「読書」のカテゴリーにあげているのは、基本的に読み終わった本の中で、自分の記録として残しておきたいもの。
なので、この本をここに、あげるのはイレギュラーです。
まだ半分までも読んでいないだけでなく、読み終わるかどうかの見通しもないので。
そしてこの⓵を読み終わっても、続いて発刊される②以降を読み続け、読み終わりはいつになることか?
年明けに、ひょんなことから「資本論」に手をつけてしまった。
学生の時に、連続講座に参加して、講師の話は魅力があったのでほぼ皆勤で出席したものの、予習も復習もしないで「落ちこぼれ」のまま半世紀。
それ以来、押し入れの奥深くにしまい込んだままで探すのも手間なので、とりあえず他人の本棚から借りてきて読み始めている。
1930年生まれの不破さんが高校生のときに「資本論」を初めて通読し、2002年、72歳で「いまも、全貌をとらえる取り組みと努力の最中であることには変わりない」「全貌の一端ぐらいは、ある程度わかってきたかな、という感じをもった」ということで「資本論の講義を初めてする気になった」とあります。
「資本論」そのものと、「資本論」ゼミナールの講義記録である本書を並べて、同時並行で読み進めています。
本書に収められた「講義第1回」の中で「『資本論』という本は、・・・ずっと読み続けてゆくには、補助的な支えが必要」とあります。
青年マルクスが、「資本論」を準備する膨大なノートを作り始めてから約20年後に「初稿」が世に出て、マルクスの没後、エンゲルスによって「現行版」が公刊されるまでに半世紀余。
だから「補助的な支え」なしに文字を追っても、道に迷ってしまうということなのだろうと思う。
自分自身の生きてきた道、今、生きている世界を理解する指針として、「資本論」という山に登ろうとしています。
いつ登頂できるかわからないけれど、登り始めてしまったというところです。
著者;不破哲三
出版社;新日本出版社