平成24年二冠会は平成24年1月2日(月)、山形市のホテルキャッスルにて武田会長ご出席のもと開かれました。武田会長はじめ鈴木元山形東高サッカー部顧問、清野山形東高サッカー部OB会長それに私が招待されます。 午前中に親子フットサルで汗を流し、懇親会で絆を深め合おうという趣向です。

「私は昭和の元号とおない歳の86歳です。あなた方優勝した時は58歳でした。もう28年にもなります」と昔を懐かしむ武田会長の挨拶で会は始ります。司会進行のアラキ君からご指名を受けて私が乾杯の発声をします。「皆さんが健康で会が長続きしますよう祈念してカンパ~イ!」乾杯酒は恒例になった鈴木元顧問お手製の「カリン酒」です。「だから声がよく出るのかな?」

武田会長の酒給式で開宴です。「飲んでいいのかな?」と躊躇するのはノグチくんです。「先輩が飲んでからなんていうルールはないのよ。どうぞ!」「『長幼の序』を問うて大臣を棒に振った国会議員もいるんだから~」

「ヤリミズなして来ねんだず!」ヤリミズくんの欠席に寂しさを隠せないのがシュンヤくんです。

「この間東高で外部侵入者による傷害事件があったようだけど、塀で囲い鍵をかけOBが自由に入れなく何のんねべね」とイチローが心配顔で尋ねます。

「んだが、んだら俺がら話すっぺ」とやおら鈴木元顧問がマイクを握ります。「暮れの14日、東高の女子トイレで外部侵入者による傷害事件がありました。建造物侵入、強姦未遂容疑で捕えてみれば、本校卒業の予備校生でした。巡回など何か対策はするだろうね」「暮れの14日と言えば吉良邸に侵入すると忠義者として誉められんのに・・・」

カメラを向けるといつもポーズをとってくれるのがアキヒロくんです。「震災の時茨城県の海岸を車で走っていましたが、泊りの予定を変更して帰って来ました。審判の笛を吹いてますが、ヨシミくんとのレフリングは刺激になります」「鼻の下の髭は2級審判の資格要件?それとも副社長の貫禄付け?」と私は半畳を入れます。「震災の時は前日深夜までの勤務で家で寝ておりました。慌てて会社に行ったら家に帰れなくなりました」とヤハギくんです。「第1部のフットサルには親子19名が参加しました。子息には親と同じじゃないセンスがあるようです」親子の触れ合いと欠席者の近況をヤスヨシくんが話してくれます。

「311震災の時は横浜のビルの30階にいました。息子中学校でサッカーどうかな?」と息子を心配する傍ら、ノクチくんの息子を絶賛するのはシオカワくんです。すっかり貫禄の付いたツチダが話します。「6年前山形へ帰って以来5年振りの参加です。フットサルでノグチさんと滑らかに言葉を交わすことができた。自分とノグチさんとの関係は変らないな~と思いました」「仙台駅前ビルの事務所は倒壊するのでは思ったほどだ。社員皆で買い出しした後子ども優先に分配した。他県ナンバーの車が応援してくれて感激した。復興事業にどんな需要があると東京本社から早速の問い合わせに疑問を感じた」シブヤくんは被災地とのギャップに悩んだようです。

「311震災時はヤマコービルで会議中でしたが、逃げる決断をする人がいない。怖いものです」とアラキくんが話します。

「未曽有の大震災に年寄りのできること、少しの年金を使い経済を活性化させる。そして、復興に携わる若者の邪魔にならないことと肝に銘じ、毎月同期会やら同級会やらを開き酒を飲んでいます」

「震災時にはコンビニで生徒の活躍を見た。凄いよ。薬局の姉ちゃんは子息を送ってくれたりと山形県人もやるんじゃない!でも子供はキャンプ気分、まーいいか」「福島市長放射線が怖いからと言って米沢市に移転、市長を辞職したと聞いてがっかり」親切に感激したり、リーダーシップの欠如に落胆したりするのはナオキくんです。
この写真アングルが私の一番嫌いなアングルです。後ろは無防備です。

「シュンヤくんまだ酒あるよ!」「震災によって電気の重要性が改めて知らされた。会社でも自家発電機を5炉設備した。1炉千万円です。順次ロボット化してるので人事管理は楽なのですが、事業が海外にシフトしているので大変です。外国語を覚えるのも辛いですが、子供に忘れられるのがもっと辛い」とシュンヤが会社事情を話してくれます。

イチローくんが震災時を話します。「千葉の研修所に単身赴任中、うろたえながらも放射線が気になり寝袋を用意し、遠くに逃れる準備をして13日朝帰宅した」清野OB会長が山形東高サッカー部の状況を話します。

「震災によってサッカー関係者が亡くなったが自分には何もできない。自分でできない無力感と心の拠り所を失ったが、二冠会の皆と会って吹っ切れた」とノグチくんが心情を吐露してくれます。

シュンヤくんの音頭でお開きとなります。

ハ~イ一本で締めます。また来年も会いましょう!必ず元気で!