「ニャロメ!」と鳴く猫

 朝のニュースで、赤塚不二夫さんのギャグマンガを学術的に研究するのだという話題をやっていた。彼のギャグにアカデミックな考察を加えたところで、面白いものは面白いのだし、何か意味があるのだろうかとも思うけれど、それはさておき、赤塚不二夫さんは愛猫家として知られる漫画家であり、そういう点で、私は赤塚さんが好きである。
 赤塚さんの家にいた猫は、白黒の菊千代という大きな猫で、1979年に赤塚家へやって来て、1997年まで生きた。はっきりとは覚えていないけれど、赤塚さんと菊千代が畳の部屋にごろりと並んで寝転んで写っているモノクロの写真を、文藝春秋か何か雑誌のグラビアページで以前に見た。そのとき、デビンちゃんに似ているなと思ったけれど、ほとんど寝てばっかりのデビンちゃんとは違い、菊千代は芸達者な猫で、CMにも登場したらしい。
 だいぶ昔のことなのでうろ覚えであるが、その雑誌の記事に、「ニャロメ」のモデルは菊千代で、菊千代は「ニャロメ」と鳴いたのだというようなことが書いてあり、そんな鳴き方をする猫がいるものかと思ったのだけれど、そのしばらくあとに、同じ白黒猫のデビンちゃんが実際「ニャ~ロメッ!」と聞こえるような鳴き方をしたので、ああ、赤塚さんが言っていたのはこのことかと、至極納得した。


こちらに菊千代の写真と、赤塚さんの綴った菊千代のエピソードがあります。
行き方は、「赤塚マンガの町入り口」→「これでいいのだ横丁」→「昔の写真だい!」→「ボクのアイドル菊千代」
(いきなり菊千代のページにリンクしてもいいのですが、行き方が面白いのでメインページをリンクしました。この「ボクのアイドル菊千代」を読んで、私は猫バカな赤塚さんが大好きになりました。)

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「紅の雲」

 ふと、谷崎潤一郎の「細雪」に出てくる枝垂桜を見ようと思い立って、平安神宮に行った。
 応天門をくぐると、朱塗りの柱の上の深緑色の瓦屋根の向こうに、紅色の枝垂桜が、沸き立つように盛り上がっている。立派な木だと感心しながら西側の神苑入り口を通ると、もう目の前は紅の霞である。お庭のいたるところで盛大な花火が揚がったようで、紅色の火の粉が流れ落ちきることなく、しばし時を止めている。空へ向って枝を伸ばす染井吉野や山桜と違い、繊細な枝が下がったところに、紅色の小さな八重の花がはらはらとついている様子は、たおやかでかつ華やかで、和装の女性の髪飾りが連想された。
 花の咲く神苑の華やかさは異様なほどで、現実から乖離しているような錯覚がした。たとえば、紅色の巨大なくらげがいくつも揺らいでいる美しい竜宮の風景のような。西神苑から中神苑へ通じる小道を歩いていたとき、左手の塀の向こうから大きな車の音が聞こえてくるので驚いた。この浮世離れした聖地のすぐ向こうに、塀ひとつ隔てて丸太町通りが通っているということが、とても意外に感じられた。
 中神苑の池のほとりに茶店があって、その前を通ったら、割ぽう着姿の店のおばさんが、「ちょっと、ボク」と息子に声をかけて近づいてきた。何か買えと勧められるのかと思ったら、おばさんは池のほうを指差して、「ほらボク、池に青鷺がいるよ」と、池の縁の石の向こうに、大きな鷺が水底を突付いているのを教えてくれた。
 青鷺が池に飛んでくるのは珍しいことだという。神の池に舞い降りた鷺が、ゆっくりと池を渡り歩いて行く様を見ていると、ますます、異界にいるような気がしてきた。


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雨の日は工作

 雨降りなので外へは遊びに行けないし、何をして過ごそうかと思っているところへ、息子が紙を手に、線路を描いて欲しいと言ってきた。おもちゃのSLを走らせるのである。こっちが何をしようかと示してあげなくても、子供というのは、いろいろ自分で遊びを思いつくものだなあと思う。
 持って来たA4のコピー用紙では小さいので、済んだ月のカレンダーを二枚張り合わせて、線路を描いた。描いている途中から、息子はさっそく出来上がったところで汽車を走らせている。線路を描いて、駅を描いたところで、汽車だけでなくミニカーでも遊べるようにしようと思いついて、駅の横に踏み切りを描いて道路を作った。そこから道を延ばしていって、お店を描き、公園を描き、駐車場を描いた。今度も、道路の出来上がって行くそばから、もうミニカーを並べている。息子はここのところ、駐車場遊びが大好きなので、小さな紙片の表に青で「空」、裏に赤で「満」と書いて、駐車場の横に貼り付けて、表示を替えられるようにした。
 急いでどんどん描いたから雑な仕上がりだけれど、二歳の子供にとっては十分らしく、喜んで遊んでいる。それを見て調子付き、さらに、古紙回収に出そうと思ってボール紙をたたんで入れている袋の中から、ロールケーキの箱を見つけて電車の車庫にし、円形の紙に線路を描いたカップ納豆の台紙を貼り付けて、機関車を回転させるターンテーブルを作ったら、予想通り大喜びした。
 店に置いてあるおもちゃとは比べ物にならない雑ながらくただけど、自分で工夫して作ってみるのも楽しいものだということが伝わればいいと思う。


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抗風邪薬体質?

 前回風邪をひいたときに、鼻づまりが鬱陶しくて夜なかなか寝付けなかった苦い経験があるから、今回は、薬嫌いを思いなおして、ひとつ風邪薬を飲んでみようと思い、買い置きの市販のものを飲んだ。劇的な症状の改善があるものと期待して、しばらくみゆちゃんの遊び相手などしてやりながら待ったが、三十分経ち、一時間経ったけど、何の変化も現れない。騙されたと思って飲んだけれど、やっぱり騙されたようである。
 だいぶ前に、日本人と外国人では薬の感受性が違うから、海外旅行などへ出かけたときに、向こうで現地の人と同じだけ薬を処方されたときには気をつけたほうがいいという話を聞いたことがある。自分は、全然外国人のような体格でもないが、薬に対して鈍感なのか知らん。それとも、市販の風邪薬というのは、あんまり効かないものなのだろうか。
 結局、何も変わらず鼻も詰まったまま、ただ、風邪薬はすきっ腹に飲んではいけないというので食べたパンケーキがなんだかお腹にもたれるようである。こういう、早く寝たいと思うときに限って、何故か子供はよく泣くし、みゆちゃんは目が冴えて暴れ回るしで、やっぱりこの日もなかなか寝られなかった。


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風邪特権

 また風邪をひいた。馬鹿みたいに大きなくしゃみと、鼻水がやたら出る。普段、あまり病気をしないほうだと自負していたのに、ひと月のうちに二度も風邪をひくとは不覚である。
 朝も遅めに起きたのだけれど、風邪のために眠いから、昼寝をしようと思って、道路の絵が描かれたマットを敷いて子供が遊べるようにしてから、その隣に布団を敷いて横になると、すぐにみゆちゃんが掛け布団の中に入ってきた。私に背中を持たせかけるような格好で丸く納まったので、みゆちゃんの暖かくて柔らかいお腹を撫でているうちに、うつらうつらと寝入ってしまった。猫と昼寝、病人の特権である。
 それにしても、やっぱり風邪をひくと、お腹が空く。


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窓辺のシクラメン

 実家には大きな南向きの窓があって、その前には、かごに毛布を敷いて作られた猫用ベッドや猫用座布団が、人(猫)数分並べられている。
 それに比べて、我が家ではあまり日当たりが良くないから、一日中日の当たる南向きの窓はとても羨ましい。冬のあいだはほとんど日の入らなかったのが、春になってようやく午前中だけは台所の東側の窓辺に日溜りが出来るようになって、そこに、脱衣かごの簡易ベッドで眠るみゆちゃんとシクラメンの花の鉢が並んでおさまっている。
 シクラメンは、去年の12月のはじめに植物園で買ってきたもので、冬のあいだに姿を消してしまった植物園のミケちゃんが、日の当たるベンチに寝そべってごろごろと喉を鳴らしていたのを最後に見たのが、このシクラメンを買った日だった。
 この4ヶ月間というもの、鮮やかな紅色の花を次々と咲かせて楽しませ続けてくれたのだけれど、先週、とうとう最後のつぼみが咲いてしまって、その後急速に元気がなくなってしまった。もう枯れるのだろうと思う。
 地上に出ている葉や茎が枯れても、地下の球根は枯れずに眠っているのだろうが、シクラメンを越夏させるのは難しいというから、たぶんこれでおしまいだろう。長いあいだ窓辺を明るくしてくれた花が、あとはもう枯れていくだけなのを、できるだけきれいに見えるようにしてやって、毎日眺めている。


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玉虫のかけら

 実家の裏山を歩いていたら、ふと、足元の落ち葉がたくさん降り積もった地面のすきまに緑色に光るものがあって、もしやと思って拾い上げたら、やっぱり玉虫の体のかけらであった。ちょうど玉虫の肩の部分で、緑色に赤い筋が入っていて、金属的な光沢を放っている。裏返すと乾いた土がこびりついていたから、それほど新しいものではないのかもしれず、甲虫の固くてしっかりとした構造は、自然界においても時間の流れにかなり耐えうるものなのだろうと感心した。
 子供の頃、確か鞍馬山だったと思うけれど、母と歩いていたときに、完全な形の玉虫の死骸を拾った。その玉虫は家に持ち帰って、母が小箱に樟脳と一緒にしまい、今もあるはずである。
 玉虫といえば、少し前に、飛騨高山の工芸職人たちが玉虫厨子を複製したというニュースがあった。東南アジアから輸入した玉虫の羽を約4万2千枚使ったという。まさか死んだ虫の羽を拾い集めたとも思えないから、おそらく玉虫約2万1千匹が犠牲になったのだろうと思う。手塚治虫の「ブッダ」を読んだくらいで仏教の教義に詳しいわけでもないけれど、仏教では殺生を最大の罪として禁じているはずである。なのに、奉納された法隆寺の住職もにこにこして喜んでいて、そこのところは、どう都合をつけたのだろう。


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みゆちゃんさん、そこは…

 冬のあいだは、庭に生えている猫草代わりの雑草も少ないだろうと思って、「猫ちゃんの元気草」という名前で売られている麦を部屋の中で育てていたけれど、日当たりも悪くてあまりしゃきっとしていなかったから、食べても胃を刺激するほどではなかったのかもしれない。それを食べて毛玉を吐き出すということはなかった。
 それが、暖かくなって庭の猫草もぐんぐん伸びたのだろう、久しぶりにみゆちゃんが背中を波打たせて吐き出した中には、青々とした細長い葉っぱが入っていた。しかし、吐く場所が悪い。外で吐けばいいのに、決まって部屋に上ってきて、居間のじゅうたんの上で吐く。少し体調が悪いのか、ここ数日で二度吐いたけど、二回とも同じような場所で吐いた。
 庭から家の中へ上ると、まず台所があって、そこの床はリノリウムだから、そこならまだ掃除しやすいので吐いてくれてもいいのだけれど、わざわざその一間は通過して、次の居間へ来て吐くのである。
 もちろん言っても聞かないだろうから、みゆちゃんが外からおかしな顔をして帰ってきたら、新聞紙を広げて追いかけるしかない。


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奈良の鹿

 奈良には鹿がいる。奈良の友人に、こんなふうに鹿があちこちにいるのは面白いねと言うと、彼女は、奈良に住む自分にとっては当たり前のことなのだけれど、よその人から見たら、やっぱりそれは驚くことなんだなあと、再発見したように言っていた。
 話はそれるけれど、桜のつぼみもまだ固い頃、息子を連れて木屋町二条のあたりを歩いていたら、高瀬川の一之舟入に係留されている復元された高瀬舟を眺めていたおじさんがいて、私たちの姿を認めると、「君たちにとっては当たり前のことなのかもしれないけれど、ここにこれがあるということはすごいことなんだ。君たちは、そのすごさがわからなくなってしまっている。人間、驚かなければだめだ。驚かなければ脳も活性化しない」と突然高説をぶち出した。もう少し柔らかな口調で、にこやかに言ってくれたら返しようもあるのだけれど、にこりともせずまっすぐに見つめてくるので、返答に困って曖昧に「はあ」などと言っていたが、じっと見据えたままでいつまでも解放してくれない。いい加減、困って手持ち無沙汰で立っていたら、ようやくふっと表情が緩んで、「一種の哲学論だね」などと言い置いて、下流の方へ行ってしまったので、ほっとした。
 奈良公園には鹿がそこらじゅうにいて、めいめいが好きなところで糞をするから、公園内は足の踏み場もないほどに、黒豆みたいな鹿の糞が散らかっている。実際、糞を踏まずに歩くのは困難で、草食動物の鹿の糞は、猫の糞のように臭くもなく踏んでも靴の裏にくっついたりはしないから、そのうち慣れてしまうけれど、最初のうちは抵抗がある。
 しかし、この糞が、奈良公園の芝の肥料となるらしい。そして、糞を栄養に生えてきた芝を、鹿が主食として食べる。だから、芝はいつも手入れされたように短く保たれている。そういう循環が出来ているらしい。
 静かな裏の通りで会った鹿は、地面に少し生えた芝を一生懸命になってむしり取って食べていたが、大勢の観光客が流れるように歩く東大寺の表参道なんかに出ると、鹿せんべいを束ねて売っている店がそこいらじゅうにあるから、そこにいる鹿は観光客からもらった鹿せんべいですでにお腹がいっぱい、新しく買ったせんべいを鼻先に持っていっても、まあくれるなら食べるけど、というくらいの余裕が感じられる。鹿には鹿のテリトリーがあるそうだから仕方がないのだろうけど、わずかな芝を必死にむしっていた鹿たちに比べて、なんとも不公平な気がする。

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奈良の桜

 普段、滅多に電車には乗らないのだけれど、このあいだの土曜日は、珍しく近鉄電車に乗って、友人に会いに奈良へ行った。車窓を流れる景色を見るのも久しぶりで、何となくぼんやりと、うしろへ消えていく家の屋根や、まだ水の入っていない田んぼを見ていた。小さな川の横に並んで植えられた桜がちらほらと咲いていて、奈良ではもう咲いているかしらなどと考えた。
 一時間あまり揺られて、電車は奈良駅についた。改札の外に一年半ぶりに会う友人が迎えに来てくれていて、さっそく肩を並べて駅を出て、奈良公園に向った。
 奈良は不案内なので、そろそろ見頃だと言う枝垂桜を見に連れて行ってもらった。それは氷室神社の樹齢400年という枝垂桜で、確かに見事に咲いていた。古木の、幹の高みからまっすぐに落ちてくる枝枝は泡立つように花が咲いていて、淡い花の滝のようである。奈良公園内の染井吉野はまだ三分咲き程度であったのに、神社の境内では枝垂桜につられるかのようにすでに満開になっていて、そのほか、木蓮の木にも真っ白な花がいっぱいについて、春爛漫としていた。垂直に落ちる枝にヒヨドリがとまったと思ったら飛び立って、そのあとに二羽のメジロが飛来した。桜のみつを少し飲んで、メジロもまたせわしく花のカーテンの向こうへ飛んでいってしまった。
 大仏は見ないで、日の当たる裏道をゆっくりと散歩した。二月堂へ行こうかと思ったけれど、少し遠いのでやめにして、しばらく歩いてからコーヒーを飲んで一息入れて、駅へ向った。帰りの特急電車に揺られながら、また窓の外をぼんやり眺めていたら、家の屋根が込み入って並んだ隙の、半分陰になった小さな空き地に、一本の桜の木がそこだけ白く満開になっていて、はっとするような気がした。


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