玉虫のかけら

 実家の裏山を歩いていたら、ふと、足元の落ち葉がたくさん降り積もった地面のすきまに緑色に光るものがあって、もしやと思って拾い上げたら、やっぱり玉虫の体のかけらであった。ちょうど玉虫の肩の部分で、緑色に赤い筋が入っていて、金属的な光沢を放っている。裏返すと乾いた土がこびりついていたから、それほど新しいものではないのかもしれず、甲虫の固くてしっかりとした構造は、自然界においても時間の流れにかなり耐えうるものなのだろうと感心した。
 子供の頃、確か鞍馬山だったと思うけれど、母と歩いていたときに、完全な形の玉虫の死骸を拾った。その玉虫は家に持ち帰って、母が小箱に樟脳と一緒にしまい、今もあるはずである。
 玉虫といえば、少し前に、飛騨高山の工芸職人たちが玉虫厨子を複製したというニュースがあった。東南アジアから輸入した玉虫の羽を約4万2千枚使ったという。まさか死んだ虫の羽を拾い集めたとも思えないから、おそらく玉虫約2万1千匹が犠牲になったのだろうと思う。手塚治虫の「ブッダ」を読んだくらいで仏教の教義に詳しいわけでもないけれど、仏教では殺生を最大の罪として禁じているはずである。なのに、奉納された法隆寺の住職もにこにこして喜んでいて、そこのところは、どう都合をつけたのだろう。


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