【ワシントンAFP=時事】米大統領選で共和党の指名獲得を確実にした実業家ドナルド・トランプ氏の選挙資金が、5月31日時点で民主党候補のヒラリー・クリントン氏を大幅に下回ることが20日、報告書類から明らかになった。
連邦選挙委員会の報告書によると、トランプ氏が集めた選挙資金は130万ドル(約1億3500万円)なのに対し、クリントン氏は4200万ドル(約43億8000万円)以上と、約32倍の差がついた。
クリントン氏の政治資金団体「スーパーPAC(政治活動委員会)」は、これとは別に5200万ドル(約54億3000万円)を用意している。一方、トランプ氏には大口資金提供者がおらず、5月には自腹で選挙資金200万ドル(約2億円)を賄った。
文/幸福実現党 千葉県本部 副代表 古川裕三
◆政治不信の原因
そもそも、若者の政治離れが進み、全体としても、各選挙の投票率が下がり続けている原因のひとつは、国民の多くが、「政治家は選挙の時だけいいことを言って、通ったあとはやりたい放題だ」、と認識しています。
なぜなら政治家に不信感を抱いているからです。「政治とカネ」にまつわる問題も後を絶ちません。
また、国民は「バラマキ政治」にも嫌気がさしています。選挙前にばらまいて、財政赤字が膨らんだとして後から増税してくる、というパターンに辟易しているのです。
◆年金保険料、使い込みの罪を糺せ
若者の政治離れに歯止めをかけ、国民の政治不信を払しょくするためには、政治家がまず「誠実」であるべきです。少なくとも、嘘を上塗りして失政のツケを国民に回してはいけません。
ここで取り上げたいのは、年金問題です。立党時より訴えておりますが、政府はまず、消えた年金積立金800兆円のけじめをつけよと言いたいところです。
年金制度は当初、積立方式でスタートしたにもかかわらず、いつの間にか賦課方式(現役世代から高齢者への仕送り制度)へと勝手に制度変更されました。
そして納めた以上の年金を高齢者へ給付する大盤振る舞いから始まり、厚労省や旧社会保険庁の官僚たちが天下り先の特殊法人や公益法人を通じて浪費した人件費、福利厚生費への流用、グリーンピアなどの無駄なハコモノ建設など、年金以外の助成金などに使い込まれました。
このことについて、政府は一度でも謝罪したことがあったでしょうか。
年金保険料と称して、税金として使い込んでいたわけですから、その罪は極めて重いです。正義の観点から、歴代の政治家、官僚など、関係者は刑事告訴を受けるべきです。
この事実をひた隠し、「子供にツケを回さない、安心の社会保障のため」と謳って消費税をどんどんと上げようとしているから許せません。
少子高齢化が進展するなか、賦課方式のままであれば、若くなればなるほどその負担が重くなります。
「景気が悪い、給料が上がらない、だけど消費税や保険料は重くのしかかる。」これで若者に希望を持てと言っても無理があります。
私たちは、増税ありきの考えは間違いで、民ありき、国民の豊かさ、幸福ありきであるという信念のもと、「小さな政府」を中軸に、国を守る国防政策、個人が豊かになる経済政策を一貫して7年間言い続けてまいりました。全くぶれていません。
幸福実現党の最大の強みは、正直かつ誠実で、先見性に富んでいるところです。
立党7周年を迎える今年、どうか国民の皆様には、私たちに信頼を寄せていただきたいと心よりお願い申し上げます。
そして最後に、私と同じ若者に一言。
「一緒に変えよう。政策はある。 釈党首は比例から出馬。
とにかく、人間は、笑顔の人を見て敵意を抱くことは難しいのです。
これは鉄則です。
笑顔の人を見て敵意を抱くと、よほど自分の性格が悪いように思えるのです。
ニコニコ笑っている人を見て、その人に悪口を言っていたら、
自分のほうが、よほど悪いように思えます。
それでも顔色を変えずにニコニコされたら、もう、かないません。
ギブアップになります。
したがって、「笑顔は敵意を抹消する最大の方法である」ということが言えます。
『コーヒー・ブレイク』P.100
※幸福の科学出版
http://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M278387&c=10209&d=203d
http://voicee.jp/201404209230
父が決めた進路
「Cには、大学に行くだけの勉強に対する情熱がなか。すぐに働けるように商業高校に行きなさい」
「えっ?」
行きたい高校があり、成績も少しずつ上がってきたときだったので、私は父の言葉にショックを受けました。両親が大学や短大を出ているので、当然、自分も大学に行かせてもらえると思い込んでいました。
「文句があるなら、高校なんて行かんでもよか。中学を出たら働きなさい!」
有無を言わさない父の言葉。私の進路はすべて父が決めました。まるで、父の敷いたレールの上を走らされているようでした。
父への恐怖心
私の父は、中学校の英語教師でしたが、私が小学校3年生の頃に心臓を悪くして、退職することになりました。幸い、母が公務員だったので、なんとか生活は成り立ちましたが、それ以来、「母が働き、父が家にいる」という“夫婦逆転”の生活になりました。
寝たきり生活ではなく、日常生活はできました。ただ、父は家事など一切やらず、母が仕事と家事を両立させていました。昔ながらの家庭で、食事も父が手をつけないとみんな食べられず、お風呂も父が最初と決まっていました。
元教師の父は、その分、私たち子供に対する教育に熱心になっていきました。勉強、立ち振る舞い、箸の上げ下ろしまで口を挟む父。しつけにはうるさく、幼い頃から日本舞踊も習わせられました。特に長女の私に対しては厳しく、手が出ることもたびたびありました。
(まるで、家にも“先生”がいるみたいじゃない。それも恐い先生が……)
私は学校が終わって、家に帰るのがほんとうに嫌でした。そのせいか、中学生になると奇妙な行動をしていました。いつも1日分の着替えを持って学校に通っていたのです。
いざというときは、それを持って、近くに住んでいる祖母の家に逃げ込もうと考えていました。しかし、実際に実行する勇気はありませんでした。やはり、何よりも父が恐かったのです。
突然襲った激痛
商業高校を卒業した後、私は地元の会社の経理部に勤めました。ひそかに一人暮らしを期待していましたが、父は私の給料まで管理しはじめ、それも叶いませんでした。
就職しても、給料は自分には入らず、父から貰うお小遣いでの生活──。
しかも、自宅から会社まで片道1時間半もかかるうえ、残業が多く、体力的にきつくなる一方でした。
そのうえ、職場での人間関係もうまくいきませんでした。職場の上司が、必要以上に私にきつくあたるからです。私がトイレに行っている時間も計っていて、なにかにつけて怒られました。
(なんで、私ばっかり、こんな目に遭うの……)
後で聞いた話によると、自分の縁故者を入社させたくて、私を辞めさせたがっていたらしいのです。
「痛い……」
ある日、下腹部に激痛が走りました。
病院に行くと、尿管結石と診断されました。ふつうは中高年の男性がなるような病気です。「20歳前の女性の尿管結石なんて、はじめて見ました」と、医者も珍しがっていました。
思い当たることがありました。私は、ストレスからか、人の3倍ぐらい食べるようになっていたのです。お昼にお弁当を食べた後、大盛のチャンポンを食べて、さらにピラフをぺろりと平らげる──とにかく、食べても食べても満たされません。私は、今で言う「過食症」に近い状態になっていました。
その後、結石のせいで、お腹がパンパンに腫れ上がり、歩くにも足が上がらないような状態になりました。また、食べるとすぐ吐くので、病院で点滴を打ちながら、会社に行きました。
結局、精神的にもすっかりまいってしまい、私は入社2年足らずで会社を辞めることにしました。
家出
仕事を辞めてからしばらくは、家にいる気にもなれず、療養もかねて埼玉の叔母の家で過ごしました。気分転換にずいぶん旅行もしました。環境が変わったせいか、体調も少しずつ回復していきました。
アルバイトができるようになると、「早く家を出たい」という気持ちが日増しに強くなりました。そして、24歳のある日、私はバッグ1つを持って、何も言わず家を出ました。行き先は、京都。以前旅行したときに、いつか住みたいと思っていました。
「誰にも気を使わずに、大の字になって寝られるような生活がしたい」
それが私の願いでした。
生活が落ち着いた頃、父に知られないように、母親の職場にこっそり電話をしました。
「母さん、私、生きているから大丈夫よ。心配せんでね」
父に連れ戻されないように、固く口止めをしてから居場所を教えました。実家に帰るつもりは、私にはまったくなく、母も私の気持ちを察してか、無理に説得することはしませんでした。
母からの小包
ある日、母から小包が届きました。中には、大川隆法先生の本が入っていました。
(この前、母さん、すごか本が出ているって言ってたな。これのことかな?)
最近、母は「幸福の科学」に入会したことを私に伝えてきていました。私は、半信半疑にその本を手にとって読み始めました。
その本には、「親子の関係というのは非常に縁の深いもので、1回や2回の生まれ変わりでできたものではない」と書いてありました。
(えーっ! 親子の縁って、あの世で約束してくるの?)
父が恐くて、自分に自信が持てず、不幸を環境のせいにしていた私。こんな人生が嫌でたまらず、「もし神様がいるなら、こんな人生早く終わらせて、天国に帰してほしい」とさえ思っていました。
しかし、この世は魂修行の場であり、親も、環境も、自分で選んで生まれてくることを知って驚きました。
そして、大川隆法先生の講演会があることを聞いた私は、いてもたってもいられず会場に向かいました。
私は一言も聞き漏らすまいと、真剣に拝聴しました。話を聴いていると、なんともいえない懐かしい気持ちがしてきました。いつも孤独と不安でいっぱいだった私は、感激で最初から最後まで泣きっぱなしでした。
「なんでこんなに胸が熱くなるんだろう? 私も会員になって、もっとこの教えを学びたい」
感動を抑えきれず、その後すぐに、私は幸福の科学に入会しました。
「言うこと聞かんなら、勘当だ!」
「いつまでも、こんな状態じゃいけないな。そろそろ長崎に帰ろう」
幸福の科学の教えを学びはじめてから、「父とも和解しなくてはいけない」という気持ちが芽生えてきていました。
無断で家出をしてから、もう4年が経っていました。久々に実家の門をくぐるのに勇気は要りましたが、なんとか父と顔を合わせ、あいさつをすることができました。
しかし、自宅に住む気持ちにはなれず、市内にアパートを借りて、仕事をすることにしました。その後、職場の友だちの紹介で主人と出会い、結婚することになりました。結婚の報告をするために2人で実家に行くと、父は意外にも喜んでくれました。
「よか人やかね」
父は主人の人柄が気に入り、上機嫌。
ところが、結婚式の話になると、急に態度が一転しました。
「結婚はよかけど、親戚なんか呼んで派手に結婚式をするのはやめてくれ」
「えっ?」
主人と私は唖然としました。
昔から父は親戚づきあいが嫌いでした。だからと言って、「結婚式をするな」というのは、めちゃくちゃな言い分でした。結局、折り合いがつかないまま、「結婚式は絶対やりますから」と言い捨てて、逃げるように帰りました。
その後、突然、父が私のアパートにやってきました。母も一緒でした。ちょうど、主人と結婚式の打ち合わせをしているときでした。
その様子を見た父はカッとなって、いきなり主人の上に乗っかり、殴りつけました。
「結婚式をするなら、結婚もやめろ!」
「お父さん、やめて!」
母が必死になって止めました。
「言うこと聞かんなら、勘当だ!」
そう言い残して、父は怒ったまま帰っていきました。
結婚式当日の事件
結婚式当日。
父は“体調不良”を理由に参加できないということにしていました。式も終盤にさしかかった頃です。
「それでは、新郎新婦から、ご両親に花束の贈呈です」
司会者の言葉に従って、主人が母に花束を渡そうとしたとき、私は驚きました。
なぜか、そこにいるはずの母がいません。代わりに叔母が立っていました。後で聞いた話によると、式の最中に、「結婚式をやめろ!」という、ものすごい剣幕で怒る父からの電話があり、それを止めるため、母は急いで家に帰ったそうです。
周囲の人は、私たちが動揺しないように、何事もなかったように隠していました。
新婚旅行から帰ってからも、勘当されている私は、実家に帰って父と会うことはできませんでした。長女、長男が生まれたときも、電話で報告はしましたが、病院へ孫を見に来る父の姿はありませんでした。
子供が“親善大使”に
「──Cちゃん、実家に行ってこんね。お父さん、きっと待っとるよ」
幸福の科学の仲間のMさんは、私が父との関係で悩んでいることを知っていて、なにかと相談に乗ってくれていました。すでに勘当されて6年近く経っていました。
それ以来、同じ長崎に住みながら一度も父とは会っていませんでした。
「でも、私、勘当されとるけん……」
「大丈夫さぁ。子供を連れていってやらんね。お父さん、絶対喜ぶよ」
Mさんに背中を押され、2歳の長男を連れて実家に行きましたが、とても父と同じ場に居合わせる勇気がありません。
「これから支部の公案を受けるけん、この子を預かってもらってよか?」
私は玄関先で母親に長男を預けると、部屋にも上がらず、そのまま支部へ向かいました。支部の公案が終わり、ドキドキしながら実家に行くと満面の笑みを浮かべて長男と戯れる父の姿がありました。
「よか子になったね」
怒られるかもしれないと思っていた私は、あまりの父の変わりように拍子抜けしてしまいました。
まるで、子供が私と父の“親善大使”になってくれたようでした。それからというもの、子供たちを連れていくと、父が喜ぶので、私は実家に帰れるようになりました。
父との和解
Mさんに誘われて、精舎研修に参加するようになると、私の父に対する気持ちも次第に変わっていきました。
特に、湯布院正心館で研修に参加したとき、今まで充分に見えていなかったものが見えてきました。
それは、幼少の頃から、父に愛されていた自分でした。アルバムのなかにある、小さな私をまるで宝物のように大切に抱いている父の写真を思い出しました。
「そういえば、いつも父はたくさん写真を撮ってくれたな。年代ごとに整理されたアルバムがいくつもある。どういう気持ちで撮ってくれていたんだろう?」
鬼だと思っていた父の厳しいしつけも、実は大人になってから役立つことばかりでした。
また、自宅でよく勉強をしていた父の後ろ姿が思い浮かびました。いろんな本を読んでくれたり、読書の喜びを教えてくれたのも父でした。
進学についても、今考えると、私の実力や性格を充分知ったうえでの正しい選択だったと思いました。父への感謝の気持ちが込み上げ、「お父さん大好き!」と無邪気に思っていた幼少時代の自分を思い出しました。
そして結婚式の事件──。
「母が代わりに働いていて、プライドが傷ついていたんだ。だから、親戚を呼びたくなかったのかもしれない」
父の立場になって考えてみると、もう、水に流そうと思えるようになりました。
その後、私は実家に帰る前に、幼少時代のかわいがられていた写真を思い浮かべながら、「家庭調和の祈り」※を唱えるようにしました。
心のなかで父と和解するイメージを何度も描いていくうちに、不思議なことに、勘当されたことも忘れるぐらい、お互い仲良く語り合えるようになっていきました。
※「家庭調和の祈り」:幸福の科学の三帰誓願者に授与される『祈願文(2)』に所収の経文。
「おじいちゃんのところに行こうよ」
「もう、自分もそんなに長くないかもしれんね……」
あるとき、父がぼそっと口にしました。
確かに、以前よりだいぶ痩せて、体調もよくなさそうでした。それでも子供たちが来ると、明るく元気に振舞い、孫2人を馬乗りさせながら喜んでいる父の姿がありました。
私と母が、「無理せんでね」と言っても、父はやめませんでした。
「おじいちゃんのところに行こうよ」
子供たちも、父が大好きになり、遊びに行くのをせがむようになりました。しかし、その後、父は入院し、孫たちと遊ぶこともできなくなりました。
父の愛が心にしみて
ある秋の夜のこと、病室でたまたま父と私だけになる時間がありました。
「身体が痛い」と言うので、私は父の身体をさすってあげていました。あんなに大きく感じた父の背中が、なんだかとても小さく感じました。
すると、呼吸器の隙間から、か細い、小さな声が漏れてきました。
「Cは、がんばってるね。ほんとうにがんばってる……」
父にはじめて心の底から褒められた気がしました。思わず涙がこぼれました。
数日後、父は静かに息を引き取りました。父の葬式のとき「お父さんに殴られたことが懐かしいです」と号泣していた主人。
主人も、1年ほど前に入会し、一緒に幸福の科学で学んでいました。
「──お父さん、Cのことが、かわいくて仕方なかったんだよ」
厳しくても、情の深い父であることを主人はよく分かっていたのです。
その後、母から、父が「Cのために」と言って、遺産を遺してくれたことを聞きました。そこに込められた父の愛が私の心にしみてきました。
(お父さん、ずっと私のことを思っていてくれてたんだ……)
この世限りではない親子の絆の強さを感じて、亡き父への感謝の気持ちでいっぱいになりました。
そのことに気づかせてくれたのは、幸福の科学の教えでした。時間は短くても、父と私は、最後にほんとうの父と娘になることができたのです。
[東京 21日 ロイター] - 政府は21日、北朝鮮が新たに弾道ミサイルを発射する兆候があるとして、自衛隊によるミサイル迎撃を可能とする「破壊措置命令」を出したことが明らかになった。共同通信など国内メディアが報じた。
共同通信によれば、移動式の新型中距離弾道ミサイル「ムスダン」を発射する可能性があると政府関係者が明らかにしたという。
戦後、日本の政治を牽引してきた自民党は、日本の発展に一定の役割を果たしてきた面もある。だが、長らく政権与党の座に座っているうちに驕りが生じ、1000兆円を超える財政赤字を作った。
大川総裁は、講演会で「(多額の財政赤字が)なぜできたかといえば、国債を発行して国民から借金をして、それを票が取れるような団体に補助金をばら撒くことによって、補助金行政で(選挙に)勝つシステムを作り上げたということ」と指摘。
「国民のみなさんが作った借金」というのは間違いで、与党が選挙に勝つためにつくった借金であると喝破した。
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自分達が作った借金を消費税や相続税などの税金の増税で負担させるのは、おかしい。民主(民進)党もだめだったが、もう既成政党に投票するのはやめるべきだ。、
さながら"夏のUFO祭り" 定番化しているUFOイベント
http://the-liberty.com/article.php?item_id=11490
"UFOカレンダー"なるものがあるとしたら、今年の夏のUFO行事も予定通り進行中だ。
まず、北半球で小麦が実る初夏、定番化しているクロップ・サークルの出現が今年も報告された。6月5日、クロップ・サークルのメッカ、イギリスのウィルトシャー州の麦畑に現れたのは、NASAの月面探査機の車輪のホイールにそっくりなサークルである。航空写真には、スペースシャトルの形のような畑が写っており、そのシャトルの足元部分に車輪のようなサークルが現れている。
(この夏初のクロップ・サークル https://youtu.be/G1-UX7a7RKI )
クロップ・サークルには人間が作ったのもあるが、複雑に編み込んだ穂など、人間が作ったとは想定できない巨大で高度なものも多く、また誰も名乗り出てもいない。毎年“真犯人"不明のまま、キチンとUFO恒例行事として組み込まれているようだ。
地元ではクロップ・サークルのレクチャーが開催され、7月から8月にかけてイギリスとオランダでは「クロップ・サークル・エキシビジョン2016」も開催される予定だ。
◎世界UFOデーは更に充実
また夏の恒例行事として世界的に有名になった7月2日の世界UFOデーの行事が今年はパワーアップされる。
世界UFOデーの起源となったロズウェルUFO墜落事件の本拠地、アメリカ、ニューメキシコ州のロズウェルで、今年も6月30日から7月3日までロズウェルUFOフェスティバルが開かれる。UFOレクチャーやパレード、コンテストなど、街にエイリアンがあふれるお祭り騒ぎで、毎年多くの観光客が訪れる。
今年は、ロズウェル事件を最初に報道したことで世界一有名な地方紙ロズウェル・デイリー・レコードが、期間中、世界的なUFO研究者を招き、講演会を開催予定。地元商工会も広報に一役買っている。
同紙によって初めて「米軍が空飛ぶ円盤を回収」と報道された後にすぐ軍が「円盤ではなく気象観測気球だった」と訂正した。しかし、その幻の最初の記事は、今やそのコピーや記事がTシャツやカップにプリントされ、大量に出回っている。
その謎はともかく、どうやらUFOはすっかり日常生活に定着し、新たな商機となっている模様だ。(純)
【関連記事】
2015年5月3日付本欄 今年初のクロップサークル(ミステリーサークル)が出現と話題 【UFO後進国日本の目を覚まそう!】
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9577
ポルトガルで脳死状態の女性が出産 脳死は人の死ではない
http://the-liberty.com/article.php?item_id=11491
ポルトガルのリスボンにあるサン・ジョゼ病院が、4カ月のあいだ脳死状態にある女性が健康な男の子を出産したことを発表した。英BBCが報じた。
女性は今年の2月、脳内出血による脳死であると宣告された。しかし、お腹の中の胎児は健康であることが確認され、夫の承認を受けて出産が行われた。脳死後に胎児が生存した期間として、4カ月という期間は、ポルトガル最長だ。
4月には、ポーランドで同じく脳死状態にある女性が出産した。こうしたニュースが報じられる度に、脳死は本当に人の死なのかという議論が起こる。
◎脳死状態での臓器移植の真実
本誌が繰り返し訴えているように、脳死は人の死ではない。霊的真実を述べれば、心停止後、約1日が経過し、肉体と魂をつなぐ「霊子線」が切れた瞬間が本当の死である。霊子線がつながっている間、魂と肉体は感覚を共有している。脳死状態での臓器移植は、生きたまま臓器を取り出されることと同じであり、死後もその痛みと恐怖は魂に残る。
日本では4月、脳死状態に陥った6歳未満の女児から、両親の承諾によって臓器提供が行われた。両親の悲しみは察するに余りあり、その悲しみの中で臓器移植を決断した美談として報じられた。
だが、残念ながら女の子は望まぬ痛みに苦しんでいるかもしれない。唯物論に基づく医学の限界がここにある。
◎脳死判定に納得しなかった父、そして……
脳死が人の死ではないことを示す事例は少なくない。昨年、アメリカ・テキサス州の病院で27歳の息子を「脳死」と判定されたピカリング氏が起こした事件がそれを示している。
ピカリング氏の息子に対し、医師たちは脳死判定を行った上で臓器提供を勧めた。近親者のほとんどがそれに応じたが、性急な彼らの決断に納得の行かなかったピカリング氏は銃を持って医師らを妨害した。
3時間に渡る交渉の末、ついに奇跡が起こる。脳死状態と言われた息子が目を覚ましたのだ。
銃を持ち出したのはやり過ぎかもしれないが、父にとって脳死状態の息子を「死んでいる」と判定されることは到底納得のいく事ではなかったのだろう。
臓器提供によって救われる命もある。しかし、唯物論に基づいて人間の生死を判定することは間違いだ。この世の人間の都合だけで判断していると、思わぬ不幸を招く。正しい霊知識を含んだ医学が、今、求められている。(藤)
【関連書籍】
幸福の科学出版 『永遠の生命の世界』 大川隆法著
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=139
【関連記事】
2013年9月28日付本欄 女優・佳那晃子さん脳死宣告から回復 「脳死臓器移植」に疑問の声
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2016年4月21日付本欄 ポーランドで脳死状態の患者が出産 死の定義とは何か
http://the-liberty.com/article.php?item_id=11246
2016年2月26日付本欄 インフルエンザで脳死の女児が臓器移植 脳死は本当に人間の死なのか?
http://the-liberty.com/article.php?item_id=10993
【討論で学ぶ】「中国の領海侵犯、そんな騒ぐこと?」と言われたら(初級編)
http://the-liberty.com/article.php?item_id=11489
ソクラテス、仏陀、孔子の共通点の一つは、「大事なことは対話で教えた」こと。政治のこと、世の中のことも、対話で学ぶとよく分かります。下のような質問に、あなたならどう答えますか?
◆ ◆ ◆
中国の軍艦が日本の領海に入ってきたっていうニュース聞いた? 怖いわね。やっぱり国防をしっかりしないといけないわね。
——日本の領土に上陸したわけじゃなくて、近くの海を通っただけでしょ? あまり騒がないほうがいいんじゃない?
領海って領土から20キロちょっとの範囲で、天気によっては陸から見えるところよ。そんなところに軍艦が来るのって怖くない? 言ってみれば家の庭先みたいなものよ。家の庭とか玄関先に、他の人が勝手に入ってうろうろしてたら気味が悪いわ。
——確かに軍艦が見えてあまりいい気持ちはしないけど、日本が騒いで自衛隊を派遣したりしたら、そっちの方が戦争になりそうで怖いわ。
「この家は警察呼ばないんだな」と思われたら、家の中にまで入ってくるかもしれないわよ。家の庭に、他人が勝手に入ってきてウロウロしてたら、普通、警察呼ぶでしょ。何もしないで放っておいたら、これからもアヤシイ人が入りたい放題になってしまうんじゃないかしら。
——警察呼ぶのは分かるんだけど、それだったら国連とかに注意してもらった方がいいんじゃない? 軍事力を強化するのは戦争になりそうで心配なの。
中国って国連で強い権限を持ってるのよ。中国が「嫌だ」と言ったら何も進まないの。国連に注意してもらうのは無理だわ。「警察を呼ぼうと思ったら、その泥棒が警察のお偉いさんでした」という状況なの。
軍事力を強化するのは、戦争にしないためよ。日本から手を出さなかったとしても、日本を狙おうとしている国がいて、その国が戦争を仕掛けてくることもあるわけでしょ。でも、日本とか日本の味方が強かったら、日本を攻撃しにくいわよね。泥棒だって警察が見張ってたら簡単に手を出せないわけだし。
国際社会では、「自分の国は自分で守る」ことが基本なの。でも、力の弱い国は、同じ価値観や利害を持つ他の国とも協力して守らないとね。
——中国が戦争を仕掛けてくるっていうけど、その可能性はどのくらいあるの?
かなり高いと思うわ。だって、中国はすでにチベットや東トルキスタンっていう国を、植民地のように支配してるのよ。核ミサイルもたくさん持っていて、国際社会が「核兵器を減らそう」と呼びかけてもまったく聞く耳を持たない国なの。
日本に対しても、沖縄県の尖閣諸島について「これは中国のものだ」とか言って、日本人が漁をするのを邪魔しているのよ。
それでも、戦争までは仕掛けてこないという人もいるけど、地震や災害と同じく、「万が一」が起きてからでは遅いわ。
——尖閣諸島って沖縄の小さな無人島でしょ? そんなにほしがってるなら、島を半分ずつ分け合う方法とかあるんじゃない? 気分はよくないけど、戦争になるよりはいいかな。
島を分け合っても戦争にならない保証はないわよ。それに、尖閣諸島は日本の領土であることは明らかで、それは少し前まで中国も認めていたのよ。それを「そんなにほしいならどうぞ」とあげてしまったら、今後、いわゆるカツアゲのターゲットにされてしまうわ。
犯罪に妥協してはいけないの。警察が犯罪を取り締まるように、軍隊が悪いことをする国に対して毅然とした態度をとることは大事なのよ。
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2016年6月15日付本欄 尖閣上陸男「トクマ」の心意気 南シナ海の岩礁にフィリピンの青年が上陸
http://the-liberty.com/article.php?item_id=11476
2015年9月号 「安保法制はなぜ必要か」を国民に説明すべき - 「憲法守って国滅ぶ」では本末転倒 - The Liberty Opinion 6
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9926
舛添要一・東京都知事の辞任表明で走り始めた都知事選挙。自民党からは小池百合子・元防衛相、民進党からは蓮舫氏などの名前が取りざたされている。だが、想定外の「真の隠し球」を首相官邸が握っていると見るのはジャーナリスト・森功氏である。それは人気グループ・嵐の櫻井翔の父親で、「櫻井パパ」こと桜井俊・前総務事務次官のことだ。
「いち早く自ら出馬を否定した櫻井パパを、官邸は最有力候補としてあきらめていない。今回の都知事選のように知名度のある多くの候補の名前が日替わりで出てくる状況では、桜井さんがそのまま飛び出せば選挙までに鮮度が落ちてしまう。だからこそ不出馬表明でいったん火消しする必要があった。
候補者選びで一通りもめた後で、最後に“やっぱり桜井さんにお願いしたい”と出馬を要請する。みんなが消えたとノーマークになっているだけに、出馬となればサプライズ効果は断然大きい」
桜井氏が取材陣に語った「私は情報通信行政をやってきただけの人間ですので、とても、そのような役を果たせるだけの器ではない」という不出馬の意思は偽りのない気持ちだろう。
しかし、自民党内には桜井氏待望論が根強く、同党役員は「最強のカード。使わない手はない。総務省の役人たちも出馬を望んでいる。最終的な判断は参院選後だろうが、安倍総理と菅官房長官が口説けば断われないはずだ」と見る。知事選出馬に向けた“櫻井パパ包囲網”が敷かれていることがわかる。
桜井氏は6月17日で総務次官を退任した。出馬のタイムリミットの都知事選公示日は7月14日が有力だ。
桜井氏をよく知る人物は、「桜井さんは息子の知名度を選挙に利用しようという政界や霞が関の下心を見抜いて嫌な思いをしている」とその心中を代弁するが、桜井氏が出馬要請を最後まで固辞して「生涯一官僚」を貫くのか、それとも安倍政権に“殉じる”形で出馬するのか、その決断ひとつで知事選の景色は大きく変わってくる。
「産経WEST」
民間シンクタンク「独立総合研究所」社長でジャーナリストの青山繁晴氏(63)が、20日に開いた参院選出馬会見の主な内容は以下のとおり。
「僕は政治家は嫌い。ずっとお断りしてきた」
「いきなり、僕ごときの決心について、驚かせて申し訳ありません。明後日公示の参院選に、自民党の全国比例から立つことを4日前に決めた。ありのままの経緯を話し、いくらでも質問にお答えしたいと思う。明日の朝5時まで」
「なぜ出るか。端的に申すと、日本は既得権益でがんじがらめ。それを打ち壊して、経済も社会も汚れた政治も変えるためには、僕自身の人生を壊さざるを得ないなという風に考えた。
出馬したらどうかというのは、政治部の記者時代から何度かあったが、すべてお断りしてきた。僕は政治家は嫌い。自分を売り込むことを優先するという生き方は、なじまない。ずっとお断りしてきた」
「今回の件でいうと、今年の1月に、世耕弘成内閣官房副長官から『今回ばかりは出てほしい』とあった。お気づきだと思うが、(慰安婦問題に関する)日韓合意をめぐって、批判渦巻いていたとき。
その2日前、安倍総理に『(合意には)反対です』と申し上げた。直後の(世耕氏からの)出馬依頼で、意外だったので断った」
「それから半年近く過ぎ、先週に突如、8日前、12日だったと思う。安倍総理から電話がありまして、『参議院の比例に出てもらいたい』といわれたので、お断りした。安倍さんから『そう言われるだろうと思って言った』と。
総理は『国会で質問してもらえれば、外務省も経済産業省も変わるでしょう。自民党の部会で発言してもらえば、議員にも変わる人が出て来るだろう』と言った。客観的に重い言葉だと思う」
「1期しかやらない」
「そこから僕は苦しんだ。選挙は今でも嫌、今日の会見は悪夢と同じ。こんな会見で記者出身ですから、苦楽をともにしたようなみなさんとお目にかかるとは夢にも思っていない。
既得権益を壊すには、自分の人生を壊さざるを得ないと思った。政治家が嫌いと申した通り、政治家が嫌われ、憎まれる。ところが、その政治によって消費税も決められ、生活の隅々まで決められることを考えれば、政治は嫌だと思って、次世代に渡していいのかな、と。違うことをやるんだったら、やってもいいかなと申しました」
「それから半年近く過ぎ、先週に突如、8日前、12日だったと思う。安倍総理から電話がありまして、『参議院の比例に出てもらいたい』といわれたので、お断りした。
安倍さんから『そう言われるだろうと思って言った』と。総理は『国会で質問してもらえれば、外務省も経済産業省も変わるでしょう。自民党の部会で発言してもらえば、議員にも変わる人が出て来るだろう』と言った。客観的に重い言葉だと思う」
「1期しかやらない」
「そこから僕は苦しんだ。選挙は今でも嫌、今日の会見は悪夢と同じ。こんな会見で記者出身ですから、苦楽をともにしたようなみなさんとお目にかかるとは夢にも思っていない。
既得権益を壊すには、自分の人生を壊さざるを得ないと思った。政治家が嫌いと申した通り、政治家が嫌われ、憎まれる。ところが、その政治によって消費税も決められ、生活の隅々まで決められることを考えれば、政治は嫌だと思って、次世代に渡していいのかな、と。違うことをやるんだったら、やってもいいかなと申しました」
「1期しかやりません。選挙活動は公示後、7月9日まで行って、二度とやりません。最大で1期6年しかやらない。政治は本来、ボランティア。政治が職業になってしまっている。こういうことを直すためには、1期だけの政治家がいてもいいんじゃないか」
「政治献金について、法的には寄付ですが、企業から受け取らないのは当たり前のことで、事実上の迂回(うかい)献金がずっと行われている。法の下で汚いことをやっている政治家がいる。個人も団体も、一切、一円も受け取らない。政治がやれるのかとなるかもしれないが、やれますよ」
「拉致被害者の高齢化、決心に」
「小さな決心をしたのは、拉致被害者家族が高齢になっている。有本(恵子)さんのお母さんは90歳になり入院した。現状を考えれば、やらざるを得ない。今の自分が築き上げてきたものを犠牲にしてでも、やるしかないと思う」