやつは…。それは後回しにしてさっ! 先に剥いてくれるんじゃなかったのかい?」
「あっ! そうそう! そうでした。どうも、すみません…」
海老尾は冷蔵庫のドアを閉め、リンゴの皮を剝き始めた。
「コロンボ警部じゃなかったのっ!?」
皮を剥き始めた海老尾を遠目に見ながら、蛸山はダメ出しをした。
「あっ! でした…」
「君が私に言ったんだよ。それをフツゥ~忘れるかねっ!?」
「どうも…」
蛸山は、偉(えら)いのを招聘(しょうへい)したぞ…と、厚労省へ推薦(すいせん)した人事をつくづく悔(く)いた。
続