杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

ミカエルの鼓動

2022年07月16日 | 

柚月裕子(著) 文藝春秋(発行)

この者は、神か、悪魔か――。気鋭の著者が、医療の在り方、命の意味を問う感動巨編。
大学病院で、手術支援ロボット「ミカエル」を推進する心臓外科医・西條。そこへ、ドイツ帰りの天才医師・真木が現れ、西條の目の前で「ミカエル」を用いない手術を、とてつもない速さで完遂する。あるとき、難病の少年の治療方針をめぐって、二人は対立。「ミカエル」を用いた最先端医療か、従来の術式による開胸手術か。そんな中、西條を慕っていた若手医師が、自らの命を絶った。大学病院の闇を暴こうとする記者は、「ミカエルは人を救う天使じゃない。偽物だ」と西條に迫る。天才心臓外科医の正義と葛藤を描く。(あらすじ紹介より)

 

手術支援ロボット「ミカエル」での心臓手術の第一人者である西條泰己は、ロボット支援下手術の推進こそが医療の未来を開き、ひいては患者のためにもなると信じています。病院長の曽我部も味方だと思っていた西條でしたが、院長がドイツから真木一義という凄腕の心臓外科医師を招いて循環器第一外科科長にすると聞き、自分の立場を脅かすのではと疑います。まさに「白い巨塔」の派閥争いの構図かと思いきや、真木には権力への欲はなく、3年の任期で引き受けたと知り訝しむ西條。彼は自分の気持ちに正直な人物を好ましく思い、権力や周囲におもねる者を信用しません。それは彼の生い立ちとも関係があるようです。妻とも本当には関係を築けず、結局離婚してしまうあたり、本来自己愛の強い人間に見えました。

白石航という少年の心臓手術をミカエルで行うと主張した西條に対し、開胸手術を主張する真木と方針を巡り激しく対立する二人。

その一方で、西條を慕っていた広島総生大学病院循環器外科の布施医師が突然病院を辞方針をめ連絡がつかなくなったことを不審に思い調べ始めた矢先に、布施が自殺したとの知らせが入ります。さらに彼の死の理由が、ミカエルの性能に欠陥があるという情報に動揺する西條。

先天性の心臓病を抱えた航は生きる希望を失っていましたが、西條が連れて行った広大なひまわり畑に感銘を受け、ミカエルでの手術を希望します。これまで行ってきた手術で、不具合は生じなかったことやミカエルを信じたい気持ち、もしミカエルの欠陥が明らかになれば心臓手術の大きな後退となり多くの患者の損失にもなると考えた西條は、ミカエルでの手術に臨みますが、保険として真木に助手を頼むのね。真木が西條を助手にと言った時には拒否したのに身勝手にも思えますが、真木は患者第一だとして受けるんですね。

手術が始まりますが、やがてミカエルが西條の意志に反して暴走を始めます。事態にフリーズした西條でしたが、気を取り直し真木に執刀を譲り、結果として手術は成功します。でも医師としての倫理観に反した西條は病院を去るんですね。患者の命と医学の未来を天秤にかけたのですから、罪悪感を持って当然ではあります。

院長や院長補佐の雨宮はミカエルの欠陥を知りながら、利益優先で隠蔽しようとしていました。雨宮には心臓病の息子がいてミカエルに希望を持っていたので余計に執着心があります。親心はわかるけど、そのために犠牲になるかもしれない命のことは考えない点で非情ともいえます。西條はフリーライターの黒沢に証拠を渡してリークさせます。

西條は、真木が何故日本を離れてドイツに行ったのか、彼の過去がどうしても気になり、唯一の接点となった僻地の診療所の医師に話しを聞きに行って真木の過去を知ります。真木もかつて医師としての自分に悩み苦しみ、そして再生したのです。

プロローグで、山で遭難しかけている男が西條だったとエピローグで明かされますが、彼は真木が立ち直った理由を知りたくて、山に登ったようです。遠のく意識の中で、航の白く輝く心臓の鼓動が脳裏に浮かび、「生きようとする姿こそが気高い」のだと自覚し、命をめぐる厳粛な世界に触れ再び歩き始めるのでした。

西條と真木、対局にあるようで、患者第一とする考えは共通しています。生い立ちや境遇などに通ったところもあり、心を開けば親友にさえなれそうな二人でした。


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