数日前から町の中を木の音がこだまするようになった。
今日あたりから注連縄も売り出されるようになったようだ。
そして今日は夕方びっくりするほど空がきれいだった。
そしてまた若い頃に世話になった人の訃報に接した。
人の訃報について書いていると毎日そういうことで終わりそうな気もする。
自分が死なない限りそういうことはおこり続けるのだろう。
こればっかりは仕方がない。
せめて自分は人が死んだときに表面的にでなく心から悲しむことのできる人間でいたいと思う。
そしてその人の死を悲しむことのできるような人とこれからも出会ってゆきたい。
それはすごく難しいけれどそれには自分もいろいろ気をつけなばならないのだろう。