愛知ボラセンの活動予定⇩(更新日:2024.5.3)
令和6年能登地震 被災者応援ボランティアバス
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NPO法人被災者応援愛知ボランティアセンターは、観光庁からの「観観産第174号(平成29年7月28日)災害時のボランティアツアー実施に係る旅行業法上の取扱いについて(通知)」に基づき、被災地ボランティア活動を実施いたします。
災害時のボランティアツアー実施に係る通知の適用対象となる地域について
令和6年能登地震 被災者応援ボランティアバス
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NPO法人被災者応援愛知ボランティアセンターは、観光庁からの「観観産第174号(平成29年7月28日)災害時のボランティアツアー実施に係る旅行業法上の取扱いについて(通知)」に基づき、被災地ボランティア活動を実施いたします。
災害時のボランティアツアー実施に係る通知の適用対象となる地域について
代表の久田です。
第132回活動報告のその2は、食堂班の三宅真琴さんの報告をベースにお届けします。
三宅さんのフェイスブックからお借りしていますので、三宅さんのフェイスブックをご覧になられている方、申し訳ありません。
1/23~25 復旧から復興へ!
三宅真琴 2015年最初のくぐなり浜応援ボランティアに参加!くぐなり浜に帰ってきました^^
マイクロバスに22人の仲間と共に、23日20時名古屋東別院を出発!
途中、駒ヶ岳~横川~上河内~国見のSAで休憩し、11時間後の午前7時すぎに、石巻市でも甚大な被害があった門脇小学校近くの南浜町に立ち寄りました。
震災直後に建てられた、『がんばろう石巻』の看板前で黙祷。
そしてお話を聞きながら、それぞれで想いを馳せながらの時間を過ごしました。
周辺には重機や工事中の様子も目につく様になり、少しずつですが三年変わらなかった風景が変わりつつあるのが伺えました。
その後、日和大橋を渡り、渡波地区を経由して牡鹿半島へ。牡鹿半島の集落も漁協が元気なところは綺麗に整備されてきていますが、住宅中心の集落は更地のままがほとんどでした。
名古屋を出て約12時間半、活動地の十八成浜(くぐなりはま)に到着!
朝早くから十八成浜仮設住宅の恭一さん邦子さん、道子さん、小渕浜の民宿の目黒さん、石巻市街地在住の後藤夫妻がお出迎えしてくださいました。いつもありがとうございます!
いつも一緒に出迎えてくれる三姉妹は、残念ながらインフルエンザで自宅静養でした^^;
早くよくなってね。
今回、自分の活動はくぐなり食堂班でした。食堂班総勢6人。ミーティング後に、御飯、揚げシューマイ、肉じゃがチームに分かれて早速活動開始!
料理長勝谷さん、女の子に肉じゃが指南…調味料の分量にとらわれない感で、サクサク鍋に入れられる調味料をみて、驚く女の子を笑顔で教えていました。
傍で流れを見ながら先回りして準備してくださる青木先生。
ひたすら260個のシューマイを揚げる初参加の男の子、それを撮るわたし…。
抜群のチームワークで11時半にはお弁当130食完成!
勝谷料理長 お疲れ様でした。お弁当持ってにっこり(^^)
片付けもほぼ完了しみんなでくぐなり仮設の談話室へ向かいました。
談話室では久しぶりにお会いした住民の方が自分をみて笑顔に…笑顔増えると本当に嬉しい‼︎
昼食中はボランティア側から自己紹介しながら、話をすすめていきました。
時折思うのです・・・、被災していない我々が、住民の皆さまのお気持ちが分かるのかと・・・。
真剣に寄り添いたいと思えば思うほど、みなさまを気遣い、言葉が出てこなくなる事があります。
でも、今回のように自分達から自己紹介して、話を広げていくのはいいなと思いました。
今回お話して初めて知った事・・・ぐなり浜の方のお孫さんすごいのです!
各世代で日本代表になってるJリーガー、裁判官のお孫さんも。
今年はグランパスから◯◯◯◯ー◯に応援乗り換えようかな(笑)
シジミの貝で作ったアクセサリーを頂きました。シジミの大きさがちょうど良く合うのだそうです…可愛いアクセサリーです。
牡鹿のお母さん方は本当手先が器用で小物がホントに素敵です。
これまで何度も十八成浜で活動していましたが、それでも知らないお話がいろいろ聞けて、会話も弾み楽しいくぐなり食堂でした。
食堂班の服部さんは、「美味しそうにお弁当を食べてくださって、単純に嬉しかったです。たくさんのお話も聞けました」と語っています。
十八成仮設でお弁当を食べ、おしゃべりした後、ミチコさんの仮設住宅におじゃましました。
ミチコさんは被災時の体験談や趣味の話などのお話をしてくださいました。
なかでも「命さえあれば、やり直せる」とおっしゃっていたのが印象的でした。
仮設住宅でお話を伺うことは、初参加の人には貴重な体験になったと思います。
自分も改めて感じたのは、この狭い空間で三年以上暮らされていて本当にストレスがある事と思いますが、
いつも自分たちにこやかに接してくださるミチコさんの姿に、芯の強さ人としての強さ温かさを感じます。
くれぐれもご自愛頂きたいなと思いました。
心配り・心拾い班は・・・
今回心配りB班を担当させていただきました、杉本です。今回が初めての参加で、初めは緊張していました。
被災者でない私たちの何気ない発言が、現地の方々の心を傷つけてしまったらどうしよう、
“よそ者が”と跳ね返されてしまったらどうしよう、と、
不安が頭から離れませんでした。
しかし、伺わせていただくお家の皆様が「また来てくれたのね」「今年も宜しくね」「ありがとうね」と優しい笑顔・言葉で迎えてくださいました。
お家にあげてくださる方や、手作りの可愛いいちごのストラップ・貝殻のストラップ、お土産にコーヒーやお菓子などを下さる方もいました。
暖かい笑顔で受け入れてくださった現地の皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、これまでに現地の皆様と愛ボラの方々が築いてきた絆の強さを感じました。
お弁当の配達に出発!
インフルエンザで「公欠」の3姉妹の仮設へお弁当の配達です。
楽しくお茶っこ^^
15時過ぎからは、邦子さんの語り。
自分は所用があり残念ながらお話聞けませんでしたが、
震災の体験を通して今本当に大切にしてほしい事を、聞き手の心に語りかけてくる・・・とっても大切なお話です。
隣の鮎川浜に行く機会もあり、現在の鮎川港を見る事もできました。
かつては捕鯨で栄え、最盛期には全国から人が集まり映画館などの娯楽施設もあった、と伺いました。
かなり嵩上げが進んでいて、震災以前の写真と比べると山肌のお宅を目印にしないと位置がわからなくなっていました。
近所の方に教えていただきながら確認させていただきました。
今の鮎川浜です。
震災前の鮎川浜です。
この日は天気が良く日が傾くと本当に夕日が綺麗でした。
雲と夕日が重なり水平線に沈む様はとっても美しかったです。
初参加同士 がんばりやさんの柴垣くんが黙々と掃除機をかけるのを、やさしく寄り添いお手伝いする樹木医遠藤さん
恒例の感想タイム@出発式
集合写真@出発式
活動後はおしかのれん街で晩御飯!
今回はマルニ鮮魚店淳子ママ特製
浜の雑煮定食
浜の…ですが、具はほとんど野菜でした(笑)でもとっても美味しく、温まる料理でした^_^
これで、600円!(お餅なしは500円)
そしてぜひにと言われ立ち寄った中華上海楼さん。実は初めて。
チャーハン&ワンタンスープ。
あれ?どこかなじみのある味?と思い、伺うとお店で使用している味噌は東海地方の赤味噌との事…次回もぜひ立ち寄りたいと思います!
おしかのれん街の皆さんのお見送り^^ 寒い中、ありがとうございます。
最後に・・・
帰り道のバス内でボランティア後の感想タイムが有るのですが、
今回のみなさん本当にそれぞれの想い、今回活動して見て聞いて感じた事をしっかり時間をかけて伝えてくれて、
ウルッとしたり、ほっこり温かくなる時間になりました。
菅生PAで「ずんだパーティー!」(一人お茶で乾杯していますが・・)
最近、宇都宮餃子をマヨネーズで食べるのがお気に入りの代表^^
女子高校生とおじいちゃんたちの関東栃木レモンパーティー^^
世代を超えた交流も魅力です^^
今回も本当に良いメンバーに恵まれて楽しい活動でした。
活動を共にした仲間、名古屋で応援お手伝いしてくださるみなさま、
そして、いつも十八成浜で温かく接してくださるみなさまに、心から感謝です。
今回の経験を通して、やっと震災は他人事ではないと思えた気がします。勉強になったし、何より楽しかった!参加して良かったです。本当にありがとうございました。ありがとうございました。(服部さん@食堂班)
代表の久田です。
ジャーナリストの後藤健二さんは、2005年に「ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白」(汐文社刊)を出版されました。
後藤さんは良質なダイヤモンド鉱山をめぐって起きたシエラレオネ内戦(1991~2002)の後遺症に苦しむ同国を取材されました。
そして、シエラレオネで反政府勢力の革命統一戦線(RUF)に両親を殺された後、RUFに拉致され、RUFに洗脳され、
兵士にさせられたムリアと出逢います。
RUFは拉致した子どもたちを洗脳し、子どもたちの顔に麻薬を埋め込みました。
麻薬を埋め込まれた子どもたちは、人を殺すことも、自分が死ぬことへも恐怖がなくなり、殺人マシーンにさせられました。
ムリアはPTSDに苦しみながらも一生懸命に勉強をしています。
そして、将来はシエラレオネの大統領になって、いい国にしたいと後藤さんに語りました。
後藤さんは一生懸命に勉強してほしいという思いを込めて、自分の愛用していたボールペンをムリアにプレゼントしました。
RUFは数千人のシエラレオネの人びとの四肢を切断するということもしました。障がい者にすることで、経済的な打撃を継続的に与えるためです。
シエラレオネ内戦から10年以上が経過しました。
しかし、子ども兵士の多くはいまだにPTSDに苦しんでいます。
四肢を切断された人たちも苦しんでいます。
後藤さんの本では「今でも手が痛い。手を落とした相手を恨んではいないが、 絶対に忘れない」というようなことを、
両腕を切断された方が語っています。
後藤健二さんはシエラレオネを取材し、その著作を通じて、
シエラレオネの子どもたちを応援してほしいというメッセージを私たちに訴えられと思います。
今まさに、私たちは縁あってシエラレオネの子どもたちを応援しようとしています。
後藤さん殺害の報に接し、後藤さんがシエラレオネで取材された想いを受け継ぎ、
シエラレオネの子どもたち、
シエラレオネ内戦の被災者の人たちのために、
シエラレオネへ非常食を送る活動を成功させなければならないと強く思うようになりました。
後藤健二さんのシエラレオネの子どもたちへの想いに応えるべく、
中高校生とともにシエラレオネ応援活動を進めていきます。
本日(2月1日9は午前11時~午後12時に栄・三越・三井住友銀行前で、午後1時~午後5時に栄・三越ラシック前で、
シエラレオネ物資輸送費募金を行いました。
今日は風が強くてとても寒く、募金箱や横断幕を持つ手がかじかんでしまいます。
そんな中でも高校生は一生懸命にシエラレオネ物資輸送費募金を呼びかけました。
動画もご覧ください。
https://www.facebook.com/video.php?v=778962945511068
このブログをご覧の皆さんにお願いしたいのは、輸送活動費の約100万円へのご協力です。
振込先は
郵貯銀行
口座名:被災者応援愛知ボランティアセンター義捐金
ヒサイシャオウエンアイチボランティアセンターギエンキン
記号12140
番号34298531
他行からは
店番218(にいちはち)
普通預金
3429853
口座名:被災者応援愛知ボランティアセンター義捐金
ヒサイシャオウエンアイチボランティアセンターギエンキン
※義捐金口座ですが、今は使っていない口座のため、一時的に義捐金口座を使います。
他と区別するために、お名前の後ろに、「シエラ」とおつけください。→例:久田光政シエラ
現地ボランティアや、エール実行委員会の折に、直接お渡しくださってもけっこうです。
どうか皆さまのご協力をお願いします。