ダイヤモンド・オンライン11月中旬、マニラで行われたAPEC(Asia-Pacific Economic Cooperation=アジア太平洋経済協力会議)で最も注目されたポイントは、南シナ海での中国の人工島建設に係る米中の激しいつばぜり合いだった。
人工島建設問題や領土問題を抱える、わが国をはじめとしたアジア諸国にとって、今回のAPECは、拡張主義を鮮明にする中国に対して、米国の発言力を背景に抑止力を働かせる好機だった。
今回のAPECで、米中が激しいせめぎ合いを行ったのはほぼ期待通りのプロセスで、その結果、親中国のスタンスを取るミャンマーやカンボジアを除く、アジア諸国の多くがその拡張主義に明確に反対の態度を示したことは、それなりの抑止力として作用するだろう。
特に、会議直前に、米国が南シナ海の人工島周辺に艦船を派遣して“航行の自由”の原則を実践し、さらに同海域に爆撃機を飛行させたことは、反中国のスタンスを取るアジア諸国にとって大きな要素となった。
一方、中国は、会議前に人工島を議題にすることを避けるよう、いくつかの国と個別に折衝を行ったり、経済援助などを条件に親中国のスタンスを明確にするよう根回しをしたりした。
今のところ、中国は主張のトーンを落としているものの、領土拡張主義を諦めることはない。わが国やアジア諸国は、今後とも同国を監視し、国際法上許容されるべきではない人工島建設には粘り強く反対の態度を示すことが必要だ。
最近、米国内で「対中国政策を誤ってきた」との見方が強まっている。かつて同国では、「中国は貧しい国に留まり、米国に対する大きな勢力になることはない」との予測が多かった。むしろ、対ロシアの関係で中国の成長を援助することもあった。
しかし、中国は、海外からの投資などによって高成長を続け、わが国を抜いて世界第2位の経済大国へと成長した。中国はその経済力を背景に軍事力の増強に努め、既に潜水艦保有台数では米国を凌ぐまでに強大化した。
中国の成長プロセスは、米国の多くのシンクタンクが想定したものよりもはるかに早く、しかも成長の水準は想定の上限を超えていたことだろう。その結果、米国は中国に対する認識を誤ったのだろう。
中国の軍事力が強大化しても、軍備の運用能力や海洋展開力などの点からそれほど深刻に考えていなかったのかもしれない。中国が南シナ海で人工島を建設し自国の領土と主張しても、米国は目立った行動を取らなかった。
その背景には、「中国の行動は一時的」と見たことがあったのだろう。また、米国が中東やアフガニスタンに多くの勢力を注ぎ込んだ結果、アジア地域に対する目配りが低下したことがあったとみられる。
そうした米国、特にオバマ大統領を覚醒させたのは習近平主席の訪米だった。オバマ大統領は、実際に習主席を会談するまで「二人でひざ詰めで話し合えば、中国を自制させることができる」と踏んでいたようだ。
ところが、実際の会談で習主席は一切譲歩する姿勢を見せず、「南シナ海は太古の時代から中国の領土」と突っぱねた。そこで、オバマ大統領は、拡張主義のスタンスを見せつけられ覚醒せざるを得なくなった。
中国が南シナ海で人工島を建設し領有を主張することは、明らかに誤った行動で、国際法に照らして許容されるべきものではない。近隣の諸国から問題視されることは当然だ。
同国がそうした強引な領土拡張主義に走る背景には、主に二つの要因がある。一つは、中国自身に将来、米国に代わって覇権国にのし上がりたいとの野望があると見られることだ。
その野望を実現するために、自国が保有する軍事力=強い力を近隣諸国に見せつけることが重要になる。特に、中国自身の中長期的な安全保障を考えれば、可能な限り領土を広げておくことは極めて有効だ。
現在の覇権国である米国が、中東やアフガニスタンに精力勢力を注いで、アジア地域に割けるパワーが低下していることは、中国にとって大きな好機と映るはずだ。そのチャンスを逃す手はない。
もう一つは、高成長を続けてきた経済に手詰まり感が出ていることだ。リーマンショック前まで中国は、豊富な労働力と大規模な海外からの投資を基礎に“世界の工場”の地位を確固たるものにした。
しかし、リーマンショックで世界経済が落ち込み、経済のエンジン役だった輸出の伸びには期待できにくくなった。当時の胡錦濤政権は4兆元の景気対策によって、成長率を押し上げた。
ところが、その景気対策の効果が剥落してみると、残ったのは莫大な過剰生産能力だった。足元の中国経済は、過剰生産能力と過剰債務を抱えてかなり苦しい状況に追い込まれつつある。
国内に多くの民族を抱える中国にとって、経済的なメリットを国民に分配できないと、不満が蓄積して政権を維持することも難しくなる。中国の友人の一人は、「経済的な富を手に入れられないと、誰も共産党政権について行く人はいなくなる」と指摘していた。
リーマンショック以降の世界経済を見回すと、多くの国や地域で、景気の低迷によって供給能力が需要を上回るデフレギャップが発生している。デフレギャップを埋め合わせて景気を回復させるようとすると、最も手っ取り早いのは海外にモノを売ること=輸出を促進することだ。
そうした状況下、中国の存在意義は大きい。13億人の人口を抱えているため、莫大な消費地であることは間違いない。輸出主導型経済のドイツなどにとっては無視できない有望市場だ。
一方、中国が抱える鉄鋼やセメントなど過剰供給能力は、インフラ投資を必要とする諸国にとっては大きな助けになる可能性がある。インフラ投資を中国に依存せざるを得ないミュンマーやカンボジアなどにとって、同国の意向を無視することは難しい。
現在、中国はそうした状況を上手く使っている。成長著しい経済力を基礎にして軍事力の増強を図り、近隣諸国に対して力を誇示しながら領土拡張主義を進める。その一方で、有望な需要地としての地位を使って、ドイツや英国など欧州諸国との距離を縮める外交政策を展開している。
ただし、中国は領土拡張主義など誤った政策を続けている。長い目で見れば、誤った政策はどこかで転換せざるを得ないのだが、その転換点が来るまでにはまだ時間がかかりそうだ。
今回の中国に対しても、国際社会は是々非々のスタンスを明確にすべきだ。国際法に照らして容認できない行動に対しては、国際世論の反対を盛り上げることで堂々と糾弾すべきだ。近隣諸国が厳しい状況に追い込まれないためにも、早い時期に、そうした対応が必要だ。