春のひとつの夜

 もう、ポチはだめなのだろうと思う。
 夕方実家へ行ったら、ポチが朝出て行ったきり戻って来なくて、近所を探し回っても見つからないというので、もしかしたら死に場所を探して姿を隠してしまったのかもしれないとみんなで心配していたのだが、幸い、日が暮れてあたりの輪郭が曖昧になりはじめた頃、近所の家のフェンスの向こうでうずくまっているのを発見して、家に連れて帰った。呼ぶとにゃあにゃあと何度も返事をして、撫でてやると頭をすり寄せてかすかに喉を鳴らしていたから、心細く思っていたのかもしれなかった。
 もともとよく食べる猫だったけれど、今年に入ったあたりから急に食が細くなって、体重もどんどん落ちていった。少しでも栄養を付けようと、メニューを換えてみたり、いろんな努力をしたけれど、ここ一週間ほどはもうほとんど何も食べなくなってしまった。医者にみせたけどどこが悪いということもわからない。ただ、比較的機嫌は悪くなさそうであるのが救いである。
 ポチの年齢は不詳だけれど、相当な高齢なのだと思う。猫というのは、あまり年齢が表にあらわれない動物だと思うのだが、ポチは6年ほど前に家にやってきた当時から、かなりのおじいさん猫であるように見えた。仮にそのときすでに15歳を越えていたとすると、いまは20歳以上であるということになる。そう思いたいという期待も混じっているけれど、きっと十分長生きして、もう寿命なのだと思う。
 いまは、毛布にくるまって、父と母に見守られているのだろうと思う。ちょっと怖い顔なのに甘えん坊で、父と散歩に行くのが好きだったり、いい猫だった。
 奇跡的に回復して元気になってくれたら、それほどうれしいことはないけれど、現実的に望めそうにない。悲しいけれど、いまはただ、苦しまないように、安らかに、眠るように逝ってくれたらということを思う。
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