水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

SFユーモア医学小説 ウイルス [5]

2023年01月17日 00時00分00秒 | #小説

「さいでしたか…。研究所だと息が詰まるから、和(なご)むモンがいるんでしょうなっ!」
「えっ!? ああ、まあ…」
 海老尾も蛸山と同じ言葉を繰り返し、暈(ぼか)した。
 定食を食べ終えると二人はお愛想を済ませ、隣の喫茶ペアンへ入った。これもお決まりのコースで、研究所→大衆食堂・鴨屋→喫茶ぺアン→研究所なのである。
 喫茶ペアンで気分の傷を止血し、二人は研究所へとUターンした。午前とは違い、午後のこれからが研究所の正念場となる。二人はふたたび、電子顕微鏡のモニターを見ながら、研究を継続させた。改変された研究所の方針は、ウイルスにはウイルスで・・というミクロ[微視的]理論が採用されていた。従来のマクロ[巨視的]理論による抗ウイルス対応[抗生物質]は、すでに限界を迎えていたからである。この方針は、ウイルスだけにとどまらず、キャンサー[悪性細胞]などにも言えた。
「先生っ!」
「なんだい急にっ! 驚くじゃないかっ!」
「そういや最近、急に頭髪が侘(わび)しくなられましたね…」
「何を言うかと思ったら…。だが、それは事実だな、海老尾君っ!」
 蛸山は、そう言いながら少し肩が凝(こ)ったのか、肩や首を揺らしながら大きく腕を一回転させた。
「もう、そろそろ五十路(いそじ)も半(なか)ばですからね…」
「そうそう! だが私などは、まだ有難い方だよ。大学同期の中海(なかみ)なんか、丸禿(まるはげ)だからなっ!」
「N大の中海教授ですか…」
「そうだ…。系統遺伝というやつだなっ! 先祖のいい血統に感謝せずばなるまい…」
「先生の場合は裾野(すその)は大丈夫で、頂上だけですからねっ!」
「海老尾君、そういう言い方はないんじゃないかっ」
 蛸山は柔らかく笑った。
「すみません。おっ! こんな時間か…。先生、コーヒー淹れますねっ! いつものインスタントでいいですかっ!?」
「ああ、砂糖は多めに頼むっ!」
「はい、分かりました…」
 海老尾は洗面台前の棚に置かれたコーヒー瓶を手にした。それを見ながら、蛸山は先祖が糖尿の血統でなかったことに、改めて感謝した。

                   続


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