ウクライナ戦争は開始以来3か月近く経過し、治まる気配はないが、ロシアの脅威に、5月12日、フィンランドのニーニスト大統領とマリン首相はNATO加盟の意思を表明した。同様に、第二次大戦後、中立政策をとってきたスウェーデンもNATO加盟を表明すると思われる。
この比較的軍事力が大きく、ロシアと直接、または極めて近い2ヵ国が、軍事的中立から対立を選択したことは、欧米とロシアが、完全に一触即発の状況に陥ったことを意味する。ウクライナもNATOからの大規模な軍事支援を受けており、事実上既にNATO加盟国と同様であるので、欧米とロシア間に、中立の緩衝地帯がなくなったからである。勿論、この状況を作り上げた直接の要因は、侵攻を開始したプーチンの選択である。
ウクライナ戦争は、ロシア軍の進撃をウクライナ軍が押し戻しているとの報道が多くあるが、ロシア軍も占領地を死守するか、少しでも拡大しようとするのをやめようとする気配はない。AFPWeb日本版は5月13日「ロシアが作戦目標をドンバス地方全域の『解放』に切り替えて以降、戦局はこう着状態に陥っている。 」と書いているが、それは間違いないだろう。
The Guardianは5月14日、ウクライナ軍のキリロ・ブダノフ少将の「8月に戦争はターニングポイントを迎え、今年中に終わるだろう」という発言を載せている。要するに、NATO諸国からの重火器の供給を含む軍事支援によって、ウクライナ軍は善戦しており、今年中には、ロシア軍をウクライナ領土から排撃できるという見通しである。しかしこれは、大本営発表並みのウクライナ側の希望的観測に過ぎない。
ウクライナ軍がいくら攻勢をかけても、ロシア軍は最低でも、侵攻前に独立しているドネツクとルガンスクの「人民共和国」、既にロシア領と見做すクリミア半島から撤退することはあり得ない。そこには、西側には都合が悪いことだが、自身をロシア人と認める少なくない住民が存在するからである。それをロシアのプロパガンダとするのは無理がある。フランス公共放送テレビ局は、ロシア側支配地域からの中継で、その住民を映し出しているし、多くの西側メディアも報道しているからだ。それらの住民は、ウクライナ軍が進軍してくれば抵抗する。それを見捨てることは、プーチンだけでなく、多くのロシア人ができないからだ。
ウクライナと西側政府は、領土の一体性に固執しているので、今さらロシア支配地域を認めることもできず、攻撃をやめることはできない。また、ロシア側が支配地域拡大を目論み、再度攻撃してくるかもしれないという懸念もあり、それも戦闘をやめられない理由の一つになる。NATO諸国は兵器の供給を増やし続けることもできる。だから、ロシア軍をウクライナ領から撃退・放逐するまで戦争は解決しないという論評が、西側メディアでは主流になっているのである。
核戦争の危機を伴いながら対立は、国家としてのロシアの崩壊まで続く
ロシア側もウクライナ側も、現状では戦争をやめる理由を見いだせないのである。その状況を上記に挙げたAFPの記事は、「泥沼化」と書いている。しかし、それでも数年後には、戦闘は治まるだろう。ウクライナもロシアも「泥沼」にいつまでも嵌っているわけにはいかないからだ。そのまま続けば、ウクライナ側は、兵器の供給が無尽蔵でも、多くの人が死に、生活も経済も破綻状態に陥る。ロシア側も同様に、すべてが破綻し、国家の機能も麻痺状態になりかねない。その時になってようやく、戦争をやめる理由が目に見える形で現れてくるのである。
その時には、ロシアのプーチン政権も崩壊している可能性はある。しかし、西側が期待する「自由民主主義」の政権は、できそうもない。プーチンの強権政権にとって替わる大きな勢力がロシアには存在しないからだ。西側で著名な「反体制派」のナリヌワイなどは、ロシア国内では、彼を支持する組織としての勢力など存在せず、ほとんど無に等しい。「オレンジ革命」によって東欧諸国が、「自由民主主義」に近づいたのは、それまでのロシアの支配に反発する多くの国民がいたからである。ロシアと異なる方向に向かうことは、国民の共感を得ることができる。しかし、ロシアにはそれは不可能である。ロシアは、ヨーロッパ諸国と異なる独自文化がある。(ウラジミール・イリイチ・レーニンは、革命後、ヨーロッパ諸国に比べて遅れた、民主主義の根付いていないロシア文化を嘆いたが、ウラジミール・プーチンはまさにその「遅れたロシア文化」を体現している。)プーチン政権が崩壊しても、ロシアの敗北的停戦はナショナリズムを刺激し、NATOの軍事的包囲が強いままの状況では、第二、第三のプーチンを生む可能性が高い。仮に、アメリカの「支援」により、「自由民主主義」政権ができても、軍部のクーデターやナショナリストの武装勢力による反乱が起き、ロシアは内戦に陥りかねない。
いずれにしても、ロシアの将来はどうなるか分からない未知の領域であり、西側の期待する西側の脅威でなくなるような国家となるのは、数年単位では起こり得ず、数十年先の遠い将来のことである。それまでの間、欧米とロシアのは、常に核戦争の危機を伴いながら対立し続けることになる。
欧米は、常に自分たちにとっての脅威しか問題にしない。軍事費で世界の70%を占める欧米の強大な軍事力が与える相手方にとっての脅威には、まったく無頓着である。対ロシアでも、NATOは今まで軍事ブロックで包囲し、ロシアに脅威を与え続けてきたが、今後はさらに増して、脅威を与え続けることになる。それが、ロシア側の反発を呼び起こすという意見は、左派や一部の研究者からは聞かれるが、それは相手方を利するものとして扱われ、主要なメディアや政府は一顧だにしない。
ソ連崩壊後、欧米はロシアを経済領域では受け入れたが、安全保障の枠組みの外に置き、NATOによる包囲で対応した。ヨーロッパ諸国は、ソ連の崩壊、東欧諸国の民主化、ドイツ統一等の欧州情勢の激変を受けて開かれた1990年11月のパリ首脳会合においては、東西冷戦の終焉を宣言し、欧州安全保障協力会議CSCEにロシアも招いたが、アメリカは安全保障では、ロシア敵視を変えなかった。ヨーロッパ諸国はアメリカを盟主とするNATOに安全保障を委ねる選択をせざるを得なかったのだ。それは、ソ連崩壊前から圧倒的な軍事力を誇る米軍に、事実上の軍事的主導権を握られていたためである。米軍なしでは、ヨーロッパのNATO加盟国は、軍事的作戦がまったくとれないと解釈したためである。結局、安全保障の枠組みからロシアを排除し、NATOの東方拡大に見られるように、ロシア敵視政策をワルシャワ条約機構の消滅後も継続したのである。危機の原因を作り出した根本的誤りはここにあるのである。
そこには、特にアメリカ政府の「民主主義対専制主義」で、世界を二分する考えがある。ロシアも「専制主義」国であり、欧米の「民主主義」国の敵だとするものだ。これには、アメリカ流の、かつてアメリカが南米軍事独裁政権や韓国パク独裁政権を支援したようにダブルスタンダードがあり、そこには、実際には対立する資本間の(中国資本対欧米資本のように)競争が隠されているし、「専制主義」と非難することで、アメリカの民主主義の不十分さや不平等社会の実態が表に出ないようにする意図もあると言っていい。さらに、軍事力によってしか、外交問題を解決できないとするアメリカネオコン的発想もある。それが、世界を敵と見方に分け、敵を壊滅するまでは本質的な問題の解決にはならないという思考を醸成する。それが、対ロシアでも色濃く反映されているのである。
対ロシアの制裁には、アジアやアフリカ、南米の多くの国は参加しない。主要メディアは、それらの国のそれぞれの「事情」を解説するが、概して言えば、アジアやアフリカ、南米の多くの国にとっては、国それぞれに事情があり、単純に「民主主義対専制主義」で色分けすることはできないのである。そもそも、それぞれの国で何が民主主義かは、アメリカ政府が決めることではない。それぞれの国の政治は、アメリカ政府が決めることではない。
アジアやアフリカ、中東、南米諸国は、多くの場合は、欧米の関与によって、数万人から数十万人の死者を生む戦争を経験してきたし、イエメンのように今でも、その渦中にある国もある。それらの諸国にとっては、今度の戦争は、欧米対ロシアのものであり、それが引き起こす核戦争の危機を含む悪影響が、とてつもなく「迷惑」なだけなのである。
狂気に満ちた軍事侵攻を選択するロシアに対し、ソ連崩壊後のこれまでの欧米の対応が、間違いだったことだけは明白なのである。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます