夏川草介(著)角川書店
プロローグ 窓辺のサンダーソニア
第一話 秋海棠の季節
第二話 ダリア・ダイアリー
第三話 山茶花の咲く道
第四話 カタクリ賛歌
エピローグ 勿忘草の咲く町で
地方の中規模の総合病院で働く研修医の桂と看護士の美琴を通して地域医療の現実と向き合う医療者の姿が描かれます。
美琴が風変りな研修医の桂の存在を意識したのは救急部で交わした会話から。黄色のサンダーソニアを鈴蘭の花と間違えるほど花の名を知らない美琴と花屋の息子だという桂の出会いは決して良好とは言えません。
ところが数か月後、外科の研修を終え内科にやってきた桂と美琴の距離は次第に近づいていきます。
誤嚥性肺炎で入院中の新村のおばあちゃんのリクエスト「ナマダイコンのコヌカヅケ」がどんな食べ物かわからずにいると、妻と小学生の息子のいる膵臓癌末期患者の長坂さんが「沢庵」のことだと教えてくれます。長坂さんは妻子のために少しでも長く生きたいと望みながらも力尽き、桂が買ってきた沢庵(美琴が細かく刻んであげます)を食べた新村さんは食欲を取り戻して元気になっていきます。患者の死は医師や看護士にとっても辛く、無力感があるものですが、美琴のフォローが桂を力づけます。
桂の指導医の三島先生(副院長兼内科部長)は、その威圧感漂う風貌から「小さな巨人」とあだ名され、指導は厳しいけれど、桂を育てようという気持ちが伝わってきます。「結論がどこにあれ、悩むことには意味がある」と毎回自分で考えさせて見守るというスタイルは、指導医自身の力量がないとできないですよね。
次に配属された循環器内科医の指導医の谷垣先生は、回復する見込みのない高齢者への延命治療をせずに看取るという方針を貫いているため「死神の谷崎」の異名があります。過去の辛い経験(おそらくは自分の家族だった?)がそのきっかけとなっているようです。限られた医療資源を有効に使おうという考え方は命の選択という危険と隣合わせな気もしますが、確かに今後も増え続ける高齢者に対してただ「呼吸をしているだけ」の延命を施し続けるのが正しい医療の在り方なのか?深くて重い問いかけです。
自分が高齢で寝たきりになった時、胃瘻や人工呼吸、止まった心臓を動かすための措置などの延命治療は拒否したいなぁと現時点では強く思いますが、家族の気持ちとか、その時点での医療の方向性で、意志に反して「生かされる」としたら・・・ そろそろ真剣な議論が必要な時期にきているんじゃないかしら。
梓川病院の入院患者は平均年齢が80歳以上の高齢者ばかり。救急で運ばれてくるのも、近隣の介護施設や老人ホームからの患者が殆どという状況です。認知症の患者の介護や転倒にも気を配らねばならず、容体の急変もあり、医者も看護士もギリギリの人員での激務です。
桂は大学病院からの派遣組ですが、病気が治って退院していく患者の方が多かった大学病院と比べ、看取りの多さに驚くことになります。
谷垣先生の、酷薄とも受け取れそうな患者やその家族への態度に、桂は思わず口を挟んでしまいます。どちらの思いも理解できるだけに、ますます難しい問題だなぁと感じてしまいました。
救急で運ばれてきた高齢患者に施した処置について谷垣先生に問い質された桂は、「駆けつけてくる家族のため」にした処置だと答えます。このことがきっかけとなったのか、谷垣先生の意識に微妙な変化が見られるようになるんですね。
「胃瘻」を巡っての患者家族とのやりとりも考えさせられるものがありました。ただ息をしているだけの状態の高齢患者・田々井富治に対して、ただ一人の血縁者である孫の昭は「できることは全部やってほしい」と言います。家族思いに見えますが、祖父のために何が一番なのか考えることから逃げて医師や病院に丸投げしているだけなのです。死を家ではなく病院で迎えるのが当たり前になった今、死と正面から向き合うことを避ける彼のような人は多いと思います。桂がカタクリの花に例えて「看取り」を提案すると、昭は初めて祖父の現状に向き合い承諾するくだりはなかなか感動的です。
胆管結石で運ばれてきた95歳のやゑさんは、もう十分に生きたと内視鏡治療を拒否します。70代と思われる息子の八蔵は母に口さがない態度ですが、互いの愛情が感じられる親子関係です。入院中も結石による急変を起こし、外科的治療をしなければ先はない状況で、八蔵は母の一時退院を申し出ます。美琴とのデートでカタクリの群生地に出かけた二人は、そこでやゑを連れた八蔵に出会います。この群生地の近くに親子の家があり、カタクリの花を母親に見せたかったというのです。やゑ親子の仲睦まじい様子を見た桂は、危険を伴うけれど根治のできる内視鏡治療をして元気に退院させたいと三島先生に訴えます。もちろん研修医の彼に手術の腕は無いので、指導医の三島が執刀ね 手術は成功し、元気に退院していったやゑさん。心が温かくなるエピソードです。
山口さんが退院を前に食事を喉に詰まらせて窒息死すると言う事件が起こり、食事の介助をしていた新人看護士とたまたま現場にいた美琴と親友の京子は症例検討会に呼ばれます。山口さんの家族は病院側の説明に納得していたのですが、遠い親戚が一方的な謝罪を要求してきたため、その対処としていくばくかのお金を支払うという決定がなされようとしますが、美琴は思わず「おかしくありませんか」と声をあげます。桂も「医療の未来のために毅然とした態度で臨むべき」と後押しをします。
以前事なかれ主義の院長が、花を病室に飾るリスクから見舞いの花の持ち込みを禁止しようと提案した時にも美琴が異を唱え、病院内の花屋の店長の和歌子さんや桂を巻き込んで、提案を流してしまったことがありましたが、物おじしない美琴の真っ直ぐさが小気味よく、元気を貰えます。
主任の大滝は美琴をかっていて、自分が退職した後の主任候補に彼女を推薦します。先輩看護士もいる中での抜擢に必ずしも周囲の反応は好意的ではありませんでしたが、数々の事件を経て次第に認められていく様子も
美琴と桂の関係は第二話で急に接近したような唐突感があるのですが、高齢患者の看取りという重い現実をしばし忘れさせる若い二人の微笑ましい恋愛が一種の安らぎになっています。
研修を終えて大学病院に戻った桂(この頃には名前で呼ばれるようになっています)が、久しぶりに美琴(主任代行になっています)に会いに来て、彼女お気に入りの道で勿忘草を見ながらプロポーズ(らしき言葉)を発するところで幕を閉じます。
四季折々の花々と安曇野の美しい景色の描写も、厳しい地方医療の現実から一時逃避する癒し効果をあげていました。